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風の歌は雲の彼方に  作者: yaasan


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人族とマナの暴走

 翌日のことだった。珍しく村長がルーシャの家に姿を見せたのだ。村長は重苦しい顔をしていて、部屋に入るなり妹と弟は部屋から出て行くように言う。


「どうしたんですか、村長? そんなに怖い顔をして」


 母親が不安気にそう訊いた。母親の隣に座るルーシャも村長の顔を見る限り、よい話ではないことが感じられていた。


「いや、それよりどうかね? ご主人、シエトロの具合は」


「ここのところは、だいぶ気分も良いようです」


「そうか、それはよかった」


 村長はうんうんと頷く。


「村ではどこの家でも、日々の食事に事欠く有様だ。薬を買うこともままならないのだろう?」


 母親は村長の言葉に無言で頷いた。ルーシャはそんなことは訊くまでもないと、軽い憤りを覚える。


「いいかい、これから話すことは強制じゃない。嫌なら断っていい話なんだ」


 村長が妙に回りくどく念を押す。ルーシャと母親は無言で頷いた。


「昨日、帝都から役人が来てな。男女問わず、十七歳までの者を志願兵として差し出すように言ってきた」


 男女問わず? 十七歳まで? 志願兵? 

 意味が分からず、ルーシャは頭の中でその言葉を繰り返した。


「志願兵? 村長、どういうことなのでしょうか? 十七歳まで……それは子供ですらも戦争に行かせるということなのでしょうか?」


 母親が疑問を口にする。その顔はすでに青ざめていた。


「十七歳までといっても、乳幼児は除かれる。だから実質十二、三歳から十七歳までの男女になるのだろうな」


「それでもまだ子供には違いがありません。そんな子供を戦争に行かせろと言うんですかか!」


 母親の声が一段、高くなる。


「アンジュリー、落ち着いてくれ。さっきも言ったように、これは強制じゃない。嫌だったら断るだけの話だ」


「でも。どうしてそんな子供を……」


 母親はそこまで言って、急に何かを悟った様子を見せた。両手で自分の口元を押さえる。


「まさか、マナの暴走を……」


 村長は黙って頷いた。


「戦況はかなり逼迫しているようだ。それを覆すため、魔族の連中は我々人族の特性に目をつけた」


「そんな! 我が子に死んで来いとでも言わせるつもりですか!」


「アンジュリー、頼む。落ち着いてくれ。これは強制ではないのだよ。私だってこの馬鹿げた話には、怒りを覚えている。我々人族は兵器じゃないんだからな」


 マナの暴走……。

 それは人族だけにある特性だった。魔力の源にもなるマナ。人族は十八、九歳になるまで、その制御が不安定だった。よって人族は二十歳になるまで、魔法の類いを使用することは禁止されている。


 制御を違えたまま魔法を使用してしまうと、マナが一気に放出されて大爆発を起こしてしまう。その威力は家の一軒や二軒など跡形もなくなるほどに強力で、それこそ村の半分が半壊してしまうほどのものだった。


「村長、私は絶対に断りますよ。この子を、ルーシャを志願兵などに差し出したりはしません」


「ああ、分かっている。ただ話は最後まで聞いてくれて。私も村長である以上、伝えなくてはならないのだ」


 村長は苦しげに言う。


「志願兵として戦地に行くのであれば、その家族を金銭的に手厚く補償する。その功績によっては、残された家族の等級を上げて二等国民にするとの話もある。またその村自体にも恩恵を与えるとのことだ」


「もう止めてください!」


 母親が鋭く叫んだ。


「子供を犠牲にして手に入れるお金の話なんて、聞きたくありません!」


「ああ、そうだな、アンジュリー。私もその通りだと思う。子供を犠牲にして得た恩恵に何の意味がある? 子供を犠牲にして戦争に勝ったところで何になる?」


 村長はそこで言葉を切ったあと、それまでとは違った柔らかな笑みを顔に浮かべた。


「さあ、これで村長としての役目は終わりだ。ルーシャ、妹や弟を呼んできてくれ。たまには遊んでやらないとな」


 村長はそう言ってルーシャに笑いかけるのだった。





 村長が帰ったあと、ルーシャは一人で村の裏山にある大木に足を向けた。


 それは子供の頃によく登った大木だった。あの頃は父親もまだ元気で、生活もここまで苦しくなかったはずだった。


 ルーシャは太い枝に飛びついて木を登り始める。そして木の中頃にある太い幹の上に座った。この幹に座ると、村全体を見渡すことができるのだ。


 数年ぶりにそこから見る景色だったが、その景色は以前と何ら変わりはない。そんな変わりのない景色を見ると、なぜか少しだけルーシャは安堵した。


 

 このまま戦争が続くとどうなるのだろう。この戦争に負けてしまったら、どうなってしまうのだろうかとルーシャは思う。


 病に苦しむ父親。疲れ切っている母親。いつもお腹を空かしている弟。それも含めてたくさんの我慢をしている妹。そんな彼らの顔が次々に浮かんでくる。


 一等国民を自称する魔族が勝手に始めた戦争で、自分たち人族が何でこんなに苦しまなくてはいけないのか。そう考えると悔しくて涙も出てくる。

 

 戦争は怖い。人が死ぬのなんて見たくもないし、自分が死ぬのだって嫌だ。


 でも……自分が犠牲になるのであれば、事態が少しだけ好転するのかもしれない。


 父親に薬を買えて病を治すことができる。父親が働けるようになれば、母親の負担だって少なくなるはずだ。


 妹や弟たちにも、きっと毎日お腹いっぱい食べさせてあげられる。また家族に毎日の笑顔が戻るのだ。


 父親も母親も反対するだろう。もの凄く怒られるだろう。そんなことは当たり前だ。その時の父親や母親の姿を想像するだけでまた涙が浮かんでくる。


 でも、とルーシャは思う。

 そして、ルーシャはその黒い瞳から溢れてくる涙を片手で乱暴に拭うのだった。

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