02 受付嬢の成り上がり
まもなく休憩時間が終わり、私は昼食を終え、駆け足で控え室に戻る。
仕事は時間厳守なので急いで顔を水で流し、軽い化粧に入る。
この私、ユーセル=トップライトは入国審査官という職務に就いている。
入国審査官という仕事は、チェスナット王国に流れてくる者たちを管理するための場所で国に不穏分子や不利益を持ち込もうとする悪い人間を排除するのが主なお役目で、責任のある仕事だ。
王国の玄関口であり、国の顔とも言えるこの仕事のおかげで、私は王国貴族に次ぐ位である三等地を与えられ、七等地で暮らしていた家族を呼び寄せ、今ではとても裕福な生活を送っている。
こんな高給取りの仕事をどのように勝ち取ったのかというと、それは修道院暮らしの生活から学んだ処世術が身を結んだものであり、幼い女の子としての声が男性の好む甘ったるい声だと分かると、それを磨いてきた結果なのでした。
貧しいながらも身なりを整え、皆の可愛いマスコットとして振る舞うことで皆から好かれるように立ち回り、相手を落とす際は、低い身長から両手をアゴの下に組んだ構えから必殺の「お願い…☆」ストレートで全てを沈めて来たからです。
今では出世して必要な場面はあまりありませんが、代わりに毅然とした態度で入国者を突っぱねたり、感情を殺して入国者を通すだけの忙しい日々だったりで、みんなの可愛いの妹の私は、どこかに居なくなっていました……。
「次のお休みはいつになるのかな……」
もうずいぶん心を休めていない気がする。とはいえ、身に余る大金を頂いていることもあって、弱音も吐いてばかりではいられないのだが。
私はピシャ!と顔を叩いて気を引き締め、入国審査の窓口に座る。
静かに午後の始業ベルが鳴るのを待つ。5分前だ。
この入国審査室は透明の仕切り板によって2つの部屋に分けられていて、そこに取り付けられた小さな窓を使って、書類だけをやり取りする造りになっている。
列に並んだ入国希望者を呼び鈴で一人ずつ呼び出して個別の面談をする形になっていて、国民証か入国許可証に問題がなければ通す、という仕組みだ。
机には筆記具と呼び鈴だけが置かれていて、スタンプは機械的に押せるように空中から腕のような形でぶら下がっていて、後は警備兵を呼ぶための非常ベルが備えられているぐらいのもので、機能性だけを追求した、少し書類のインクとスタンプのにおいがする、私の小さな仕事場なのでした。
ジリリリリリ!
ベルがけたたましく鳴り始業の時間を告げる。
間を置いてから私は呼び鈴を鳴らす。
「次の方、どうぞ」
最初の人が入ってくる。
「書類と名前を……
はい。帝国からの旅行ですね。
パスポートも……不備はありません」
傍らに引っ提げたスタンプを手元まで引っ張り、ボタンを押して書類に許可印を押し、手早く預かった書類をまとめて返す。
「ようこそチェスナット王国へ。よき旅を」
「ありがとう」
一人目が出て行く。
呼び鈴を鳴らす。
「次の方、どうぞ」
二人目の入国希望者は……知っている顔だった。国民は手続きが簡略化される。
「国民証を……」
ダン。スタンプを押す。
「お帰りなさいませ。チェスナット王国に栄光を」
二人目が出て行く。ここまで1分も経っていなかった。
実はここに来る人間の九割九分はまともで、ほとんどが通せなのだ。
だから一人にかけるのは長くても40秒で、それ以上はかけられない。列はまだまだ長くのんびりやっていては終わらないし、それに列さえ捌ければ窓口は一つを残して全部閉じて、当番の人間以外は早く帰ることが出来るのだ。
受付嬢たちの士気はそれ故高く、皆が協力して流れ作業モード全開になっていて、つまり今日はあと1時間で帰れる日だったのです。
あの男が来るまでは。
※この小説には国境を脅かす謎の組織や、身体に爆弾を巻き付けたテロリスト等は登場しません。ご安心ください。
さあ、入国審査官と異世界人のファーストコンタクト。すべての始まりです。