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23 ほんとうのきもち 後編



 「フゥー……どーっすっかね」



 弟クンの部屋から出ると、居間には誰も居なかった。

 ユーたんも自室に引っ込んだのだろう。しかし、このままにしておくのはマズイ。ユーたんはガチで惚れてる可能性がある。


 まず、前提としてオレは身を固めるつもりはない。


 日本に居た頃はオフシーズンに何度か女は作ったが、冬になると大抵連絡がつかなくなって、それで終わりだ。鬱陶しくて電源を切っていたスマホをひさびさに起動したら、大量の不在通知とグループチャットのカンスト通知がいつもの光景だった。

 女はいつもヤンデレになるが、何故か雪山には付いてこない不思議な生き物だ。


コンコンッ


 オレはユーたんの寝室の扉をノックする。

 これはもう、さっさと諦めさせたほうが良い。ユーたんは一度、お金で物事を解決しようとした人間だ。しかも、奴隷魔法なんてモノまであるから、ユーたんの決心さえ付いてしまったら、オレは抵抗出来ないのかもしれないのだ。

 女に組み敷かれるなんて、一生の恥だ。オレの生き様が許していない。


コンコンッ


 だから今からこの部屋に入って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 多少乱暴に扱って、もし助けを呼ばれてもそれは激しいプレイをしてると思われるだけで、家族達は気を利かせてくれるだろう。オレはユーたんを傷付けるつもりだった。そうすれば二度と、オレに心を許しはしなくなるだろうから。



ガチャガチャ!


「……」


 ドアノブを回してみたが、鍵が掛かっていた。

 しばらく待ってみても……反応がない。


「出てこないな……流石に寝たか。今日はお開きだな」


 別に今日やらなきゃいけない訳じゃない。モチロン早いうちが良いのだが、こーゆー胸クソ悪くなることは先延ばしにしたいという気持ちも当然ある。




 だからオレは諦めて、家の外に出た。


 この世界の気候は体感だが、6月辺りの陽気だ。夜は少々肌寒いが、風も無いから毛布があれば十分事足りる。

 オレは玄関前の2段になっている段差に腰かけ、肩から毛布を羽織り、懐からニコちゃんマークの携帯灰皿を取り出した。



「なあ師匠。どう思う?」

「……」


 黄色い顔をした笑顔の師匠は何も答えない……。


 これは師匠の形見だ。スキーの師匠でもあり、ブレイクダンスの師匠でもある。オレはジャンプ寄りの競技スキーの道を進んだが、師匠はバックカントリーの道を行く人だった。


 バックカントリーとは、スキー場よりも更に上の深層の幽山に登って、極上のパウダーを喰らい尽くす遊びのことだ。苦労して登れば登るほど、自然の羽毛布団(パウダー)を長く堪能出来る。スノーヤーにとっては誰もが天にも昇るような喜びを体験出来る、快楽を追求したかのような遊び方なのである。


 セックスしてないヤツは人生半分損してる、なんて言うヤツがいるが、オレから言わせれば()()()()()()()()()()()()()()()と言っていい。女が要らない分、安上がりだし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ブレイクダンスが出来るのになぜか"非モテ"だった師匠が、バッカンに嵌っていったのも理解出来る。



 だがある日、アラスカ山脈に行ったのを最後に師匠は消息を絶った。

 バックカントリー界では雪崩事故は特に珍しいことではなく、不幸のクジを師匠は引いたのだ。


 自然の猛威から帰ってきたのはこの笑顔のポーチだけであり、それは今オレの手もとにある。皮肉な話だが、オレも雪崩に巻き込まれて消息を絶って、今はこんなところに来ているのだが。




「元の世界で、オレの名が伝説になってれば良いんだが……

 そうすりゃ心残りも無いのによ、どうだと思う、師匠はよ……?」



「はぁ……私にフラれたからって、こんなところで物に話し掛けてるなんて、甚六も落ちぶれましたね?」



 オレは後ろから話し掛けられて、かなり意表を突かれた。



「しかも自分の名が伝説になってるかですって? やっぱり甚六は頭も可哀想な人だったんですね~。外に出てまで物に話し掛けてる姿が余りにも可哀想だから、仕方がありませんね~。優しい私が、隣で話を聞いてあげますよ?」


「ユーたん……」


 ユーたんは俺にたっぷりと嫌味を込めて投げつけ、オレの左隣に座る。




「それ、なんですか?」


「あぁ……これはただの携帯灰皿だよ……」

「え、甚六は煙草吸うんですか?」


俺は首を横に振る。


「いや、これはただの話し相手だぜ。まぁ、今はちょっと吸いたい気分になってるがよ……」



「……」

「……」



「……あんまり落ち込まないでください。さっきは急で驚いてしまいましたけど、甚くんが急だからいけないんですよ? 私にも心の準備ってものがあります。今は、その、()()()()()()()()()()……」


 そう言って、ユーたんはオレの左肩に頭を預ける。

 ……これはマズイ。()()()()かもしれない。



 もしかしたらこれがギリギリの踏み込みで、彼女なりの仕返しである可能性は捨てきれなかったが、このまま左手で肩を寄せたら、完全にオレの女になってしまう境界線まで来てしまっている。


 だから俺は、白旗を上げることにした。



「……悪い、ユーたん。さっきドアをノックしただろ?

