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03 攻撃力極振りは結局打たれ弱いですよね

 

 列に並んでいた男の一人が、周囲から浮いていた。


 その男は精悍な顔付きをしており、そこそこの髭も生えている。見たところ25歳ぐらいで、必要以上に厚着をしており、背中には商人鞄とは違うグレーの大きな鞄を背負っていて、まるで寒い地域から旅をしてきた旅人というような風貌だ。


 その鞄には2本の木の板だとか、他にもよく分からないものがゴチャゴチャと取り付けられているようで、私にはその用途がまるで想像することが出来なかった。

 だから一目でこの辺りの人間では無い、これはたまに来る厄介な入国希望者だと分かったのです。


 そして不幸にも、私の窓口にやって来るのでした。



「国民証か、入国許可証を提示してください」

「おわ、マジか。やっぱそーゆートコだよな……

 ん、なんで日本語なんだ?」


 私は首をひねる。今なんと言ったんだろう。

 もう一度聞く。


「パスポートはございませんか?」

「マジでどうなってんだ? パキスタンなのに日本語……こりゃアレだ。

 プレーンのオムライスを頼んだのに中身がケチャップオムライスだったときの気分だぜ」


「あの……?」

「いやまて、パキスタンの日本大使館とかそーゆーんじゃねえか?

 日本も世界に進出しすぎだろって最近思うしな。ケチャップオムライスにも旗、立ってたし」



 聞き慣れない単語が次々と出てくるが、男は()()()を使っているのだけは確かのようだ。

(にほん……ぱきすたん?)

私は情報だけ拾い集めて、何を言おうとしているかだけ理解しようと努力する。



「あ、電話はあるか? ちょっと貸してくれ。

 スキーの保険が効くかどうか聞かないとな。日本に帰るのはそれからだぜ」


 男は親指と小指を立ててふるふると振っているが、"でんわ"とやらも"すきぃ"とやらも聞いたことがない。



「でんわ……いったい何ですか?」


「アーユーキディン? だがよ、パスポートもねえし、どうすりゃいいんだよ」



 男は相変わらず聞いたことのない言葉を次々と使うが、パスポートが無いって所は今、確かに聞こえた。私は機械的に案内するしかない。


「……パスポートが無ければ、我がチェスナット王国に入国することは出来ません。こちらからお帰り願います」



 私がそう言うと、男は何度か首を捻り、次に何を言い出すかと身構えたが、普通の答えが返ってきた。


「オーケー。わかった、そうしよう」


 男は短く言うと、そのまま素直に審査室を出ていく。


 素直に引き下がってくれたことに私はホッと胸をなで下ろす。ああいう手合いはひと月に一人か二人、たまにやってくる。ナンパ目的で受付嬢相手に対面で粘る、しつこい奴に比べれば大した相手ではなかった。


 私は業務に戻る。


「次の方、どうぞ」





 ……それからしばらくして、居なくなったと思った先ほどの男が、こちらを観察していることに気付いた。



 男は入国をまだ諦めてはないぞ、と主張するかのように腕を組んで、遠くからこちらの様子を窺っていたようだ。非常にやりにくい。

 だけど私の視線に気づいたのか、監視を止めて帰っていくようだ。



(いやまって。列に並んでいる人に何やら話しかけている……)


 今度は何だろう。私は少し考えたが、大方、誰かの付添人で通ろうとか言う魂胆なのだろうと考えた。これはパスポートを持たない人間にはよくある手口で、素性の怪しい人間の常套手段なので、受付嬢は皆知っている。


(私の平穏な生活のため、絶対に通すわけにはいかない……)


 出来れば他の窓口に挑戦して欲しかったけど、その祈りもむなしく、男はまた私の所に来るようだ。

 私は気を引き締めて男を迎える。



「次の方、どうぞ」


 男は一人でやって来た。予想は外れたけど、油断は出来ない。


「パスポートの提示をお願いします」

 男は手に持っていた物を机に出してくる。


 パスポートじゃない、何やら安っぽい紙だ。


 そこには手書きの文字で”入国許可証”と書かれていて、ご丁寧にスタンプを押せるように枠線まで引いてある。実に手作り感が満載で、たった今、紙とペンを借りてきて書きました、というところを少しも隠す気は無いらしかった。


 私もこの入国審査をやって2年が経つけど、ここまで酷い偽造パスポートは見たことがなかった。


「クスッ……」


 堪えきれず笑いをこぼしてしまう。


 すると男は机と衝立のわずかなスペースに両肘をつき、指を組んで台を作る。

 そこにアゴを乗せ、こちらを見上げてくる。



「さあ、頼むぜ」


「すみません、この書類では入国は許可出来ませんよ。出直してくださいね?」

「いいや、これで入国出来るハズだ。見たところ、スタンプを押してるだけっぽいしな。あとはお前が押すだけだぜ?」


 やはりバカのようだった。こんなもので通せる訳がない。


「残念ですが、こんなおもちゃの紙で通す訳がないでしょう?

