32 それぞれの戦い
王国歴428年 水形の月25つ
キルトエンデは、街の中央にある魔法塔の上に居た。
「これで魔石を外せば……」
「……」
「あんまり騒ぎにならんのぅ……やはり王国は魔力検知出来る者すら失っておるようじゃの」
「わ、すごいね。僕は今の、分かったよ」
「姉に似ておぬしも魔法は得意そうじゃの?」
「まあね。キルトエンデさんには遠く及ばなそうだけどね」
塔のてっぺんから供給される魔力回路が物理的に切り離され、目には見えない天空の対空結界が無くなった。わしとカイは、再び塔の上に来ている。
「キルトエンデさん。そろそろ、教えてもらってもいいかい?」
「何の話じゃ?」
「この前、ロキとキルトエンデさんはこの国を出て行くって言ったよね?
だけどロキは王城に呼ばれて行っちゃうし、君は僕に頼んでまでこんな場所にもう一度来ていて、そして国の防衛機構まで無効化してしまった。悪事に加担しておいてなんだけど、こんなのバレたら僕も失脚じゃ済まないんだよ?」
「よく分かっておるではないかの? おぬしも立派な共犯者じゃ」
「そうだね。そこは僕の中で答えは出てる」
「けど、姉ちゃんはもう日が残っていないと悟ったのか、糸が切れたみたいになっちゃってる。これでも僕は家族想いだからね。何もしない訳にはいかないよ」
「おぬしの姉には済まないことをしたと思っておるよ……」
「それならなおさらだよ。もう姉ちゃんに何も返す時間が無いなら、僕が貸したものを取り立てる役目になってもいいと思わない? けどこれは、君が義理をないがしろにしない人間であることが前提なんだけどね……」
この弟は、自分に不義理のまま国を出て行くなと言っている。
あれこれ手伝ってもらっておいて、素知らぬ顔をするなと言っているのだ。
「ふむぅ……まぁいいわい。わしの負けじゃ。
姉を見捨てて、さらに共犯者の弟まで見捨てるほどわしも人情を捨ててはおらんつもりじゃ」
不本意ではあるが……教えることは絶対にダメという訳ではない。
なにより、自分が持っていて返せるモノなど、これぐらいしかない。
「わしは逃げられるが、おぬしはここから逃げられんわけじゃからの。
仕方あるまい。おぬしはとても利己的で、賢い人間のようじゃから……その言葉を信じてやろう。
ほれ、耳を貸せ」
「……」
「……」
「……ほんとに?」
「ああ。ただ、わしは遠くにおっても、大きい魔法を使ったのは分かるからの。
また追われ続ける生活も面倒だし、程ほどにおぬしが代わりに目立ってくれると助かるのじゃよ」
「そっか……ありがとう。共犯になったにしては、じゅうぶん過ぎる対価だよ」
若くて分別のある若者に、自分の真名に向けて放つ本当の魔法を教えた。
これからどうなるかは分からないが、人類が愚かではないことをただ祈るのみだ。
キルトエンデは400年ほど前に自分のやった所業を思い出しながら、塔の上で出番が来るまで、物思いに耽ることにした……。
ユーセル=トップライトは、入国審査の場に居た。
度重なる有給休暇のごとくズル休みを何度もしたせいでバーンヤード室長にはこってりと絞られ、式典に抜擢された話も立ち消えたのがバレたので、第三王女の結婚式の日だというのに私は窓口で人間を捌くことになってしまっていた。
今さっき、帝国の運転手がやって来て、王子を乗せた馬車を通したところだ。
「とうとうこの日が来てしまいました……」
街の人々は色めき立っていて、ここに詰める受付嬢や警備兵も浮かれているようだったが、私だけは肩を落としている。それもこれも、甚六のせいである。
この後、数時間もしないうちに式がメチャクチャになって、彼は私の頭上を飛び越えてどこかへ行ってしまうだろう。だがそれも仕事をしていれば見なくていいし、見られることもないから都合が良かった。
「ほんとうに、一夜の夢になってしまいました……」
私は夢を見た。そして今も、見せられている。
きっとこの先、彼のことを忘れられる日は永遠に来ないだろう。
そう、忘れられる訳がないのだから……。
フェリシア=エン=ナスター=シフォーリアは、純白の衣装に身を包んでいた。
舞台の主役に相応しい晴れ姿を使用人が整え、髪を梳かし、小さな球根花を挿して、王冠も頭に乗せていた。
そうして白き鎧を幾重にも被せられ、ほとんど身動きが出来ない状態へと仕立て上げられていく。この衣装は私を縛る、呪いのようなものだった。
(大丈夫……わたしはやれるわ……)
私は目を閉じて、精神を研ぎ澄ませてゆく……。
かろうじて準備出来たのは、ベースとなる身体をキツく締め上げるコルセットや、脛を覆うまでフィットした、かかとの低い紐付きロングブーツを履いて、脱出に備えることぐらいだった。
幸い、式の会場となる2回の謁見の間から正門の馬車までは階段込みで30メートル程しか無い。この距離ならドレスをなんとか引き摺ってでも、馬車に転がり込んで見せる。
「失礼します」
身支度を終えた私の部屋に、一人のメイドが訪ねて来た。
メイドは側まで寄ってきて、私に耳打ちする。
「用意出来ました。私は会場の入り口に立っております。もしこちらに合流出来無さそうでしたら、もう一度光魔法を。その時は私が影武者となって、外へ逃げ出します……」
「わかったわ……」
改めて、彼女の決意を知る。
私が合流にしくじれば、その道は永遠に別たれてしまう。もし私が脱出出来ても、彼女は囮という名の生け贄となってしまい、彼女の身は……。
「では、また」
「ええ……」
その先の考えを振り払う。彼女は身を挺して私を支えてくれているのだ。
その気持ちになんとか応えなければ……私も彼女も、未来は閉ざされてしまうのだから。
西ノ坊甚六は、来賓として招かれて、城門の前まで来ていた。
「久々の大舞台だぜ……堪んねえな……?」
先日主人に買ってもらった燕尾服に袖を通し、その服には似合わぬ運動靴を履いていた。これは踊り子として踊るのではなく、舞台で上映される即興劇を踊るために履いているだけである。
仕込みは万全だ。
とは言っても、オレは何も準備はしていない。
作ったビラも、脱出ルートも全部キルトのヤツに預けている。オレがそこまで導線を繋げなかったり、アイツがホラ吹きなら全てがパアだ。ここに来てオレが何の方策もなく、出たとこ勝負でここに立っていることなど、誰も夢には思わないだろう。
「流石に緊張するぜ。まぁプラクティスならともかく、パフォーマンスで失敗など、オレにあってはならないんだがよ。たとえそれが、ぶっつけ本番であったとしてもな?」
トントンッ……
オレは右手を握り締めると、自らの心臓を2回叩き、その手で正面を指差した。
「さあ、オレとセッションしようぜ?」
西ノ坊甚六は不敵に笑うと、出演者の待つ王城への門をくぐっていった……。




