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31 誰だって女の子にはプリンセスの日が来る


「すまん、ユーたん。ここじゃないんだわ。

 結婚式にお呼ばれされてるんだからな。ちゃんとしたのを売ってるトコはあるか?」


 下町にある服屋にやって来た私たちだったが、そこでお買い物デートの真意を聞かされ、今は大通りにある仕立て屋へと行き先を変更したところだった。



 確かに私の家には男物の礼服は残っていなかったので買う必要があるのは分かるが、その服の用途があくまで誘拐が目的なのだ。

 否が応でも彼が凶行に本気なのだと理解させられるばかりで、心が深く沈んでしまう。


 私はこれから彼が立ち去ってしまう手伝いをしなければならない……。


 その余りの報われなさに、私は彼女として服を選んであげる楽しみすらも忘れてしまっていた。そんな私の心境を知らぬがままの彼は対照的に、仕立て屋に着いてからも意気揚々としている。



「いらっしゃいませー!」

「お、可愛いネーチャンだな。オレに似合う服はあるか?」


「ありがとうございます!

 そうですねぇ……こちらはどうですか?」

「なんかゴテゴテしてんな……貴族の着てるのはやっぱこういうのがお約束か」


「もう少し平民向けのほうがいいですか?」

「ああ、いいや。ちゃんとしたヤツが良い。晴れ舞台用のだ。

 コイツをガッカリさせたくないんでな。あ、あと動きやすいのは絶対条件だぜ?」


「あら、それはおめでとうございます!

 うぅーん、そうですねぇー……?」



 女性の店員はウンウンと唸っていたが、私は気恥ずかしさから何も言えないでいた。彼女からは恋人同士に見えてるというのがやっぱり嬉しくて、だからこそ心の邪念が広がっていく。



「誰にでも可愛いって言ってるじゃないですか……甚くんは最低です……」


「お? ユーたん、そいつは()()()だぜ。

 それともナニか?」


 私の小さく呟いた愚痴を拾われてしまう。



「オレはスポンサーの意向は極力叶えることにしているぜ。だから追加料金が出るなら今後"可愛い"という言葉はお前だけに向けられることになる。

 良かったな、オレの"可愛い"ユーたん♡ つーわけで、一着頼むぜ!」


 甚六は私の返事も聞かず、そのまま店員とあれやこれやと相談しに戻って行ってしまった。



 これでは、私もお手上げだ。彼の恋愛テクニックの前では、どうやら私は可愛くなることしか許されていないようだった。


「うぅ……私はやがて捨てられる男に貢ぐ女ですよ……」


 彼が服を選び終える頃には、自己嫌悪も極まろうとしていた。



「フォーマルスーツでもあれば良かったんだが、どうやらこれしかないみたいだな」

「こちらのタキシードですね? こちらは貴族にお仕えする執事用の物ですから、品格もある素晴らしい商品になっておりますよ!」


「ま、しゃーねーか。ハサミはあるか?

 じゃあ借りるぜ」

「お客様!?」


 甚六は突然、タキシードの裾にハサミを入れ始めた。

 私は呆れ顔でそれを眺めつつも、フォローを入れる。


「ああ、大丈夫ですよ。ちゃんと買いますから。金貨2枚と銀貨40枚でしたよね?」


「ええ……お買い上げありがとうございます……」


 女性の店員さんは驚いたままその奇行を眺めていた。

 うんうん、私には分かりますよ、その気持ち。


 超の付く大金の買い物になったが、私にはそれすらも許せるところまで来てしまっている。



「これでスタイリッシュな燕尾服になったな。出来ればこのまま塩ビで擦りたい気分だぜ。つーか、無かったらオフトレも捗らねぇだろ。さすがに塩ビぐらいは……あるよな?」


 高級な執事服にハサミを入れてしまったが、甚六は満足そうにしている。



「あら……意外と似合うものですね!

 裾が尖ってるのも今度作ってみましょうか……」


「どうやらオレの魅力に気付いてしまったようだな? だがネーチャン、一足遅かったな。

 誰よりも早く気付いたのはコイツなんで、まぁネーチャンは53番目ぐらいの女にしておいてやるよ!」


 甚六の泣かせた女の数をこんなところで知るとは思わなかった。

 一回死んでほしい。


「ほら、勝手言ってないで、早く包んでもらってくださいね?」



「あ、あのぅー……」


 私は甚六を窘めたが、店員さんは何故かそわそわとし始めていた。



「そちらの彼女さんにも、試着をされては行かれませんか?

