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29 紫宸殿


王国歴428年 水形の月21つ

Felicia=en=knaster=sifolia

Third princess

チェスナット王国 フェリシアの自室


 チェスナット王国の最奥に位置する王族のプライベートルーム。誰もが寝静まり王宮での日付も変わったという頃だが、三人の兄妹にそれぞれ与えられていたその自室の一つでは、第三王女とそのお付きのメイドの二人が、息を重ねて夜の調べを奏であっていた。



「……っ、」



 大きな天幕付きベッドの上には薄い寝間着姿の二人が寝そべっており、時折衣擦れの音がしている。自室への扉には鍵を掛けており、もし誰かが気まぐれに夜の見回りをしていても、邪魔が出来る者はこの王宮内には一人としていない。彼女達は、二人きりだった。



「すぅぅ――」



 私は鼻から息を吸い込んだ。私自身の匂いと、彼女の匂いとが混ざり合って、なんとも言えない芳醇な香りがする。眼前には彼女の喉元があって、見上げればその妖しげな小顔が、見下ろせば横向きにだらしなく垂れた大きな双丘がぶら下がっている。私達はベッドの上で並んで、横になっていた。



「ふぅ……」



 私は息を吐いて、鼻を擦りつけた。先ほどから意味も無く、彼女の首回りに犬がマーキングをするかのように、肌を擦り合わせている。



「……んっ……」



 ディアとの付き合いは15歳の頃からなのでもう4年目に入ろうというところだったが、これまでは普通に姫と従者の関係だった。何かが劇的に変わったのかと言えば、多分、踊り子の存在を知って、その夜に彼女とお風呂に入った時からだろう。

 結婚式が間近に迫り、彼女と今生の別れが来るのだということを自覚するにつれ、私達の関係は一気に近付いた。


 きっと彼女も、同じ気持ちを抱いているだろう。でなければ、こんな生産性の無いことに付き合ってくれる筈が無いのだから。



「……はぁっ、んっ……!」

「ひめ、さま……っ♡」



 彼女の顔は上気し、頬には朱色が差して息も上がり、すっかり出来上がっていた。


 このまま熟した果実を召し上がるのはやぶさかではないものの、それと同時に、本当にこんなことをしていいのかという気持ちが私の中でどんどんと膨らんでゆく。彼女との別れをゆっくりと惜しむのも確かに大事なことだったが、それ以上に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。



「……いつもの御者さんは、抱き込んだわ、ディア。

 当日は正門の辺りまでなら馬車を寄せてくれることになったわ……」

「ひゃ……?」



 私の言葉に彼女はしばらく惚けていたが……

 やがて夢の世界から帰ってきた。



「あ、ええと、私のほうは……。

 お役所の奴隷登録は更新されていませんでした。姫様の仕事はちゃんと出来ていたようです。それで……もう一度彼女たちの家に行って参りました」

「首尾はどうだったの?」


「はい……主人は不在でしたが、代わりにロキと、もう一人子供の奴隷がいました。名前はキルトエンデです。二人ともよく主人に懐いているようで、それなりの信頼関係を築いているように感じました……」


「真名を預けてはいるけれど、奴隷ではないと言うのはそれが理由のようね……分かったわ」


「はい。それで計画なのですが……こちらも快諾頂きました。私達が招待状を出すことで、彼は式で踊ってくれるようです。後は、私たち次第になりました……」



 それを聞いて少しだけホッとした。彼がここにきて梯子を外すとは考えにくいが、それでも私達はやらねばならない。なんとか脱出に向けての最低限の足掛かりは出来たようだ。



 「なら、やるわよ。式の途中で私に注目を集めて、思いっきり光魔法を放ってやるわ。上手くいけば、そのまま正門までたどり着ける」

「もし合流出来なかったら……?」


「迂回させられてしまったら、2階のテラスから降りて、右脇の崩れた城壁から飛び降りて城下に逃げるわ。もしそうなったら、ディアも馬車を街に走らせて。私は屋根伝いに逃げる。大通りに近付くチャンスは、あって一度きりだと思うから、私が馬車に乗り込めるかどうかは結局、あなたの腕前に賭けることになるわ……」


――……


「……っ!」


 私は彼女を抱き寄せた。心臓の音が聞きたかった。



「こんなことになってしまって本当にごめんなさい。でも、私にはあなただけが頼りよ、ディア。私の弱い心を、どうか受け止めて……」



 懸念すべきことはまだたくさんあった。けど、もう考えるのをやめた。

 私は言葉通り、自分の運命も、弱さも、身体もすべて彼女に預けることにしたのだった……。










 夜が明けて朝になる。



ドンドンドンドン!


