それぞれの思い
「ハンナ・セネット一等兵、俺からも訊いていいか?」
「どうぞ。それとハンナでいいですよ」
そう言ってハンナは少しだけ微笑んだ。
「なぜハンナはこの作戦に志願した?」
ハンナは少しの間だけ考える素振りを見せた。
「私はエルフ種です。人族の境遇に同情はしますが、それ以上の感情はありません。でも種族に関係なく、子供が戦地で過酷な運命を担うとなった時、私の中でその話は別でした。彼らの過酷な運命を変えてあげることはできないけれども、彼らが決意した過酷な運命を全うするための力になりたい。そう思ったんです」
「そうか……ハンナ、君は優しいのだな」
「ふふっ。少尉、多分あなたも優しいんですよ。片腕でも戦場に立とうと言うのですから」
ハンナはそう言って一礼すると踵を返した。
ボルドは一つ大きく溜息を吐くと、椅子に腰を下ろした。心がざわついていた。
自分はなぜここに来たのか。
自分は彼ら志願兵に何ができるのか。
何をすべきなのか。
まだ答えは出ていない。
この答えはあるのだろうか。
そんな思いを抱えたまま、ボルドは自分の小隊に配属された志願兵の顔を思い浮かべた。
どこにでもいる普通の少年少女だ。
そう、まだ子供なのだ。彼らが志願兵に応じた理由は知らないし、知るつもりもない。だが、彼らが国を思って志願したのではないことだけは間違いないだろう。
日々の生活の中で、三等国民として様々な理由で虐げられている彼らに、愛国心があるはずもない。彼らが志願した理由は家族やのため、ごく身近な人たちのためであることは明らかだった。
純粋な魔族の中で育ったボルドは、人族についてあれこれと考えたことはあまりなかった。
母親が人族であり、自分にもその血が流れていること。魔族の社会の中で人族の血が流れていると少しだけ生きづらいこと。
これら以外のことで、人族ということについて思い悩んだことがないのが正直なところだ。自身の軸足は常に魔族側にあった。
人族が三等国民として、帝国内で社会的に虐げられているのは知っていた。見聞きしていた。しかし所詮は他人ごとでしかなく、己のこととして捉えるものではなかった。
ボルドが共感するのは常に魔族側であり、自分の共感が人族側となることは決してなかった。
ボルドは大きく息を吐き出した。
別に答えを急ぐ必要はないのだ。そもそも答えがあるのかも分からないものなのだから。ボルドは一人、そう思うのだった。
第四特別遊撃小隊が、三度目の補給部隊の護衛を努めて補給基地に戻った時だった。意外な人物が補給基地を訪れていた。
「珍しいですね。本国幕僚本部の人間が補給基地とはいえ、前線などに来るとは」
天幕に呼ばれたボルドがそう言うと、カイネルは少しだけ顔を歪めて見せた。ボルドとしては嫌味の一つでも言いたくなる。
「会ってそうそう嫌味を言うな、ボルド・テオドール少尉」
「で、大佐が直々に何用でいらっしゃったのですか? 大体の想像はつきますが……」
まあ座れとカイネルに促され、ボルドは椅子に腰を下ろした。
「どうだ、隊の様子は?」
「どうでしょうかね。戦場に幾分かは慣れてきたとは思いますが」
それがボルドの率直な感想だった。実際に銃弾が飛び交い、敵兵の顔が見えるような戦闘はまだ起こっていない。
だが、さして遠くはない距離で聞こえる爆発音や、視界に入る爆炎。その度に運び込まれて来る負傷兵を目にしていれば、何よりも身近に彼らも戦場を感じているはずだった。
まだ十四、五歳の子供なのだ。例え泣きながら逃げ出したとしても、それも無理はない。
「ただ、戦場を肌身に感じるのと、敵味方の銃弾が飛び交う中に突っ込んで行くのは違いますからね」
目標やその時の状況がどうあれ、自爆とは結局はそういうことなのだとボルドは思っていた。
「そうか……それでテオドール少尉は、彼らがそれをできるまで、どれぐらいの日数が必要だと考える?」
「さあ、どうでしょう。半年か、一年か。ただそうなるためには、こちらにも相応の犠牲も出るでしょう」
当然だった。最前線に身を置けば置くほど、被害を受ける可能性は高くなる。戦場に慣れるのはいいが、下手をすれば遠距離魔法一発で、小隊ごと全滅ということだってあり得ない話ではない。
「他の小隊にいる隊長たちも同意見だった。半年や一年はかかるだろうし、相応の犠牲もあると」
「それで幕僚本部のお偉いさんは、どうお考えで?」
「いい加減、嫌味は止めろ」
カイネルが煙たげな顔をして見せた。
「批判を覚悟で率直に言うが、彼らは兵器だ」
ボルドは頷いた。その言葉に間違いはない。どう言い繕うにせよ、彼らは紛れもなく自爆するための兵器なのだ。カイネルはさらに言葉を続けた。
「しかも代替が利く消耗品じゃない」
戦場に慣れてもらわないと困るが、負傷しても戦死してもらっても困るということなのだ。だが、戦場での経験値と死傷率は正比例してしまう。