 この時期に買われるということは、フェリシア様のご結婚に合わせるんですよね?」


「おっ、気が利くな? それならネーチャンは12番目の女ぐらいにしておいてやるぜ。

 ユーたん、着て良いってよ」



 私は困惑する。

 試着って、もしかして、もしかしなくても……。



「じゃ、こちらへどうぞー。

 おひとりでは大変なので、私がお手伝いしますね!」


 私は言われるがままに更衣室へと引きずり込まれてしまう。



「ふんふん……158センチの……Aカップですね……

 もちろんありますよぅ? 取ってきますから、服は脱いでおいてくださいねー!」



 身体まで測られてしまった。もうお嫁に行くしかない……。

 店員さんは真っ白なドレスを持ってきた。



「さあ、お着替えです! さあさあ、彼氏に良いとこ見せましょー!」


「わっ、わっ、わかりました……!」


 私にもようやくスイッチが入る。こんな機会、二度とないだろう。

 甚六の前でひときわ可愛くなってみせようと、そう思ったのだ。




 ドレスはやはり着たことが無かったので、着るのは店員さんに任せっきりになっていた。大胆にも肩を露出し、胸から下を支えるように白装束のレースに包まれる。試着用なので、足の丈はくるぶしまでの長さしかない。



「わぁー……綺麗になりましたね!」

「そ、そうですか……?」


 鏡の前には店員さんと、反射した私が映っている。


 このきめ細やかな純白の衣装に身を包み、頬を薄く染めている女の子が私……。まるで夢でも見ているようで……感無量だった。


 覚束ない足取りで、甚六の前に姿を現す。



「甚くん……どうですか?」


「うーん……馬子にも衣裳だな。師匠の爆笑だった二次元結婚式を思い出すぜ。

 ま、これはこれでアリかもな。ユーたん、可愛いぜ。胸は無いが、張っても良いんじゃねえの?」



 ウエディングドレスまで着せておいて、なんてヒドイ言い草なんだろう。

 でもこれが、私の惚れた男なのだ。



「ふふ、どうやら私の魅力に気付いたようですね……? だけど甚くん、笑うのはヒドイですよ!

 ですが、機嫌が良いので許します。私を1番目の女にしたことだけは褒めてあげますからね?」



 私がそう言うと、甚六は両の手を私に向けて()()()()()()()()、その片手を返して作った窓から、ウインクをして私を覗いてくる……。



「ここに、写真はあんのか?」

「写真、ですか? 帝国の風景を切り取る機械のことですよね?」


「オオ、そいつは朗報だが同時に悲報でもあるぜ……。

 ユーたんの今日の姿は、オレの瞳にだけしか焼き付けられねぇじゃねえか……」


 そう言って、甚六は私に片目だけの熱い眼差しを送ってくる……。きっとこの姿も、見ている風景も、私の心さえも、その窓枠一つで切り取っていくのだろう。



 私は穏やかな微笑みへと変わっていく。決して作り笑顔ではない、あるがままの私がそこには居たのだった……。




「お二人は、本当に愛し合っているんですね。

 ちょっと羨ましいです! それで、ついでに買って行かれませんかぁ?」



 店員さんが茶々を入れるように営業をかけてきて。


 それで、夢のような時間は突如終わりを告げた。




「ユーセル、()()()()()()()()?」


「えっ……?」



「これがオレに出来る、お前への最後のサービスだ。

 これ以上、望むモノはあるか?」



「……」



 言葉が出なかった。


 ……甚六は私に、恋人の夢を見させてくれたのだ。


 あの夜、私は甚六に身体を許すつもりだったけど、彼は私に、ただ期待しろと言ったんだ。期待とは、夢を見ろってことだ。


 彼は花嫁姿にさせて、こんな夢まで見させて、そしてこのまま、私のもとから居なくなってしまうつもりなのだ……。



「そんな……」


「最後に一つくらいは、まだ叶えてやってもいいぜ?」



「……」


「店員さん……これはすごく気に入りましたけど、やっぱり買うことは出来ないです……。

 すみません、脱ぐの、手伝ってもらえますか……?」


「あっ、そうですかぁ……

 ではこちらへどうぞー……?」



 私は店員さんとともに更衣室に逃げることしか出来なかった。



「ありゃりゃ……

 もしかして私、何かやっちゃいました~?」

「あ、いえ……そうではないので大丈夫です……」


 店員さんは何も悪くない。悪いのは甚六だ。


 このままウェディングドレスを買って帰ったら、数日後にはタンスの中に後生大事にしまうことになってしまうだろう。そうなれば思い出に縛られて、私は永遠に結婚することが出来なくなってしまうだろう。もう彼の前以外で着られないのに、その彼は永遠に居なくなってしまうのだから。



「帰りましょうか、()()……」

「ああ。式までもうすぐだな」



 彼の言葉に心をズタズタに引き裂かれた私は、もう一言も喋ることは無かった……。


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異世界エクストリームエアセッション!

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