14 調査報告
王国歴428年 水形の月14つ
Felicia=en=knaster=sifolia
Third princess
チェスナット王国 フェリシアの自室
お風呂場での姉の襲撃を乗り越え自室に戻ったフェリシアは、一週間ぶりに調査から戻って来たディアから報告を受けていた。
「姫様。あの踊り子の名前はロキ、というようです。
あの場に居る商人や兵士から聞いた話ですけど……なんでも、聞いても無いのに誰にでもロキだと名乗っていたようで、ほぼ全員が名前を知っているようでした」
ロキ……あの踊り子が、ここから救い出してくれる唯一の希望だ。私はその名前を胸の内にそっと刻む。
「民達はみな、チェスナットの情勢を中心に質問攻めをされたと言っていました。そこには帝国の機械にはどんなものがあるのか、と言った質問もあったそうで……しかも情報料に銀貨1枚を渡されたようです」
「そこから続いて、金銭感覚の無い買い物をいくつかしたそうです。炊き出しの者は、超大盛りのカレーに銀貨を渡されて、釣りは要らないと言われたそうです。強引な振る舞いに少々怒っていました」
「兵士の方は、防具を譲ってくれと頼まれて、国から支給されたものは売れないと一旦拒否したそうですが、彼に銀貨を5枚積まれて、結局売ってしまったそうです……その、手甲を片方だけを」
「手甲? それってあの鉄の塊の手甲よね?」
「はい。右手だけ取られたと言っていました……」
もし銀貨しか持ってなくて、銅貨のお釣りも受け取らないほどの自由人なのだとしても、聞けば聞くほど踊り子は自由を通り越して、変人の域に達しているように思える。これが私の希望なのかと思うと、若干不安になってくる……。
「それで? 会えなかったのよね?」
「はい……すみません。私が野営地で聞き込みを始めた時はもうそこを去っていったようで……どうやら、帝国が敷き詰めたアスファルトの山道を歩いて行ったようです」
「どうしてディアは追いかけなかったの?
遅くなったのはそれが理由だと思っていたんだけど」
「それなのですが……」
「調査を始めた初日、私は踊り子は国内に入ったものばかりと勘違いをしたんです。踊り子はとある入国審査官と一緒に歩いていたそうで、それを聞いた私は先に入国審査部のもとへ向かったんです。そうしたらその者は、国への書類手続きがある、という理由で仕事を休んでいて、話を聞けませんでした。ですからその日は野営地の聞き込みを少しだけして、切り上げることにしたんです」
「なるほど。その入国審査官が踊り子の知人で、"書類手続き"……そうね。さしずめ移住届を出しに来たと思った訳ね?」
「そうです。そこで国の役所に向かったのですが……新しい移住届は出されていませんでした。ここで初めて空振りだと分かったのです」
「翌日は、入国審査部へ行きました。もちろんその入国審査官に話を聞くためです……」
ディアはその時の会話を語りだす。
「次の方、どうぞ」
「すみません。ロキという踊り子の男と一緒に歩いていたのがあなただと聞いてきました」
「えっ! ……ロキが何かしたのですか……?」
「いえ……彼が踊っているのを見たので、それでどんな方なのか興味がありまして……」
「あっ、あの男だけは止めておいたほうが良いですよ! アイツは女の敵で、何人も地獄に送って来た極悪人なんですからね!?」
「……彼はどこに行ったのですか?」
「……ここで、会話に長い沈黙がありました。その間に、入国審査官は何らかの魔法を使ったのです。続けます」
「……あの男はあれからここには来てないですよ。ロキはパスポートを持っていませんから、他の受付でも国内に通したということは絶対無いです。……まったくどこをほっつき歩いているのやら」
「彼女と話した結果、彼の知人だということは裏が取れましたが、彼の居場所までは分かりませんでした」
それからディアは、踊り子がどこかから戻ってくる可能性を踏まえて、野営地の聞き込みに時間をかけていたらしい。野営地での男の行動を洗い出し、最後に帝国と往復している商人の馬車を待って、商人に彼が帝国へ行ってないことを確認をしたところで切り上げたようだった。
私は疑問をぶつける。
「じゃあ、彼は山に行ったまま行方不明なのね?」
「はい」
「だとしたら……やっぱり入国審査官の行動が不審だわ。彼女は何故仕事を休んだの?」