 フェリシアの自室の扉がけたたましく叩かれ、その大きな音で目が覚めた。私達は二つに折り重なっていたため、ディアの重たい胸を跳ね除けて身体を起こし、扉の様子を窺う。



「開けろ! チェスナット親衛隊だ!」


ドンドンドンドンッ!


 どこかの市警が突入してくると言わんばかりの剣幕で、扉が破られようとしていた。私は慌てて返事をした。


「すみません、ちょっと待っていてください!!」


 私は扉に近付いて、もう一度外に呼び掛ける。



「すみません、今はちょっと男性の方にはお見せ出来ない姿ですので……!」


「おや、起きていらっしゃいましたか、フェリシア様?」

「ケント大臣!?」


 扉越しに聞こえて来たのはハゲ大臣の声だった。

 予想だにしてなかった珍客に、私は不吉な予感を感じた。


「儂としたことが、少し来るのが早う御座いましたな。

 いや、今はもう9時ですぞ。早いということはないですな……?」

「急いで着替えて参ります!」


 私は話をそそくさと切り上げる。大臣が朝から起こしに来るなんてただ事ではない。


 まぁそれよりも、部屋の惨状をなんとかしなければならないのだが!



「ディア、起きて、起きてください!」

「ふえ……?」


 ディアはだらしなさそうに涎を垂らしていた。こんなに寝起きが悪いとは思わなかったが、寝る子は育つということか? いや、そんなことはどうでもいいのだ!


 私が一人でノリツッコミをやっていても、汗まみれになったベッドは決して綺麗になったりはしない。



 昨日は遅くまで二人で、力尽きるまで遊んでいた。これではまるで、モリン姉みたいではないか。私は自分の行いを恥じつつも、毛布の隠蔽工作を謀る。2枚目までのシーツを剥がしベッドの下に押し込むと、そこでそういえばモリン姉は起きてくるといつも匂いがキツかったことをふと思い出す。


(鼻が麻痺して分からないけど、まさか部屋に充満している……?)


 私は寝間着(ネグリジェ)姿のまま窓を開け放ち、澱んだ空気を逃がし始める。



「あ、ひめさま……ゆうべはおたの、」

「ッ全部言わなくていいから! 早く支度してください!!」


「ふぁ~~~~~い……」



 それからディアと一緒に汚れた寝間着を片付けて、身なりを整えて、匂いも十分逃がしたと判断して扉を開けるまでには、一時間あまりの時間をかけることになってしまった……。






「まったく、女性の身支度は時間がかかっていけませんな。

 まあ、これも嫁ぎに行くから仕方の無いことではありますがね」


「ええ、お待たせしてすみません……」


 私は間に合わせで大臣の前へと姿を現した。ディアも今はキッチリとメイド服に着替え込んで、一部の隙も無くなっている。


「もう結婚式までは4日しかありませんからな。しっかりしていただきましょう」

「ええ……」


 扉の前で長時間を苦も無く待っている大臣の忠誠心は見上げたものだが、こんなお小言を言うためではないのは分かっている。すぐに本題を投げかけられた。



「それで今日ここに来たのはですな。新たに親衛隊を配置しに来たのですぞ。

 あちらの王子が来られるまでに姫様の身に大事あっては困りますからな。8名ほどの兵士をつけて、交代で警備をさせようと思いましてな」


「ええ……? わたくしのためにそこまでしなくても……」


「いえ、これは王の勅令でもあるのです。大事な時期にふらふらと城下に遊びに行ってしまう姫様には、聞き入れてもらいますぞ?」


 なんてことだ。お忍びはバレているかもしれないとは思っていたが、どうやら話は国王にまで届いているらしかった。



「城の兵士たちにも、しっかりフェリシア様を守るよう言いつけておきましたからな。これで式まで姫様も心が休まろうというものですな、ほっほ」


(つまり、監視をつけるということね……) 



 この分では、当日も物凄い警備体制になるのではという気がしてきた。最悪、馬車まで抑えられないことを祈るしかない。わざわざここまで来て、国王と大臣は私を再び籠の鳥だと自覚させに来たのだ……。



「そうですか……分かりましたわ。兵士の方はこちらに来ていただいて?

 ディア、あなたには暇を言い渡しますわ。今まで、ありがとうございました」


「えぇ……!?」


 私は彼女を突き放す。もう、一緒には居られない……。



「行きなさい……!」


「……」


「……っ!」



 私達は最後に、目だけで会話をした。

 別れはつらいが、彼女に全てを賭けたのだから。



「分かりました……それでは私は、これで失礼します。

 一度実家に帰って、そこでゆっくりしたいと思います……」


 ディアは軽く頭を下げて、静かに出て行った。後はもう彼女を信じるしか無い。



 それから結婚式の当日まで私は、ずっと監視の目がある、軟禁生活を強いられることになったのだった……。


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