34 いい○○だな…少し借りるぞ
会場には乾いた音だけが鳴り響いている。
パン、パン、パン、パン……
踊り子だ。この期に及んで、何を……?
彼は頭上で手を叩き続けながらこちらに歩いてくる。
ディアが手で合図を送ってそれを制止しようとしていたが、一瞥をくれただけで彼はディアを無視してしまった。
「おおっと、一体誰でしょうか……?
神聖な誓いの場を邪魔をするのであれば、まずはその無礼な名を名乗っていただきましょう……!」
司会者が名を訊ねると、踊り子はその場で止まった。
すると踊り子は、小指を立てた左手は何かを握るように、右手の人差し指は司会者に向かって挑発するかのような仕草をする。司会者はその意を理解したのか、持っていた声の増音機を、踊り子に向かって放り投げた!
パシッ!
「Year……」
踊り子の声が増幅され、会場に彼の言葉が響き渡る。
一体なにを……。
「オレはロキ……。よぉく覚えておくんだな。
もう一度言うぜ? オレはロキ、だ……!」
自分の名前を高らかにアピールして、再び歩き出す。
そして、急に歌いだした。
ドゥ、ドゥ、ダァン!
ドゥスドゥッ、タン!
♪オレは愉快なSnow Freak men~
今は名を捨てMasked border~
「オイオイ、ここ、異世界みたいだぜ?
可愛い女に奴隷にされるし、雪もねえし、どうなってんだ?」
♪ここは辛いなAnother world~
ところでお前はWhat's your name?
軽快にスローテンポで語るように歌っているが、何を言っているのかは全然分からない。
多分、この場にいる誰もがそう思っているだろう。
その証拠に、兵士の皆さんも貴族の方々もポカンとして、誰も彼を制止するまで頭が回っていなかった。
「オレの名を聞いてくれ……オレは、ロキだ!
お前は? 本当の名も知らなくて、ダチになれると思ってんのか?」
(いや、ロキは偽名でしょうが!)
私は彼に奴隷魔法を試していたので、突っ込んでしまう。
いや、突っ込んでいる場合ではないのは分かっている……。
彼はきっと、この場に隙を作ってくれているのだ。これを逃してはいけない……。
♪異世界のヤツら、だいたいトモダチぃ~check it out!
だが、彼の謎の歌はそれで終わりだった。
ロキは檀上に上がり、私と、ギッシュマン王子のもう目の前まで来ている。
「あー、実は残念なことに、今日の主役はお前じゃあ無いんだわ。
オラ、どきな」
「な、なにをするんだキミは! ひぃぃぃ!?」
ロキは私達二人の間に割り入ると、向こうの王子を突き飛ばしてしまう。
そうして檀上には私とロキ、ケント大臣だけになる。
「一体これは何の冗談ですかな……?」
「さあ、みんな聞いてくれ。
もし結婚式に男が乱入して来たら、一体何の用だと思う?」
ロキは大臣を無視し、会場へ向けて質問を投げ掛けると、増音機を司会者に向けて投げ返した。
答えるのは、司会者の役目になった。
「それは……一人の女を取り合って、揉め事を起こす時、でしょうか……?」
「正解だ」
ぐわん。
世界がひっくり返った。
ロキが私に近付いたと思ったら、視界が突然天井を向いて、反射的に目を閉じた。すぐに開けると、目の前にロキの顔があったが、あまりにも近くて、視界がぼやけている。
……唇には生暖かい感触があり、息が止められている。
(うそ……キスされた……!!?)
私の身体は後ろへと押し倒され、くの字へと折り曲げられている。かろうじて地面に足を残せているのは、彼が右手を私の背に回して支えているからだ。そうして苦しい体勢のまま、鼻で必死に呼吸をした。
(なんて強引な……)
そう思った刹那、気付いた。なにか変だ。
私は彼の指の隙間から呼吸をしている……?
「「「ざわっ……!!」」」
会場が一気にどよめきに包まれる。
「な、な、なんと、突然現れた男によって、フェリシア様の唇が奪われてしまったああああああああーーーッ!?!?」
傍から見たら私は、劇的なキスをされているように映っているだろう。
だが違う……彼は私を右手で支えながら、自らの手の甲にキスをしているのだ……!
「姫さん、そのドレスで走れんのか?」
「……!」
私は首を小さく振るだけで伝える。
「めんどくせえから、斬るぞ」
「……!」
ロキは身動きが出来なかった私を解放すると、兵士の一人に近付いていき、全く無駄のない動きで相手の腰から剣を抜き放った。
そのまま私のもとへと戻ってくる。
「お、おい……何をしている!?」
誰かが叫んでいる。
だけど、私も、ロキも、相手にはしない。
「やめろっ!?!?」
ザッ!
ザザッ!
ズバッ……!
「ああッ! 無情にもフェリシア様のウェディングドレスがズタズタに切り裂かれてゆくッ!
その太くて眩しいおみ足がみ、見えっ……私は何も見ていなぁーーーーい!!」
私はロキのされるがままになることを受け入れていた。
随分と乱暴だったが、鬱陶しいパニエドレスは殆ど斬り落とされ、下半身には切り刻まれた残り生地と、もこもこのドロワーズパンツだけが残されている。私に羞恥心というものが欠けていて本当に良かった。
さあ、これで準備は整った。
私を縛るものは何もない。ついに、自由だ。
今度こそ、高らかに宣言しよう。
「わたくし、フェリシア=エン=ナスター=シフォーリア=チェスナットは……
こちらの旅の踊り子に、この場で心も、唇も、奪われてしまいました……!
よって、婚約を破棄させていただきますわ!!」
正面に手のひらを突き出して、魔法を発動する。
「フェリシア・フラッシュ!!」
「「「ぎゃああああああああああ」」」
「うおっ、まぶしっ!」
私はロキの前に躍り出たのに、何故か彼まで光魔法を喰らっていて、彼は持っていた剣もその場に落としていた。計算外だが、仕方がない……。
「すみません、ロキ、行きますよ!?」
「マジかよっ!?」
私は目を押さえている彼の手を引っ張って、走り出した!




