詭弁
カイネルが持つ魔族特有の赤い瞳が、自分の瞳を射抜くようだとボルドは思う。それほどまでに、カイネルの瞳には力強さがあった。
「厳しい言い方をすれば、死ぬのは容易だ。楽になれるからな。だが、お前の責務はその苦しみを背負ったままで何ができるのか、何をするのかを考えることなのではないか?」
カイネルはそこまで言うと表情を和らげた。
「ま、詭弁でもあるのだかな。単に俺はお前に生きていてほしい。そう思っているだけのことなのさ」
ボルドは無言で頷いた。カイネルが言ったことを全面的に受け入れられるわけではない。だが、間違っているとも否定できなかった。
間違っていると言うのならば、そもそもこのようなイ号作戦自体が間違っているのだろう。
だがこの作戦なしにして、戦争を終わらせることは不可能だった。泥沼に入り込んだように思えるこの戦争をガジール帝国に有利な状況で終わらせることは。
いや作戦自体が間違ってあるのであれば、そもそも何でこんな戦争を長きに渡って行っているのかという話にもなる。そして、こんな戦争にいいように利用されている人族の身分問題だってある。
様々な問題が複雑に絡み合っている。それを現時点で可能な限り最善の方法で解決をと考えると、カイネルが行おうとしていることになるのかもしれなかった。
そんなに上手くことが運ぶものなのかとも思うが、座していても何も始まらない。それに何よりも、カイネルであればやり遂げてしまう気もする。
「それはそうとして、志願兵たちの様子はどうだ?」
思考の淵に沈もうとするボルドにカイネルがそう声をかけた。
「健気ですよ。仲間の死に動揺することなく……いや、違いますね。動揺を見せないよう懸命に頑張っています」
「そうか……」
今さらの話だが、まだ十四、五の子供なのだ。そんな彼らが仲間の死を乗り越え、自分の死を受け入れようとしている。普通では考えられない状況だ。
「酷な言い方だが、作戦には支障がないようにしてほしい」
冷たいカイネルの言葉だった。その言葉に一瞬、頭に血を昇らせたボルドだったが、カイネルとしてはこの言い方しかできないのだろうとすぐに思い直す。
「奪還戦はいつですか?」
「二週間後だ。志願兵含めた五万の兵をもって一気に攻め落とす。グリビアを奪還できれば、形勢が一気に逆転する。その際に予想される犠牲も考えると、決して本作戦に失敗は許されない」
城塞都市グリビア奪還戦。
この戦いの勝敗に関係なく、志願兵たちはきっと全員が死ぬことになるのだろう。その時、自分はどうするのだろうか? 何をするのだろうか?
最初から分かっていたことだ。それを承知の上で、自分はこの部隊に来たのではなかったのか。
だが、その事実がボルドの心に重くのしかかっていた。
「そういえば……」
カイネルはそれまでと違う口調でボルドに声をかけた。
「出立前に父上と会ったぞ。ボルド、お前のことを父上が心配していた。お前を前線に再び送ったこと。そいつをまだ許していないと俺は怒られた」
カイネルの言葉にボルドは苦笑した。
「ウィルクス閣下のお心を煩わせるような話ではありませんよ」
「閣下じゃない。俺の父親としての話だ。他人行儀はよしてくれ」
カイネルは嫌そうな顔をして、ボルドの言葉を訂正した。ボルドは軽く肩をすくめて見せた。
「何かと目をかけてもらっているウィルクス様に心配をお掛けするのは心苦しいですが、私が決めたことです。ウィルクス様の息子ひとりだけが悪いわけじゃない」
今度はカイネルが肩をすくめて見せる番だった。
「お前の口から父上にそう伝えてくれ。どうも父上は俺の都合だけで、お前を前線に送ったと思っている節があるのでな」
そう言って口を尖らせるカイネルを見て、ボルドは少しだけ口元を綻ばせた。そんなボルドの様子を見て、カイネルは少しだけ安心するような顔をしたようだった。
「ボルド、あまり思い詰めるな。お前に死んで欲しくない者はたくさんいる」
ボルドは自分に向けられたカイネルの赤い瞳を見つめた。自分は恵まれているのだろうとボルドは改めて思う。人族の血を引きながらも差別されることなく、周りの魔族に受け入れられているのだから。
人族の血を引きながら……自身をそのように卑下するつもりはないが、どう足掻いたところでこの国はそういう国なのだ。
ならばその国自体を変えようとするのは、やはり自分の巡り合わせと言うべき事柄なのだろうか。人族の血を引きながらもこの立場にいる自分こそが、物言えぬ人族の思いを掬い取るべきなのだろうか。
カイネルの赤い瞳に見つめられながら、ボルドはそう思うのだった。




