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17 ドッグデイズ

 

 入国審査は始まってまだ30分ほどだった。

 窓口は全てが入国者を捌くためにフル稼働していたが、私の所だけは呼び鈴を鳴らしていないので、誰もやって来ない。他の受付嬢には後で文句を散々言われそうだけど、今日ここで仕事をするのはバーンヤード部長だ。後のことはきっとなんとかしてくれるだろう、と身代わりにする算段をつけているところで、呼び出した甚六がやってきたようだった。


 甚六は背中には前に見た背負い鞄を背負ったまま、両腕には小さな女の子を担いで走っている。すごく重そうだ。それにその女の子は先ほど聞いた通り、たしかに幼女のようだった。


「到着。ユーたん、待たせたな!」


(うっ……来ましたね……)


 私は得意の俯角30度から抉り込むように甚六を見つめるが、いつもの作り顔とは違い、眼には殺意を込める。

 私の眼から優しさという感情だけが消え去っていく……。



「……その子は誰ですか?」

「キルトエンデだろ? さっき教えただろ?」

「なんで幼女を拾ってくるんですか? まさかそういう趣味でしたか?」


「お爺さんが山に芝刈りに行ったら、川で流れていた幼女を拾ってくることぐらいあるだろ? まぁコイツは、空から降って来たんだけどな。それでどうするよ、親方?」

「誰が親方ですか!」



 また甚六のペースに飲まれそうになる。いや、なった。このままじゃダメだ。


 私は一度深呼吸にして心を落ち着ける。ここは慈悲深い聖母の瞳を宿してから話を再開することにしよう……甚六の言うことはまともに受け取ってはダメなのだ。



「言い訳はもういいです。そういえば私があげたお金を全部使ったそうですね? 言い訳にならない説明を親方に聞かせてくれますか?」

「ぐ……」


 甚六は返答に詰まる。どうやら一本取ったようだ。私はようやく取り戻した優位を手放さないように、ここぞとばかりに攻勢をかける。


「はぁ……ロキは私が居ないと本当にダメですね。このまま放っておいても良いんですけど、私はとても優しい人間ですから、またお金は渡してあげますよ。ロキのこと、見捨てたりしませんからね? 安心してくださいね?」


 そこに、今まで喋らなかったキルトエンデが口を挟んでくる。


「なぁロキよ……おぬし、こやつのヒモなのか?」



「ヒモ? オレとユーたんはそんなユルい関係じゃないぜ。もっと真面目で、お互いのことをちゃんと尊重(リスペクト)しあってる訳だ」


「ユーたんはオレに金を渡すことで、オレに期待してる。……分かるだろ?」


「それは困ったのぅ……わしもお金があったら、可愛がってくれんかのう……?」

「可愛がるだけなら、カネは要らねぇぜ。ほら。ヨシヨシヨシ~!」

「こ、これ……」


(あれ、この人……)


 キルトエンデは抱っこをされたまま、甚六に頭を掴まれて髪をもみくちゃにされているが、それを素直な表情で受け入れていた。すごく幸せそうな顔で、それで、この子はきっとロキのことが好きなんだなって、すぐに気付いた。

 私のことを金を貢いでる女だと思われているのは癪だったが、小さな子のあどけない表情に心が安らいだ。


 しかし、それは僅かな時間の油断だった。


 キルトエンデの表情が、天使のモノから、魔界に住まう悪魔のような表情へと変わっていく……物凄い上から目線の、仰角30度は付いたかのような見下ろし具合で、そうして不気味な笑顔を、私に向けてくるのだ……。


「おや……ロキよ。ユーたんが寂しがっておるぞぉ? そろそろ構ってあげるんじゃなかったのかのぅ?」

「オオ、そうだったぜ。ユーたんもこっちへ来いよ。喉をくすぐってやるぜ?」


 私はお湯が沸騰するかのように、顔が一気に真っ赤になる。この子は素直になれない私のことを煽っているのだ。甚六もそれに合わせて、手招きをするようなジェスチャーで私を攻撃してくる。


「ほらよ、ゴロゴロゴロゴロ~!」


(くっ……)


「っ……やりませんからね!!??」



 ホントはちょっぴり、顎を差し出したら猫みたいに可愛がってもらえるかもという誘惑に負けそうになったけど、それはあまりにも恥ずかしさが勝ったので、私はとりあえず怒鳴っておくことにした……。







 私は審査室の引き出しから仮パスポートを2枚取り出して、それぞれスタンプを押した。

 この仮パスポートは国民証を外で紛失した者か、入国許可証は買えないが国内に入れるツテを持った人間を通すために発行するものであり、使用頻度は殆ど無いという代物だ。この二人は金も身分も持っていないふざけた人間だが、国の姫様が呼び出せと言っているのだから、通してもお咎めされることは無いだろう。


 取り敢えず、仮パスポートの発行証明書は普段開けない引き出しに放り込んでおく。後で見つかっても、これはバーンヤード部長の仕事になるのだから。私はまた部長を身代わりにすることに少しだけ罪悪感を抱きながら、二人に向き直ることにした。


「はい……これが二人のパスポートです。無くさないでくださいね」


「やっとこれでユーたんとデート出来るな!」

「どれ、わしが預かっておこうかの」


 キルトエンデは2枚の仮パスポートを懐にしまったようだ。彼女まで国内に通す必要は無かったが、甚六を連れて来た流れで真名も知ってしまったし、奴隷魔法が効かなかった理由も聞きたかったので、まとめて面倒を見ることにした。奴隷が一人でも二人でも大した違いはない。適当に説明するだけでなんとかなるだろう。


「じゃあ、行く当てのない二人は私の家までついてきてください。お客様が来るので、私の家でお掃除をしてもらいます。お給金も出しますからね。いいですか?」


「オイオイ、積極的じゃねーか。もうお家でデートなの?」

「おお……労働するんも久しぶりじゃの!」


 私は二人の返事には介さず、苦い顔をしながら先に歩いていく。耳を貸してはいけない……。


 私の家はチェスナット王国の中心からやや城門寄りにあり、お役所や市場、仕事場までの距離が近く利便性の高い場所にある。入国審査の仕事を始めてわずか半年でお金に余裕が出来て、七等地からここの三等地へと引っ越したのだ。景観は隣に並んでいるオレンジ色の屋根をした集合住宅となんら変わらないが、それでも上等な住処と言える。


 私はここでおばあちゃんと、お母さんと、弟と一緒に暮らしているのだった。


「さあ、着きましたよ。これから私が面倒を見てあげますから、遠慮はいりません。我が家だと思って結構ですからね」


 私は手招きをして二人を案内する。そして家族に新たな奴隷たちを紹介するのだった……。


女の子には好みがあります。喉を嫌がる娘は頭を撫でられるのが好きだったりします。まぁ、猫の話なんですけど。

人の子に試すとおそらくですが大変なことになります。

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異世界エクストリームエアセッション!

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