「私も何か引っかかるものがあって……最後に、もう一度役所へ行きました。そこで分かったのです」
ディアは一呼吸置く。
「水形の月の8つの日、届け出された書類の中にロキ=トップライトの名前がありました。……奴隷登録書です」
「なんてこと……彼は自由を失ったの……」
私は膝から崩れ落ちた。
二日後 水形の月16つ
自由の象徴であった最後の希望が儚くも打ち砕かれ、フェリシアは丸二日も寝込んでいた。踊り子はその正反対の奴隷に堕とされたことでメンタルが破壊され、あの日の過度な筋肉トレーニングもあったせいで、フィジカルも相当に参っていたからだ。
そのせいでフェリシアは放心状態になってしまい、ディアの助けを必要とした。彼女はそれ以来、自室から一歩も出ていない。
「ん゛~~~~~~っ……」
私は唸り声を上げる。それから身の回りの世話を含めて、ディアの献身的な介抱があったことで状況は良くなりつつあり、そして二日あまりの時間が経っている。
今がどうなったかというと、私はまだ、天幕付きのベッドに下着一枚の姿でうつ伏せになっていて、堕落の最中にいる。
だけど、この二日で私も落ち着きを取り戻しており、冷静に物事を考えられるまでには回復している。そう、踊り子のロキのことだ。彼が本当に奴隷だったとして、果たしてあの自由を持ち得るのだろうか? 一つずつ物事を整理しよう。
「はっ……はあっ……」
まずは入国審査官のことだ。奴隷登録を出したということは、少なくとも真名を知っているということだ。そしてそれに、踊り子が誰にでもロキだと名乗っていたという話と合わせて推測すると、彼に口止めして偽名を名乗らせているか、もしくはダメ元でロキという名前で奴隷魔法を試したら、たまたま成功したかのどちらかだろう。
私は踊り子の姿を強くイメージして、無詠唱で奴隷魔法を発動してみる。
「んっ♡」
……反応は無い。ロキは偽名だ。つまり奴隷登録自体は本物なのだ。だとすると、どうなる? ディアの報告の中にあったはずだ……彼女が入国審査官と話した時、何かしらの魔法を使ったと言っていた。
これが状況から見て……奴隷に向けて探知魔法を使った? 違和感がないのは、これしかない。入国審査官は奴隷の位置を確認した。これが二つ目の事実だ。
「はぁ~……気持ち良いわ……」
なら、状況は然程悪くはなっていないし、むしろ好転したと見ることが出来る。国家無所属の彼を説得するのは特に大変だと思っていたが、奴隷関係は真実なのだから、その主さえ説得すれば、彼を説得することと同じことになる。
まずは奴隷登録をこちらで抹消して、彼を国の預かりから外す。そのうえで入国審査官に命令を出させ、踊り子に私を誘拐させるのだ。入国審査官という身分なら、王女の私なら最も圧力を掛けやすいと言える。命令魔法自体も、余程のボロを出さない限り入国審査官の仕業だとはバレないだろう。
「……やっぱりディアはっ、上手いわね?」
「へぇっ!? あっ、はいぃぃ……!」
ディアは恥ずかしそうに返事をした。彼女は今、私に馬乗りになって指圧をしているのだった。本当はもう身体の筋肉痛も収まり、起き上がっても良かったのだけど、最後に甘い時間を過ごしていたかったので今まで施術が必要なフリをしていたのだ。身体が楽になることで頭が冴え、状況を整理することが出来た。これも彼女のおかげだ。
私はようやく身体を起こす。
「もう大丈夫よ、ディア。私は大丈夫」
「えっ……あっ、もう十分ですよね……」
ディアも名残惜しいようだ。可愛い奴め。
「今後の計画を話すわ。聞いてくれるかしら」
「はい……」
「大掃除の日は、明後日の18つ日になってたわね? 私が城の外に出るのはその日よ。準備しておきなさい。それから入国審査官が出した奴隷登録書は、もう上まで上がってきているはずよね。それまでに、私はハゲ散らかしたケント大臣のところへ行ってくる。書類はなぜか紛失することになるわ……。
ディアは、もう一度入国審査官の所へ行きなさい。今度は私の名前を出していいわ。締め上げてくるのよ!」
「了解です……!」
私はそれからディアに具体的な指示を与え、誘拐計画を水面下に推し進めるのであった……。
マッサージを受けてて、変な空気になったことはありませんか?
そこの君たち、喘ぎ声を出さないように!




