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30 ドリームパスポート


王国歴428年 水形の月22つ

Yousel=toplight

Immigration officer

チェスナット王国 入国審査室


「次の方、どうぞー」



 旅の商人が私の窓口へとやってくる。


「はい出してくださいー」


ダンッ


「はい行ってらっしゃいー」

「あ、ありがとう……?」


 商人は目を丸くしながら出て行く。




「はい次ー」


 野営地で炊き出しをやっているおばさんだ。


「あら、ユーちゃんどうしたのぉ?」

「はい出してくださいー」


 私は手を前に出して書類を求めると、心配性のおばさんは手を握り返してきた。


「なにかつらいことあったの? 大丈夫?」


ぺたんっ


 そのままスタンプを押した。

「はい大丈夫ですよー」


「あらやだ。おばさんの手が!」

「はい通っていいですよー」


「ユーちゃん、これすぐ落ちるやつなのぉ?」

「はい落ちませんよー」


「……」




 私は今、甚六のことばかり考えていた。


 彼が私の心に住み着いてから一週間も経っていなかったが、それを時間と共に実感する暇もないまま、もう別れの時が迫ってきていた。


 彼は一度決めたら一直線であり、何が何でもやるという意思の強さを見せる人で、そこがすごくカッコイイのだが……事ここにきてはそれが何とも憎らしく感じてしまう。



「はあ……」



 彼は本当にフェリシア様の誘拐をやってのけるだろう。根拠は無い。けれど兵士や人が王城に集まって蟻の子一匹逃さないような場所でも、彼なら簡単に姫を盗んでしまうという予感がするのだ。


 キルトエンデさんも幼女の皮を被った、すごい魔法使いだった。飛行魔法なんて、おとぎ話の中だけの作り話だと思っていた。話し方も変だし、いつか人柄を聞くこともあるだろうと思っていた。



「甚くんのバカ……」



 だが悲しいことに、その誘拐劇に私の出番は無い。この国に弓引かんとしている彼らに私が手伝えることは何もないし、もし関われば身を滅ぼして、裏切りの悪名を背負った家族は簡単に破滅するだろう。

 いや、大きくなったあの弟ならなんとかしそうな気もするが……。



 とにかく……私一人が舞台に上がれないことが、とても悔しかった。


「私が()()()()だったら、良かったのに……」


 仕事も投げやりで気もそぞろに呟いていると、呼び鈴を鳴らしていないのに、誰かが入って来た。





「ご機嫌麗しゅう、オレの可愛いお姫様(マイリドゥルスタァ)?」


「甚くん!?」



 私は、かなり意表を突かれた。

 呼んでもないのに、彼は現れた。


 いや、今こそ、すごく会いたかったのかもしれないが……。



「えっと、何ですか? マイリデュ……スタアって」


「フゥ……いくら寂しいからって、こんなところでオレを呼んでるなんて、ユーたんも一途なヤツだな?」



 一途だって。どうしよう。

 甚六の異世界語なんてどうでも良くなってしまう。



「仕事中までオレのことを考えているとはな。やっぱりユーたんは最高に可愛いヤツだぜ。オレだって男さ。ユーたんがあんまりにも可愛いから、仕方ねぇよな。ほら、オレが話を聞いてやるぜ?」



 可愛い。かわいいだって。どうしよう。


 キュウウン、と胸が鳴っている音は幻聴かもしれない。けど、全身のありとあらゆる穴が喜びを表現しようとしてくる。耐えろ、わたし。彼の前でみっともない姿を見せたくない……。

 私は理性を総動員して立ち向かう。



「そうですね……甚くん、昨日は帰ってこないと思っていましたが、いつの間に国外へ出てたんですか?」


「2日前だ。パーティの仕込みがあってな。そこにオレの全てを置いてきた。

 探せ、一繋ぎの財宝をってか?」


「全然わかんないですよー?」

「ハハッ、そうだな、気にすんな!」



 いま私、変じゃなかっただろうか?

 精一杯の笑顔がだんだんと張り付いてきて、汗がにじんできてしまう……。



「それよりオレはよ。ユーたんにお願いがあるんだが」


「またお金使っちゃったんですか?」

「いいや、これから使うんだよ」


 彼は一呼吸置いた。





「ユーたん、これからオレとデートしねえ? 服買いに行こうぜ」





(好き。好き。好き。好き。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すき。すきっ。すきっ。すきっ、すきッ、すきッ……!)



 私の中で何かが爆発した。熱いッ……。


 全身のありとあらゆる穴の奔流が始まった。いやしかし、顔から込み上げて来た涙や鼻水は火を噴く顔の温度だけで蒸発させることに成功した。私は今、茹でダコのように真っ赤だろうが、それでもここは踏みとどまらなければならない!



「ハイ、イイデスヨー」


(ああ、なにやってるの、ユーセルのバカ!)



 デートの招待状を上手く受け取るのに失敗してしまい、叱責している間抜けな私だったが、彼は気には留めないで返事をくれる。



「おっしゃ!

 じゃあ今から行こうぜ。もう仕事は上がれるんだろ?」



 こんなことはひと昔前では考えられなかったが、もう頭がお花畑になっていることを諦めつつあり、私は受け入れることにした。



(審査部のみんな、ごめんなさい。この前休んだから、私は振り替えで当番日なんです……。でも、良いですよね?)


「ええ、大丈夫ですよー。

 甚くん、ちょっと一緒に来てください!」


Wow(ワオ)!」



 私は仕事場の席を立つと職場を放棄して、()()()()()()()()()、対面にある同僚の窓口へと向かう。



「あの、すみません!」

「ユーちゃん……?」

「今からちょっと、この人と街に行ってくるので、後のことを頼んでいいですか?」



コクコクコクコク……!



 同僚の了承は即座に得られた。



「それじゃ、後はお願いしますっ!」



 私はとびっきりの笑顔を振りまいて、仕事場を後にした。

 後で室長に何を言われるか恐ろしかったが、男を連れて仕事を投げ出した私を揶揄するように、立ち去った後ろではキャーキャーと受付嬢たちが色めき合っていた……。


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異世界エクストリームエアセッション!

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