出撃の可否
「五千の援軍はありがたいのでしょうが、今いる兵はダリスタの敗残兵を含めても約ニ千。合わせて七千では、イスダリア教国の攻勢をここで支えきれるとは思えませんが」
「相変わらず的確だな。お前は子供の頃から全体から個、個から全体を見ることができる」
カイネルの顔が少しだけ綻んだ。
「お世辞はいらないですよ」
「世辞なんぞ今さら言うか。お前の言うことは的確だ。だが現状、これ以上の戦力を割く余裕がない。ここでいたずらに将兵を消耗するとダリスタ基地の奪取、そして要塞都市グリビア占拠のために投入する将兵が足らなくなる。西方に展開している部隊にしても、そこで戦線を支えるので精一杯だ。戦力をこちらに割く余裕はない」
「反転攻勢のために将兵を温存したいと」
「皮肉はよせ」
カイネルが渋い顔をして見せる。そして、その顔の中に苦悩の表情があるのも見て取れた。
この幼馴染は小さい時からそうだったとボルドは思う。言い難いことをなかなか言い出せない。それが他人の不利益になることであればなおさらだった。簡単に言えば優しいのだ。
ボルドは心の中で溜息を吐くと、一瞬の間を置いてゆっくりと言葉を発した。
「そこで我々の出撃だと……」
カイネルは頷いた。
「だが、本音は城塞都市グリビア奪還戦の時まで、お前たちの部隊は温存しておきたい」
「まあ、それはそうでしょうね」
イ号作戦と名付けられた作戦の核となる部分をこの段階で、イスダリア教国側に知られたくはないのは当然だった。
だが一方で、ダリスタに続いてこのグリビアまで奪われてしまえば、反転攻勢への機会が一気に遠のく。
「臨機応変に出撃の可否を決めろということですか」
「簡潔に言えばそうなる」
いつもこの幼馴染は無理難題を言ってくる。最前線の小隊が戦況を大局的に見ることは厳しいと言わざるを得ない。
ボルドが浮かべる小難しい顔を見て、カイネルが再び口を開いた。
「ボルド、お前もそうだが各小隊を率いる者には、その判断ができる者を配したつもりだ」
「それは過分な評価をいただいているようで」
「だから皮肉はよせ」
不貞腐れたようにカイネルはそう言ってそっぽを向く。その子供じみた行動に、視界の中でカイネルが子供だった頃の顔と今の顔とが重なった。
あの頃は魔族とか人族とかの区別もよく分からず、それこそカイネルが皇帝に連なる身分の者であることすらも関係がなかった。身分や立場など何も関係なく、一緒に野山を駆け回る。ただそれだけだった。
「なあ、ボルド、お前は死ぬな……」
「それは命令ですか?」
「馬鹿、幼馴染の頼みだ」
その言葉にボルドは黙って頷いた。
「お前に人族の血が流れていなければ、今頃、俺の隣には常にお前がいたはずだ。最前線などにいることはなかったんだ」
「それは過分な評価ですよ、エアリー大佐」
ボルドは苦笑する。
「それに私をまた最前線に呼んだのは、カイネル・エアリー大佐のはず」
ボルドがそう言うとカイネルは苦笑する。
「この戦争が終わったらの話になるが、お前がこの戦場で見たこと、思ったことを俺と一緒に国へ、皇帝陛下に上申してほしいと思っている」
「皇帝陛下へ……」
ボルドとしては思いがけない言葉だった。
「最前線で常に戦い、加えて大貴族と人族の血を引くお前だからこそ、そこに説得力が生まれる。そして俺の後ろ盾があれば、この戦争に多大な功があった人族の地位を上げることも難しくはない」
「なかなか壮大な話ですね」
「からかうな。俺は真面目に話をしている」
そうだったなとボルドは思う。カイネルは昔から真っ直ぐな男なのだ。
幼少の頃からこのようなカイネルが自分の近くにいてくれた。だからこそ、自分が魔族の社会から排除されない一面もあったはずだった。
カイネルが何を思ってここまで人族に肩入れしようとしているのかは分からない。身近に人族の血を引く自分という者がいるからということだけではないとも思う。
肩入れの理由が何であれ、志願兵の件は人道的に考えてもこんな作戦は許されない。だが、魔族でありその中でも特権階級であるカイネルが、ここまで思い詰める話でもない気もする。
「ボルド、イ号作戦立案の中心人物はこの俺だ」
まあ、そういうことなのだろうとボルドは思った。カイネルはこの戦争を終わらせるために、あらゆる可能性を模索したはずだった。
それも単純に戦争を終わらせるだけではなく、優位に終わらせなければならない。そして、カイネルが導き出した答えがこのイ号作戦ということらしかった。
「この泥沼に嵌まり込んで抜け出せない戦争を優位に終えるには、人族に犠牲を強いる他になかった」
カイネルはそこで言葉を切り、大きく息を吐き出した。そして、言葉を続ける。
「ならば、俺は犠牲を強いる人族に地位向上を約束する。何十年かかろうが俺はそれをやり遂げる。そして、そのためにはお前の力も必要だ。だから、お前は死ぬな。こいつは絶対だ」
「最前線に人を送り込んでいて、絶対に死ぬなは矛盾している気もするけど、わかったよ……カイネル兄さん」
ボルドは静かに頷くのだった。