 諦めないと憲兵を呼びますからね?」


 私はそう告げるが、男は微動だにせず何故か自信に満ち溢れた顔をしていて、何度も目配せをしてくる。



「あの……聞いていましたか?」


 何も言うことなくこちらの目を見つめてくる……。 


(何だろう、これはどこかで……)


 男の瞳に吸い寄せられて逃げられないでいると、私は突然雷に打たれたように気が付く。



(これはまさか、()()()()()!?)



 わたしが鏡の前で何度も練習して見てきた完璧な角度だ。上目遣いも良い。真正面から男の顔を改めて見ると、なるほどの良い顔付きをしていて、思わず吸い込まれそうになる。堂に入った、立派なお願いの構えだ。



(こんなに背丈もある男が、わたしの得意な必殺技(あご下グー)の使い手だったとは!)



 心臓が高鳴るのを抑え込んで、私は心を静める。職務を全うしなければ。


「ば、馬鹿にしないで下さい……この紙切れではにゅ、入国出来ませんよ!」


 少し上擦りながらもかろうじて声を出す。すると男は組んだ指だけを解いて、両手の人差し指で机の紙を指す。


 お願いのドヤ顔は固定されたままである。


「くぅ……っ!」


 顔から火が噴き出す。なんて破壊力だ。

 私は真の意味で、自分の必殺技の威力を理解していなかったのだ。散々使い古してきた攻撃だったけど、立場が逆転した今となってはその威力に目まいを覚える。



 しかし今までのはただのジャブ!

 本命のストレートはこの後に飛んできた!



 男は私の胸に付けてある名刺をそのまま読み上げる。


「ユー=トップライト……」


 少しの間が置かれる。



「ユーたんっ、お願いっ♡♡♡」



 私の中で何かが崩壊した。なんだろう? 胸が苦しい……。

 熱いものが身体の内で暴れ回り、感情が爆発を続ける。


 この男は、この紙切れに私がスタンプを押しさえすれば、ここを通れると本気で思っているのだ。


 なんてバカなんだろう。

 だけど、同じ手で今までに落とした男達が走馬灯のように浮かび上がり、私はこの男を否定できなくなってしまっていた。今まで私はこんな恐ろしい武器を振り回していたのかと寒気すら覚え、同時にこの男に対して、よくわからない感情で支配されてしまっていた……。




 気が付くと、私はスタンプを押していた。


(……しまった!)

 すぐに過ちに気付く。大失態だ。

 けど、まだ、間に合う。


 書類を返すことなく、私は代わりに警報ベルに手を掛ける……が、すぐには押さず、声を掛けた。


「いいでしょう……私の負けです。負けを認めますが……私も守るべきものがあるので、ここは通せません。査問官には、私から情けをかけるように言っておきましょう……ではさようなら」


ガシャン!


 二人を隔てていた透明の板の中に鉄のシャッターが下りて、完全にお互いが見えなくなった。と、同時に入国審査室の入り口と出口も同様に閉まる。緊急時に備えてある、暴漢や不審者を捕らえるための小さな牢獄だ。警備兵が慌てて駆けつけにやってくる。



 もう向こう側を見ることは叶わないが、声だけは聞こえてきた。


「うおっ、何だお前ら?」

「大人しくしろ!」

「連行するぞ、手伝え!」

「やべっ、もうダメか?」

「先輩、こいつ重いです!」

「背中の荷物を押収しろ!」

「オイ、やめろって! 自分で歩くからさ、な、ほら。ついていくから。な?」

「早く来い!」


「それじゃ、ユーたん、また会おうぜ! アイルビーバー……」

「さっさと歩け!!」



 ……嵐が通り過ぎた。

 やがて静かになり、警報が鳴りやむと他の受付が業務を再開して、私だけがどっと疲れを感じていた。


(一体何者だったんだろう。……アイルビーバー?)


 男は公用語を話してはいたが、聞いたことのない単語も沢山混じっていた。

 チェスナット王国の流れを汲んだ遠方の国から来たのだろうか?



 その後再開した入国審査にトラブルは無かったが、私は心ここにあらずで、さっきの男のことばかり考えていた……。


※不法入国に偽造パスポートや楽器ケースを使うのはやめましょう。


次回、ユーたんの奴隷魔法と甚六のリベンジマッチ。2回戦です。

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異世界エクストリームエアセッション!

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