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05 魔法に詠唱は必須ではありません

 

 ユーセル=トップライトが平時の精神状態を取り戻したのは小一時間が経過した後だった。


 お互いの熱が冷め、甚六のもとに降臨していた笑いの神もどこかへ去ったようで、ようやく落ち着いて話が出来るようになったと判断した私は、もう最初から確認することにしました。


「甚六、と言いましたね。この国のことはどこまでご存じなのですか?」

「んー、全然分からねえな。パキスタンじゃねえんだろ?」


 私の知らない単語が出てくるということは、やはりお互いに持つ情報に相当の乖離があるようで。


「ぱきすたん……というのは知りません。ここはチェスナット同盟諸侯連合王国、通称チェスナット王国です。私はここで入国審査の仕事をしています」


「ふーん……オレは日本っつー国の生まれで、あの緑の丘の向こうに見えるバカでかい雪山から降りて来たんだ。あの山はK2(ケーツー)か?」

「いいえ、ケーツーではなくあれは賢者の壁、と呼ばれています。にほん、という国は知りません」


「オウ……トゥバァッド」


 甚六は時折、チェスナット公用語にはない謎の言葉を発する。

 けど、なんとなく、ただの感情表現をしているだけなのかと私は思い始めていた。


 しばらく真剣な面持ちで考え込んでいた甚六は言います。


「オレはどうやら死んで、異世界に来ちまったらしいぜ、ユーたん」

「……死んだ、とはどういうことなのですか?」


「オレはいっつも無茶な生き方をしてたんだ。最後の瞬間も100%決められたようなエアーじゃなかった。多分本当のオレは死んで……意識だけがこっちに来ちまったんじゃねえかな」


「日本にはな、死とは何もない終わりじゃねえんだ。別世界への新たな船出があると、根強く信仰されてる。単純に生まれ変わったり、死後の世界があったり……色々だな。だがオレはそのどっちでもない。ここに居るオレは生きてた時と姿が変わってないから……異世界転移というやつかもしれん」



 甚六の話は本当なのだろうか?


 私の世界では魔法の力や、帝国の不思議な機械技術があって、それらが何かしらの干渉を起こせる可能性は十分にあると言える。

 というより、実例があるかもしれない。


「仮に別の世界があるのだとしても、それを確かめたという話は聞きません。私たちの世界で死んだ人はみな、居なくなりますが……帝国の不死の姫君は、機械技術によって”死”というものを経験しながらも、生きてまだ健在と聞きます。彼女なら何か分かるかもしれませんが……」


 私は結論を出す。

「とにかく甚六の話は分かりました。仮に、別の世界に来たという話が誤りだったのだとしても、ここがあなたにとっては異世界なのは、疑いようも無いようですから」


 もしかしたら頭を打って記憶が混乱しているだけの残念な人になっている可能性はあるのだけれど。

 余計なことは言わないことにした。



「まったくどうしたもんかね……とりあえず腹が減ったな。ユーたん、養ってくんねえ?」


 早速これである。あまりの放埓さに怒りも沸いたが、彼の境遇を知った今では、憐みの気持ちのほうが勝った。


 つまり彼には行く当てが無いのである。

 それに真名を知ってしまった以上、面倒を見るのも悪い話ではないのだ。


「ゴホン…わかりました。チェスナットに入国するために一時滞在するための野営地(キャンプ)がありますから、ご案内しましょう。ついて来てください」



 野営地は旅行者の一時宿泊のために設営されていて、目と鼻の先にある。

 馬車を引っ張った商人の利用が一番多く、簡単な商店が開かれたり、炊き出しを行っていて、設備は意外としっかりしている。というのも、ここは魔獣がたまに顔を出すので、ちょっとした軍事拠点の役割もあるからだ。


 先ほどまで列を成していた通路を通り抜け、程なく目的の野営地までやってきた。もう炊き出しをやっているようで、風に運ばれていい匂いが漂ってくる。鼻をくすぐるのは、カレーの匂いだ。メニューは日替わりなので、今日は運がいい。


「さあ、着きましたよ。こっちです」


 私と甚六は匂いの元凶となっているテントまでやってきた。私はそこで二人分の金銭を渡し、私達はそれぞれカレーを乗せたお盆を受け取った。



「私はこれでも、お金には困ってませんからね!

 行く当てのない人に施しを与えるのも私の役目ですから!」


 声に少し嫌味を含ませながら、抑揚をつけてわざと大きく喋る。


「どうせお金も持っていないのでしょう?」


「Noblesse oblige……」


 甚六は何やら流暢な言葉で返事をするが――おそらく肯定したのだろう――その証拠に、もうカレーをせっせと口に運んでいる。


 私は彼がちゃんと恩義を感じてくれる人なのかどうか不安に覚えつつも、それらは一旦棚上げして食事をすることにした。


「いただきます」


 私は礼儀正しく感謝の言葉を述べてから、カレーを食べる。カレーはとても辛い食べ物で、食べると身体中から汗が吹き出るが、とても美味しいものだ。


 しかし、今日かいた汗は、このカレーでは決して超えることは無いだろう。



(今日、甚六から色々言われたことのほうが熱くて、汗も出たし、本当に自分がおかしくなったと思った……。けれど、多分、男性から甘い言葉を囁かれたことが無かったから、私には免疫力が無かった……ってことなんだろう)


