07 フリーエントリーノーオプションバトル
西ノ坊甚六は聞き込みを成功させる必要があった。
というのも、オレはさっきまでこの辺では見慣れないような雪の旅人の姿だったわけでパーカーに着替えたワケだが、どちらにしても周囲からはメッチャ浮いている。
しかもさっきまでユーたんと一緒に話をしていた。あの女は入国審査なんてモンをやっていたから、ここに居る奴らはもしかしたら過去に門前払いされて、少なからず恨みを持ってる奴もいるかもしれない。
(そりゃオレとは話したがらないよな。みんな超逃げるし)
聞き出したいことは山ほどある。ここにはテレビやネットがあるかも分からないし、もし無かったらどーやってオレの活動を宣伝していけばいいと言うんだろう? もしかしたら、口伝だけで"ロキの生ける伝説"を作らなければならないのかもしれない。
だがスポンサーに金を貰った以上、結果は出さなければならない。オレはライダー、滑り屋で広告塔なのだから。
とは言え、雪は無いし、斜面も無いし、けん玉くらいはここでも使えそうだったが、コイツは趣味の領域から出ないモノなので、人に見せられるような腕前ではない。
(やっぱ、アレしかねえよな)
こういう時、頼れるのはやっぱり自分の身体一つだった。
この世界に生きてる奴らにも、オレのスタイルが通じると信じて。
「じゃあ、いっちょやりますかね?」
オレは準備を始めた。キャンプの真ん中にはただの台座、いうなら忠犬ハチ公の犬だけが乗ってないような台座が鎮座しており、丁度良いから背中の荷物全ての物をまとめてそこに立て掛けておく。
オレはバックパックからミュージックプレイヤーを取り出して、台の上に置く。ミュージックプレイヤーの音量を上げ、ワイヤレスイヤホンとの通信は切る。
選曲は……洋楽のHIPHOPだ。
ヒップホップにもまぁ色々あるが、これは最低限のシンセとタムドラムがあれば成立するジャンルだ。究極的な意味では、ボーカルさえあれば何もいらない。英語の歌詞をラップ風に口ずさみ、気が向いたらハンドクラップを入れる。そうしてアメリカ系、もしくはアフリカンミュージックを作り出し、ストリートの男達とダンスバトルを繰り広げるのだ。ちょっと古いとこだが、日本人ならエミネムの名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。
(さあ、踊るぜ!)
オレはビートを刻み始める。
「チッ、チッ!
チッ、チッ、チッ!」
キャンプのどこに居ても聞こえるほどの大音量でHIPHOPが流れ出す。オレは頭を少し揺らしながら足踏みする。キャンプのど真ん中で突然始めた奇行は、すぐに近くに居た人が何事かと目を剥いている。
いいぞ。もう少し衆目を集めたいが、待たせるのも良くない。次の小節になったら始める。
気が触れたと思われるかもしれない。
だがそれでいい。オレを見ていてくれ!
曲のボーカルコーラスが始まると同時に、オレは一気に身体を崩した。
「Break dance!!」
後ろ手で地面に手をつき、足を蹴り上げ、手を組み替えては逆方向に突き出し、回し、最下段から2段蹴りを繰り出す。曲に合わせ鋭く、或いは少し気だるそうな動きを混ぜ、複雑な動きを成していく。
次は寝転がり、背中の力だけで飛び起き、と見せかけて戻し、また飛び起きて戻す、という風に、今度は海老反りの体勢で地面を三往復跳ねる。それで俎上の鯉の気持ちを表現したオレは一度立ち上がる。
「ゲラッ!」
(トーマス、ウィンド、ここでワープ、抜いてノーハンド、
ウィンドミル三回やって~、1990!)
これまでの地面を跳ねる魚の動きから、大きく変化する。
手を付いて脚を大きく広げ、開いた脚の遠心力を利用してダイナミックに回る、パワームーブという動きだ。
順番に肩、腰を軸にして地面を転がり、斜めに3回転半した流れで手首を地に付け、片手逆立ちまでトリックを繋げていく。そのまま逆立ちで1回転して、脚をねじり切ったところで静止する。いつもはヘッドスピンをするところだったが、砂利混じりの地面に涙が出て来たので今日は止めておいた。超イテェ。
オレが始めたパフォーマンスで、もうすでにキャンプにいる人間の9割は集まってきたかというような人数になっていた。成功だ。投げ銭用の箱を用意してなかったことを若干悔やむ。オレは曲に合わせて叫んだ。
「エビバデッ! ――エンデュ? ――キーポンムーヴィ!!」
8の字にステップを踏み、右へ左へと全身を使ってポーズを決める。手を大きく使ってブロックアクションをするが、ダンスはまずはステップだ。脚にずっと集中して踊っている。そこに師匠から叩き込まれた動きを追加する。
タメて、動く。大袈裟に動かして、止める。思いっきり動かして、止める。それを何度も繰り返す。
15回ほど繰り返したが、身体は最初の位置から最後の位置までは殆ど動いてなかった。無駄な動きは一切なく、これは動かしてるのに動いていない、でも動いているようにしか見せない超絶技巧なのだから。
オレは一連のセットを終え、最後にクルっと回って腰に手をやり、右手人差し指を天に掲げポーズを取った。ダンスが終わったことが伝わる、お約束のポーズだ。
……わずか4分ほどの曲が終わり、この場一帯は嘘のような静けさを取り戻した。
やがて、拍手をする人が現れ、それにつられてやや盛り上がったぐらいの拍手を浴びる。だいぶノリが悪いが、異世界だから仕方がないのかもしれない。
オレは素直に頭を下げ、ひとときの称賛を受け取る。
「センキュー。みんなありがとう。今日はこれで終わりだ……ん?」
オレは顔を上げて感謝を述べたが、集まった人達の注目は、いつの間にか逸れていた。
(なんだ……?)
視線の先に目をやると、馬車が止まっている。やけに豪華だ。大きな馬車には窓が付いているから、中から人がこちらを窺っていたのだろうか。すると周りの奴らは次々に頭を下げて、中には膝をついている奴もいる。
「あれは第三の姫様の馬車じゃ。お前さんも頭を下げんかい!」
と、誰かが声を掛けてくる。だがオレがジジイに抵抗している間に、馬車は王国の方へと動き出したようだった。その動きを見届けた人々は皆、キャンプの方々へ散っていき、オレは毒気を抜かれたように立ち尽くしていた。
(せっかく作った空気が無くなっちまったな……。まぁいい。これで聞き込みぐらいは出来んだろ)
この時の出来事が、実は王国に重大な事件を引き起こすきっかけになるのだが、そんな事を知る由もないオレは、さっき観客になっていた奴らを捕まえて、片っ端から聞き込みをするのだった……。
たくさん人が集まってるところで急に踊りだすのは止めたほうがいいです。
ソースは私。見かけたら拍手を送ってあげてください。心が折れずに済みます。