撃たなきゃ死ぬだけ
三十分ほどの小走りだったろうか。重い鎧や盾を装備しているジェロムやゴーダの荒い息を見て、衛生兵のハンナが休憩を提案した。
ジェロムとゴーダも限界だったのだろう。それに同意して、その場に座り込む。
左手には切り立った崖があり、その下には川が流れていた。ここを崖沿いに進んでいくと、小隊の合流場所となる小川に辿り着くとのことだった。
皆で車座に座り、どこまで役に立つか分からないが、ルーシャとラルクが周囲を警戒する役目を仰せつかった。
ルーシャは周囲を警戒しながら、中腰のままで背中の鞄から水筒を取り出して喉を潤した。緊張の連続で気づきもしなかったのだったが、喉が驚くぐらいに渇いていた。皆も同様に水筒を取り出すとそれぞれ喉を潤している。
やがてルーシャは人を殺したのだと初めて理解した。正直、あの時は夢中だった。
銃を撃ったあと、震える指先にも気がつかないふりをしていた。撃たなければ殺されるとの思いに突き動かされていただけだった。
殺すために引き金を引いたのではなく、自分が殺されないために引き金を引いただけだった。そして結果として人を殺したのだ。改めてその事実に気がつくと、指先だけではなくて、全身が小刻みに震え出す。
ルーシャはそれを周囲に悟られないよう、両手を強く自分に回して自分を抱き締めた。隣りのラルクを見ると、ラルクも血の気が引いた顔をしながら周囲を警戒している。
これが戦争なのだとルーシャは改めて実感する。今まではそんな感覚もないままで、戦場にその身を置いていただけだった。
戦争の本質はこの手で人を殺すこと。自分が殺されないように人を殺すことが戦争なのだ。きっとそれが戦争の本質なのだ。
気づくと自分の背に手が置かれている感触があった。背後をルーシャが振り返ると、やはりそこには衛生兵のハンナがいた。
エルフ種は男女含めて一般的に容姿に恵まれている。ハンナも同じく端正な顔立ちで、このような戦場でうす汚れた戦闘服を着ていても美しかった。
そんなハンナの顔を見ていたら、なぜか涙がこみ上げてくる。
鼻の奥がつんとなる。ルーシャはそれを必死で堪えた。セシリアもラルクも涙を見せてはいない。それに何よりも、もう泣かないと決めたのだ。
ハンナは何も言わず、ルーシャの背中に優しくその手を置き続けている。
「包囲は脱せたのでしょうか?」
重装歩兵のゴーダが同じく重装歩兵のジェロムにそう尋ねた。ジェロムがその言葉に大きく頷く。
「そのようだ。イスダリア教国の奴等、やはり目的がダリスタ基地なのだろうな。お陰で逃げ出す俺たちへの追撃もなかった」
「やはり、単なる遭遇戦だったということですかね?」
「まあ、そういうことになるな」
ジェロムは頷くと、ルーシャたち志願兵に濃い茶色の瞳を向けた。
「今回はお前たち志願兵のお陰で助かった。人族がマナの動きに敏感なのは知っていたが、あそこまでマナの動きを察知できるものなのだな。いやいや、大した物だぞ」
ジェロムはそこまで言うと、志願兵たちの様子が少しおかしいことに気づいたようだった。
「クリストフ曹長、彼らはこれが初めての本格的な戦闘だったのですよ」
ハンナがやんわりとジェロムを諌めた。
「曹長は、配慮をどこかに置き忘れてきた人ですからね」
ゴーダがそう言って苦笑する。
うるせえと言って、ジェロムはそっぽを向いた。それを見てラルクが少しだけ笑顔を見せた。
ラルクの笑顔は引き攣っていたのだが、笑顔を見せられるだけ凄いとルーシャは思う。セシリアは今にも泣き出しそうな顔をしていたし、ルーシャ自身も似たような顔をしている自覚があった。
「ここは戦場だ。撃たなきゃ死ぬだけだ」
ルーシャたちに顔を背けたままでジェロムが言う。自分たちを慰めているつもりなのだろう。
「ありがとうございます。俺たちは大丈夫です。ただ急なことだったので、びっくりしただけです」
ラルクがルーシャとセシリアの気持ちを代弁するかのようにそう言った。
「気にすんな。泣き出さないだけでも大したもんだぜ」
ゴーダがそう言って、にやりと笑ってみせた。




