カイネルの思い
「仕方なかろうに。あやつは体が丈夫ではない」
一等国民の中でも最上位に位置するボルドやカイネルたち貴族には兵役の義務がある。だが、その義務は嫡出子が二人以上であるなら、どちらか一人が兵役の義務を負えばよいというものであった。
ボルドは後妻の子供とはいえ、テオドール家の正式な嫡出子と認められていた。なので、ボルドが兵役の義務を負えば、兄のロスラフはその義務を負わなくてもよくなるのだった。
だが、ここで問題が生じる。ボルドは母親が人族であるため、貴族の家に生まれながらもボルド自身は二等国民でしかなかった。軍部の規則では、二等国民は下士官以上にはなれない。
つまりは運良く後方勤務にでもならない限り、常にその身を最前線に置かなければならないということになる。
通常であれば、家督を継ぐ者が兵役の義務を負うのが慣例なのだ。だが、ロスラフは自分の体が病弱なことを理由に母親が異なり、魔族の血を引くボルドを兵役に差し出した。
兵役に就けば、ボルドが最前線での兵役義務となる可能性が高いと分かっていながら。
理由があるにしても穿った見方をすれば、自分可愛さでボルドに兵役の義務を押しつけただけということだ。少なくともカイネルはそう思っていた。
皇帝の一族に連なるエアリー家の力で、ボルドの配属先に相応の便宜を図ることもできた。だが、ボルドがそれを受け入れなかった。
ボルドは幼い頃から頑固で、そういった融通が効かない男なのだ。やせ我慢も時にはよいのだが、死んでしまったらどうするのだと、カイネルは常々思っていた。
結論から言えば、ボルドは片手を失うこととなってしまったのだ。命が助かったからよかったものの、それを思うとカイネルは暗澹たる気分になる。
よって今回の作戦でボルドの存在が必要となった時、カイネルが真っ先に手筈を整えたのが、最前線でボルドを護衛できる者の存在だった。彼女が有している稀代の魔法能力であれば、最前線でも十分にボルドを守り得るだろうとカイネルは思っていた。
勿論、戦場である以上は絶対などない。カイネルの意に反して、ボルドが命を落とすこともあるかもしれない。
だが、人族の身分を向上させるという数百年続いている身分制度をひっくり返そうというのだ。本音では避けたいところだが、ある程度の危険性が伴ってしまうのも仕方がないことだとカイネルは思っていた。
「いずれにせよ、要塞都市グリビアを奪還。そしてイスダリア教国の主要都市を奪取してからの和平締結。全てはそれからです。そのための第一歩です。必ずグリビアを奪還してみせます」
カイネルはそう言いながら、自身の決意を新たにするのだった。
「大佐が今回の指揮を取るのですか?」
ボルドは自分の天幕に訪れたカイネルを前にして驚きの声を上げた。
「イ号作戦を立案したのは俺だ。何のためにこの作戦を立案したのかと言えば、要塞都市グリビアを奪還して、最終的には自国に有利な和平を結ぶため。よって、この奪還戦に失敗は許されない」
「だからといって、最前線で大佐が陣頭指揮を取る必要はないでしょうに」
「危険だからか? いらん心配だ。最前線とはいえ司令部は後方だ。危険などあるはずがない」
そうではなくて万が一の話をしているのだと思ったボルドだったが、その言葉を飲め込んだ。
どうせ自分が何を言ったところで、この幼馴染みは言い出したら他者の意見など受け入れはしない。昔から頑固なところがこの幼馴染みにはあるのだとボルドは思っている。
軽く溜息をついたボルドの様子を見て、カイネルが苦笑を浮かべた。
「そんな顔をするな、ボルド。お前が俺の身を案じているのは分かっている。だが俺に言わせれば、後方で隠れている俺の心配なんかより、自分の心配をしてほしい」
カイネルにそう言われて、ボルドは黒色の瞳をカイネルに向けた。
「厳しい言い方になるが、お前が自爆しに行くわけではない。だから無茶はするな。死ぬことなんぞ、俺は許さんからな」
死ぬことを望んでいるわけではない。だが他者に死ぬことを命じておきながら、それを命じた自分が生きていてよいものなのだろうかとも思っているのも事実だった。
志願兵だけではない。これまでも多くの仲間や部下が死んでいった。それなのに自分だけが生きていてよいのか。その疑問はいつもボルドの中で根強く存在していた。