 あの時扉が開いたら、オレはお前を部屋の奥まで追い込んで、無茶苦茶にするつもりだった。お前のことを、愛せるとは思わなかったからよ……」


「ええぇ……

 扉のすぐ向こうで、私にそんな危険が迫っているとは知りませんでした……ドン引きです……」

「オレは最低の男だから、こーゆーのは、やめてくれ……」


 やり方は変わってしまったが罪を曝け出すことで、はっきりと彼女を拒絶した。

 


「甚くんは最低です……私のなけなしの勇気を踏みにじりました……」


「……」


「ショックです……これが私にとって最後の時間だったのに……」



「……?」


 何だか気になる言葉だったが、聞き返すよりも先に、彼女は語りだした。



「甚六、聞いてください。真面目な話です……」


「実は明日、この国の姫様がこの家を訪ねて来ます。表向きの内容は、第三王女の結婚式の催事に私を抜擢して、その段取りの話し合い……になってますが、実際は私と甚六を名指しして、内密の話があるのだそうです。今日はそれが理由で、甚六を呼び出したんです。この話を聞いて、どう思いますか?」


「……国の王女が直接話に来るってタダ事じゃないよな……しかも結婚式を控えてるんだろ? 普通は出てこないだろ」

「そうです。考えても分かりませんが……。

 とんでもない話をされるに決まっています……」



「オレは姫様のことなんか知らねえが、アッチが名指ししてくるなら、そりゃアレだろ。”結婚式に部外者が必要”なんじゃねえか?」


「あっ、そうかも……? そうだとしても、何も変わりませんね。

 どっちにしろ、私の平穏は明日で終わりを告げるのです……」


「そしてそれは、甚六、あなたも同じです。あなたも荒事を命じられて、その結果この国には居られなくなると思います。命があるかも分かりません」



「だから、甚くんとこうして、最後に想い出を、作ろうと思ったんです……」

「なるほどな……」


 ユーたんは、相当に健気なヤツだった。だから人生が狂ってしまう最後の日に、オレと一緒に居ることを選んだのだ。日常を失う前に、明日後悔してしまわないように、一夜の夢を見に来たのだ……。



 彼女の本音が分かった今、オレはもう迷わなかった――――











「オレをみくびるなよ?」


「えっ……?」


「何勝手に失望してやがる? 女なら簡単に身体を差し出すな。

 お前はオレに期待し、カネを出してスポンサーになった。オレはお前を失望なんか絶対させてやらねぇ」


「……」


「オレがお前の生活も、平穏も、守ってやるよ。だからオレに期待しろ。

 例え国の姫様が来ようが、誰が来ようが、オレが大立ち回りをして、吹き飛ばしてやるよ。オレの生き方を曲げることなんか誰にも出来ないと、証明してやる」


「うそ……」


「ウソなもんかよ。このオレが決めたんだからな? 明日はなんとかしてやる、だからお前は、そのままでいろ……そうだな。晩メシの時の会話を覚えているか?」



「……焼き魚に文句を言いました……」


「……あんな感じで良い。あれがオレ達の日常だ。オレが軽口を叩いて、ユーたんが軽くあしらっているぐらいが丁度いいぜ。()()()()?」



()()()()だ。オレに名前を差し出して、対等な関係になれ。オレは魔法の使い方なんか分からねえけどな、オレ達の間には、余計なモンだぜ。えっと、カネは……引き続き支援してくれ……?」



 そこまで言い切って。

 彼女がためらった時間は、わずかばかりも無かった。



「私は、ユーセル……

 わたしは、ユーセル=トップライトですっ!!」



「オレは西ノ坊甚六。またの名を、覆面ボーダーのロキ!

 おっしゃ! イイ感じだな! 改めてよろしくな、ユーたん!!」


「はいっ……♡♡♡」



 最後は締まらなかったが、この夜、()()()()()()()()()()()()()()


 毛布を二人で被り合い、お互いに肩を預け合って、いつしか眠り、朝が来るまで、オレ達はずっと軽口を叩き合っていた……。





「結局、冷たい地面で一緒に寝ることになりましたね……?」


「ああ、新婚のオレらにはお似合いだったようだな?」

「ふふっ、そうですね♡」


「ん? つーことはよ、もう寒くて凍りそうだから、キスもしといて良いんじゃねーか?」


「ダメです、恋人になったんじゃないんですからね?

 そこの床にでもしておいてください♡」


「そうだったな。今日は口が魚臭かったから、せがまれなくて正直助かったぜ。

 ま、この調子だと遅かれ早かれ、そんな日はすぐに来ると思うけどな?」


「も~甚くんはホントにバカなんですね♡」


――――


……


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