33 開演
王国歴428年 水形の月25つ
Felicia=en=knaster=sifolia
Third princess
チェスナット王国 謁見の間
チェスナットの王城は建物内に入ると正面に2階への階段が備え付けてあり、そのまま謁見の間へと続いている。謁見の間も100人は入れるかというような奥行きの長い空間になっており、その一番奥には国王の椅子と、今は亡き王妃の椅子が玉座と言わんばかりに置いてあって、そこに国王だけが座っている。
いつもは特に用もなくだだっ広い空間なのだが、今日はテーブルと椅子がずらりと並べられ、多くの貴族達が既に着席している。空いている場所には取り敢えずという風に兵士達が立って警備に当たっており、謁見の間は人々の熱気に溢れていた。
本日は水形の月25つ日、第三王女、フェリシアの結婚式である。
「新郎の入場ですッ!」
司会役の男が声を張り上げ、式は始まる。
司会者は魔法機構を備えた増音機を持っているので、会場には声がどこまでも届いていた。
入り口前に待機していた、帝国からの代表者たちと、新郎の第三王子が入場してくる。
「ただいま列を歩く先頭の男こそ、アヴァローン帝国からいらっしゃいました、ギッシュマン第三王子ですッ! 王国に聞こえる噂通りの……少々脂の乗った好青年のようですね。その太い腹は包容力の象徴であり、人となりが全身から現れているようですッ!」
(褒めてるようで褒めてないわね……)
あの逆三角のダルマ体形と私を比べて、果たして釣り合うと思っている人がいるのかどうか甚だ疑問なのだが……身分同士の結婚なんて、そんなものかもしれない。民衆の中では、あまり重要なことではないのかもしれない。
私が否定しない限り、運命が覆ることなど無い。
「続いて、新婦の入場ですッ!」
さあ、主役は私だ。
堂々と一歩を踏み出す。
「まさに、チェスナット王国の至宝ッ! フェリシア第三王女殿下ッ!
ああッ、美しいッ! 今ここにいる誰もがそう思ったことでしょう、あの堂々としたお姿ッ、整った顔立ちッ、金色に流れる髪ッ、下界の白衣装に身を包まれ、この世に舞い降りた女神であると私が説いたとして、誰が疑えるでしょうかッッ!?」
(あの司会者、少し褒めすぎじゃないかしら……?)
私の冷めた心とは裏腹に、ここにいる皆はどよめきを見せていた。その一人一人の顔を見ても驚嘆や羨望の顔をしており辟易してしまうものだが、その中に一人だけ違う表情を見せている人間を知っている。
彼女は言葉通り入り口に控えており、ただ目配せだけで私と会話をしてくる。
「……」
「……」
私は意志の最終確認をすると彼女の側を通り、中央に敷かれた絨毯を歩いて、やがて檀上に上がった。
そして嫌々ながらも、ギッシュマン第三王子の側で歩みを止めた。
「ふぇ、フェリシアたん……やっぱり滅茶苦茶可愛いですね……デュフ。
ぼ、僕のお嫁さんになってくれるなんて……すごく光栄です……デュフフ」
この王子は物腰こそ柔らかなのだが……
なんというか、顔から滲み出る汗が止められない人間なのだ……。
「ここで来賓の旅の踊り子による、祝福の舞をご覧いただきましょう。
踊り子さん、どうぞッ!」
「……」
司会者の男が招きを入れるも、会場に新しく入って来る顔はない。
「おや……来ませんね……何か手違いがあったでしょうか……?
式の途中ですが、しばし、お時間を頂きます……」
踊り子は来ない。
……予感はしていた。彼は直前で裏切って、やらないかもしれないと言っていたから。
でも今は、踊り子に感謝した。
彼の言葉が無ければ、ここまで覚悟を固めるまでには至らなかっただろうから。
「えー、では先に参列者の祝辞を紹介させていただきます……」
「フェリちゃんはこの日の為にダイエットをしていて、少々太り気味な彼の為にダイエットメニューを考案していたそうです。内助の功で彼に尽くし、良き妻でありたいと話していて、お姉ちゃん、羨ましくなっちゃった……だそうです」
「これはフェリシア様親衛隊会員番号17番の、過保護なお姉さん気取りの方からの祝辞ですね。
司会の私も、今日だけはフェリシア様のお姉さんになっている気持ちでいたいと思っています。しかしこんなことなら、この日の為に私も太っておけば良かったと、少々後悔しているところであります……!」
そこで参列者の人達から笑い声が起こる。
どう考えてもモリン姉のメッセージだったが、会場を盛り上げる司会者は色々と気の利く人物らしい。
「えー、次の祝辞を読み上げたいと思います」
「フェリシア様の心も身体も、もうすでに全部私のモノです!
絶対誰にも渡しません! 邪魔する人は全員馬車で轢いて殺しますっ!」
「これはフェリシア様親衛隊会員番号02番の、過激派クソレズさんからの祝辞ですね。
司会者の私も、ここまで言える度胸があれば姫様の御心を射止めていたかと思うと、少々後悔しているところであります。皆さまも身分違いと初めから諦めるのは、もったいないと思いますよ。まぁ、ここに来られている方はどちらかというと身分の違う側ですから、どうか相手を身分だけで判断しないであげてくださいねー?」
今度は貴族達を中心とした嗤い声が起こった。
(ディア、あなたって子は……!)
私は永遠の別れになるかもしれないからと思い、彼女と心を繋げたつもりだったが、思った以上に重い愛情を押し付けてしまっているようだった。弁明の機会が欲しかったが、それは彼女と一緒に脱出出来なければ叶うことは無いだろう。
大丈夫、緊張もしてない。
おまじないが効いている。私はやれる。
「はい……はい……。
どうやら手違いがあったようです。このまま演目を飛ばして進行することをご了承くださいッ!」
やはり来ないか。
彼に助けられはしたものの、どうやら口だけの男だったらしい。
私はもう彼を切り捨て、頭から雑念を追い払う。
「それでは、牧師役のケント様、お願いしますッ!」
「オホン。本日はお日柄も良くご来場されました皆様方におかれましては――……」
「大臣、長くなりますから、その辺は飛ばしてください。皆、待っていますから」
「そうですかな? 仕方ありませんな……」
「この婚約の儀が王国、帝国ともに末永く和平の礎となることを願いましょう。
ギッシュマン殿。あなたはフェリシア様と結婚し、妻としようとしています。この結婚を真摯に受け止め、夫としての務めを果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、時には助けて、その健やかなる時も、病める時も、いつ如何なる時でも、妻を愛することを誓いますかな?」
「ち、誓いますっ!」
「……」
「よろしい。
ではフェリシア様。あなたはギッシュマン殿と結婚し、夫としようとしています。この結婚を真摯に受け止め、妻としての務めを果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、時には助けて、その健やかなる時も、病める時も、いつ如何なる時でも、夫を愛することを誓いますかな?」
「……」
「フェリシア様?」
注目は、私に限りなく集まっていて、私の言葉を待っている。
このまま返事をしたら、後はもう誓いのキスをするだけになってしまうだろう。
だから、私は精一杯の勇気と、渾身の意志を奮って、高らかに宣言した。
「――わたくしは、」
「パンッ!パンパンパンパン、パンッ!」
突然、頭の上で手を叩きながら無礼にも入場してきた闖入者によって、私の誓いの言葉は、遮られてしまった……。