 私はそう自分に言い聞かせる。今日の出来事は何かの不幸な事故に遭っただけなのだと。


 

 先に食べ終わった甚六が話しかけてくる。


「さすがは異世界インドだぜ。本場(?)のカレーはやっぱスゲェわ。ここでは毎日食えるのか?」

「ん、メニューは日替わりですけど、お金があれば毎日食べられますよ」

「じゃあしばらくはここに居ることにするわ。カネはなんとかなるだろ」


 甚六はやけに自信があるようだったが、私は問題を指摘する。


「……ここは三等地で暮らしている私と違って、自分で生計を立てている人か、勤務中の兵士しかいないんですよ」

「つまり?」

「ここには財布のヒモが堅い人しか居ないってことです」

「そりゃマズイな」



 甚六は異世界に来たばかりだ。このまま放りだすのも目覚めが悪い。

 私は真名を聞き出したときから考えていたプランを実行することにした。



「はあ……仕方ありませんね。お金は私が出してあげますから」


 私はそう言って、王国銀貨10枚を肩吊り財布から取り出して、甚六に渡す。

 これは大金だ。これだけあれば、ひと月はここの炊き出しで食べられるし、これがあれば簡単にパスポートが買えることにも気づくだろう。入国許可証とはただの通行税なのだから。


 私は甚六が自力では知り得ないことだけを教える。


「甚六。私がここまであなたに親切に出来るのは、訳があります。それはあなたが"西ノ坊甚六"という真名を私に教えたからです。

 この世界で本当の名を教える人はいません。本当の名は親から子供に一度きり教えるもので、これを他人に知られることは、全てを奪われることを意味します。

 ……実際にお見せしましょう」



 私は一呼吸置いて、魔法を発動する。



「かの者の前に本当の姿を曝け出しなさい……ニシノボウジンロクの名に、真名に命じます……」


 使うのは命令魔法だ。派手な火が出たり光ったりするような魔法じゃない。

 見た目には何も変化はない。



「「さあ、甚六……命令します。この布で、私の口を拭きなさい」」



 私がそう言うと、甚六の身体は、手は、()()()()()()()

 テーブルに用意された白い布(ナプキン)を拾い、私に近づく。


 甚六の左手が私の頬に添えられ――私は目を閉じて――彼の右手に持った布が、口の端についていたカレーを、丁寧に拭き取る……。



「ホワッ!? 身体が勝手に動いたぞ!?」


「これが魔法の力です。あなたに大金を預けることが出来るのは、いつでも回収出来るという事実があるからです。これがこの世界のルールで、きっとあなたのいた世界では存在しなかったものでしょう?」

 

 彼は動揺し、手のひらを開いたり閉じたりして、不思議そうな顔をしている。


「甚六、わかりましたか?」


「あ、ああ……。要はスポンサー、金主になってくれる代わりに、そういう契約を結んだっつーことで良いんだろ? 心配すんな。スポンサーをガッカリさせるような滑りはしねえと約束するぜ」


(滑り……?)

 少々引っかかったが、概ね私の奴隷になったことは、甚六も理解したと解釈していいだろう。


「今後は誰にも真名は教えないで下さい、甚六。

 ええと、ジン、ロク……そうですね、今後はロキ、と名乗るようにして下さい。それがあなたの名前です」


「ロキ……あぁ、それは良いな。いい名前だ。

 世を忍ぶ仮の姿、覆面ボーダーロキ! そいつぁ最高にクールだぜ!」



「ではそろそろ私はこれで。ロキ、悪いことをしてはダメですよ?」

「ああ。スポンサーの顔に泥は塗らないと誓うぜ」


 彼の言葉には自信が満ちている。おそらくこれなら大丈夫だろう。


「ちゃんとした入国許可証を持って来るまで、私は国内でお待ちしていますよ。ではまた」



 私は席を立つ。

 甚六と別れ、帰路を歩く。


 彼がもし銀貨を持って逃げだしても、私が命令を出せばちゃんと主人の元へと戻ってくる首輪を嵌めたのだ。要するに放し飼いである。

 奴隷は本来、私でもちょっと手が出にくい買い物なのだけど、甚六は銀貨10枚という安値で買い叩かれたことに全く気付いていない様子だった。


 私の小さな復讐心は満たされる。他人に知られれば外聞が悪いが、値段さえ知られなければ何の問題も無い。

 それに、行く当てのなかった甚六の身柄を引き受けることは、彼にとっても悪い話ではないので、相互利益の関係になったと言えなくもない。



(お姉ちゃん衝動買いしちゃったよ……家族のみんな、受け入れてくれると良いな。まずは弟に会わせよう、それから……)


 私は帰りの道すがらで、これからのことを考えていた。


知らない人から突然、「俺は異世界から来たんだ!」と言われたら、それを信じてはいけません。

良い子のみんなは星5評価をつけて、まず頭を疑うように!

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[良い点] 5/24 ・やっぱり文章は神。小説読みまくってるけど超読みやすいですね。 ・設定もすごいよね。あー、語彙が尽きた。上手い事表現できねぇ。 ・主人公のノリすきです
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