風の精霊
イ号作戦の発動によってジルク補給基地を辛うじて死守したガジール帝国は、その五日後にダリスタ基地奪取に向けての出撃を決定した。
投入される兵力は五千。その中には第一、第三、第六特別遊撃小隊が編入されていた。イ号作戦を再び発動してでも、ダリスタ基地を奪取せよということなのだろうとボルドは考えていた。
ボルドが率いる第四特別遊撃小隊は編入されなかったが、ダリスタ基地を奪取すればそこに合流する命が下るのは明白だった。そこにはおそらく、第一から第九まである全ての特別遊撃小隊が集められることになるのだろう。
「決戦は近いか……」
ボルドは自重気味に呟いた。要塞都市グリビア攻略の命令は、ダリスタ基地を陥落させ次第発令されるだろう。そもそもイ号作戦は、それを目的として立案された作戦なのだ。
志願兵の犠牲を前提としての決戦。
それを考えると口の中に苦い味が広がるのをボルドは感じる。
いや、志願兵だけではない。
その志願兵をその時の場所まで先導する者も必ず犠牲となるのだ。今さらだが、どこにも気持ちを持っていきようのない、やり切れない作戦だと思う。
気晴らしにと思って基地の外れまで来たボルドだったが、頭に浮かんでくるのはイ号作戦の犠牲となった志願兵のルイスや、重装歩兵のゴーダたちのことばかりだった。
腕を通すことがない片袖が、風に吹かれて頼りなげに揺れている。
自分が率いる小隊の者が戦死することは、別に初めてではない。これまでに幾度となくあったし、理不尽過ぎる状況で死んでいった者も数多くいる。ボルド自身、それが戦争という物なのだろうと思っているし、理解もしているつもりだった。
だが死ぬことが必然となる戦争は、もはや戦争でも何でもなくて、ただの自殺かそれを強要する虐殺でしかないとも思う。
しかし一方では、彼らの犠牲をなしにして、この泥沼に嵌まり込んだかのような戦争を終わらせることは不可能に近かった。
頭に浮かんでくる事柄の全てが今さらの話だと思う。そして、ボルドがそれらを今さらの話だと思う度に、口の中に苦い味が広がるのだった。
「少尉……」
不意にそう呼びかけられてボルドは黒色の瞳を向けた。そこにはルーシャ・アスファード三等陸兵の姿があった。睨んだつもりなどはなかったのだが、視界の中でルーシャは居心地の悪そうな顔をしている。
「どうした? アスファード三等陸兵、お前も休憩か?」
ボルドがそう言うと、ルーシャは少しだけ微笑んで頷いた。
「ルイスたちをちゃんと送ってあげたいと思いまして……」
ルーシャの両手に小さな白い花びらがあることにボルドは気がついた。ルーシャもボルドの視線に気がついたようで、恥ずかしそうに俯いてしまう。
「こんな物しか用意が出来なかったのですが、風に乗せて送ってあげたいと……」
「風に?」
風に乗せて……耳慣れない言葉を思わずボルドは訊き返した。
「はい。現世で強い思いを残した者は、風の精霊に生まれ変わると人族では言われています」
風の精霊。
確かにそのような話を聞いたことがあった。母神クロネルへの信仰だっただろうか。
そう、間違いない。
幼くして亡くした人族の母親から聞いたことが確かにあったとボルドは思う。
「だからこうして、花びらを風に乗せて弔う風習があるんです。そうして現世での思いから解き放たれてくれることを願うんです。本当はもっと高い所でやらないといけないのですが……」
ルーシャはそう言って寂しげに微笑むと、手の中にある白い花びらを宙に放り投げた。僅かな風に乗って花びらが宙を舞っていく。
「オーク種だったゴーダ・クライヴ一等陸兵も風の精霊になれるのだろうか?」
その白い花を見ながらボルドがぽつりと呟く。それを聞いてルーシャが思わずといった感じで吹き出して笑った。
ゴーダには悪いが、ボルドの中でゴーダのいかつい顔と、風の精霊が持つ印象とが上手く結びつかないのだ。ルーシャもおそらく結びつかなかったのだろう。
「そうですね。でも母神クロネル様が、きっと慈悲を与えて下さると思います」
「そうか、そうだな……」
ボルドは頷いた。ルイスやゴーダがどれ程の思いを現世に残していったのかを知る術はない。だがルーシャが言うように、その思いも含めて全てから解き放たれ、彼らが安らかであってほしいとボルドは思うのだった。




