38 瞬間、パルクール、重ねて
しばらくして、遠くの屋根にロキが登ったのが見えた。
そこから道幅などお構いなしに直線距離で移動してくるのを見て、こちらに合流するものだと気付く。
私は身体を起こして、彼と合流する前に動きだした。
「ロキ、こっちです!」
私は声を掛けると、次の目標となった城門に向けてアスレチックを再開する。
だいぶ休ませてもらった。体力は大丈夫だろう。
そこから、彼の真似をした。
障害物をひとっ飛びで乗り越え、高い壁に登る方法や技術をさっき沢山見せられたからだ。
(流石に意味の無いバク宙や、手頃な障害物で遊ぼうとまでは思わないけどね……)
道幅が1メートル半ぐらいの民家の間で、引っ掛かりの無い壁に跳び付いて2段に蹴り、後ろの民家に跳び付いてさらに2段に蹴り、壁蹴りを往復するように高さを稼いでよじ登る猫のような動きも試してみたら、存外上手く出来たのだ。
「あは……っ! 貴方、なんて世界にいるのよ!!」
「ヒュゥーー! ブラーヴァ!」
先行して駆けていたが、予想通りと言うか、ロキはあっという間に追いついてきた。
私は驚きと興奮に満ちている。世界が輝いていて、今なら何だって出来る気がする。
「ロキ、城門の上まで行くわよ!」
「おう、キルトが飛んでるのが見えたからな。
しかもビラまで配ってくれるし、気の利く相棒だぜ!」
「ちょっと! わたしも相棒にしてくれないのかしらっ!?」
「オレについて来れたらなッ!!?」
ロキは思い切り叫ぶと、屋根から身体を捻じって飛んだ。そして2回程空中でひねりを決め、地面に鮮やかな着地を決める。
(ついて行けるの? 私が?)
身体が熱い。ついて行けるかもしれない。
平たい場所ですらバク宙なんか一度もやったことは無いのに、今は何故だか出来るような気持ちにさせられてしまっている……。
自由を手にしていた。背中には確かに翼があった。
私は、飛んだ。
――――っ!!
ただがむしゃらに、身体を捻ってその身を屋根から空中に投げ出す。視界がぐるぐると回り、すぐにどちらが地面なのかも分からなくなった。感情が一瞬にして恐怖に包まれ、自由落下によって三半規管が悲鳴を上げる。
……私はどうなったのだろう?
「おっと……ホントに飛ぶとは……
姫さん、マジで才能あるぜ……ッ!」
花嫁衣裳のまま、お姫様だっこの体勢になっている。着地に失敗した私は、下で彼に受け止められていた。
(シチュエーション、完成しちゃったじゃない……もう……)
この時私は物理的にも、精神的にも、二重の意味で彼に落ちたのかもしれなかった……。
その気持ちを自ら証明するかのように、彼にアプローチをかける。
「このまま運んでもらってもいいかしら、花嫁泥棒さん?」
「オイオイ、出来ないからって拗ねるなよ。
姫さんは才能あるから、やり方は後で教えてやる」
そう言って彼は私を降ろす。
「今日の所は無理しないことだな。
自分の力が分かってないとケガするだけだしな」
「後で私に手取り足取り教えてくれるってこと?」
「そうだな。オレも今それを望んでるとこだったぜ!
姫さん、今いくつだ?」
「ええと……この身体なら……こっちにきた時、周りの人間は13歳って言ってたから、今はおそらく18歳よ……」
「お、良いな。若いなら覚えられるぜ。
しかし、もう5年も居るのかよ。こりゃいよいよオレも、こっちで腹くくらねえといけねえんじゃねえのか?」
「私はあなたとずっと居られるなら、こっちの世界も悪くないと思うわよ?」
「オレはゴメンだぜ。全然雪降ってねーし。元の世界に帰りたいんだが?」
「……」
ここまで女としての隙を見せてみたが、私の発言はすべて躱されてしまった。
なるほど、こういう人なんだ。
「じゃあ、もし一緒に日本に帰れたなら、私とセックスしてくれないかしら!?」
「ゴホッ、ゴホッ!!?」
ロキは盛大にむせた。彼に搦め手は通用しなく、直接攻撃が効くというのが私の短い恋愛ゲームで導き出した結論だった。
「今、そういう流れだったか?」
「そういう流れだったわよ。貴方は嫁入り前の18歳の女の子を誘拐したのよ?
ちゃんと責任取りなさいよね!」
「……」
彼は私の前を走っていたが、静かに私の後ろまで下がっていく。
「オレはあくまでお前の相棒になれると主張するぜ。ほら、この逃亡劇だってお前が先導だ。
お前は見所のある女だが、オレはその身体技術に惚れてるってだけかもしれないよな?」
「あんなに大勢の前でキスまで見せ付けておいて、本当に全く惚れてないって言うのかしら?」
「オレは言葉より行動で示す人間だからな。オレはお前が理解してくれると信じてる。
さぁ、オレに見せてくれ。お前の本気、ってヤツをな!」
こんなに口が回るのに、よくそんなことが言えたものだろう?
けど、行動で示せ……か。その考えは決して嫌いではなかった。
「じゃあ、私も本気で行くわ!」
そこから城門にたどり着くまで、本気で走った。
壁にぶら下がって、登って、小さい足場を渡り歩いて、街全体を一つのアスレチック・ジムに見立てて思いっきり駆け抜けると、ロキは私の動きに合わせて、シンクロするかのように踊りだした。
私が縁にぶら下がると、隣にぶら下がるし、塀に手を付いて一気に乗り越えると、彼がそれをアレンジしてオシャレに乗り越えて、ぴったりとついてくる。まるで気の合う兄妹で、一緒に連弾をしているような気分になっていた。
私は精一杯なのに、彼にまだそんなに余裕があるのが悔しい。でも、私に寄り添うように踊るそのデュエットが、ただ、とても気持ち良かった。
私たちはパルクールを通して、一つになっていた。
「ついたぜ、もうすぐだ!」
私たちは、城門へとたどり着いた。




