12 彼女の見ている世界
永久の旅路 水形の月17つ
Kirltoende
Lord of Ephemeral
国境の山 ゼルコバ台地
キルトエンデは王国と帝国を両方望める山の中間地点まで来ていた。
彼女はそこに何か目的があって来たわけではなく、本当にふらりと足の赴くままに従っただけの、意味を持たない散策だった。ここに来たのは、山の上からならこの世界の様子がよく見渡しやすいと、無意識に思ったのかもしれない。
「今日も、世界は不思議に満ちておるの……」
彼女が唯一持っているのは、探求心だ。この世界には説明の付けられない現象や、解けない謎が多く、それが彼女を永遠と悩ませている。それが長年の課題になってしまって、他の欲というものは殆ど薄れてしまっている。
「わしが死ぬんと、この謎が解けるんも、まだまだ先になりそうじゃの」
キルトエンデの身長は人間の半分ほどの、4頭身あるかないかの背丈をしており、しかもそれは幼少の頃より変わっていない。最初はただ発育が悪いだけの子供だと思っていたが、周りの人間が寿命を迎え、知り合いが誰も居なくなってからはやがて、自分は人間ではない、何か別の種族ではないかと思うようになった。
或いは、突然変異か何かで小人の呪いでもかけられ、ずっと幼いままなのだと納得したのは、齢120になった頃だった。そして今は、チェスナット王国が起こってから428年の繁栄を続けているから……もう歳は500歳を越えている。
「この老いも病も知らぬ身体には感謝してるんじゃがの……
今まで同じような者とは会うたことが無いし、番になって子孫も残せんのじゃ、せめて身体ぐらいは大きくなりたかったのじゃ……」
彼女の人生は決して幸福とは呼べぬものだった。それはただ何かに失敗したということではなく、ただ生まれが悪かっただけというべきか、人生の伴侶も得られておらず、単純に孤独であったとは言える。
本人が淡く望んだモノは手に入らず、しかし他人が強く望むモノを彼女は最初から持っていた。他人から見ればそれは幸福かもしれないが、彼女自身にとってはそうではないということだ。生き地獄と言うべきかもしれない。彼女はいつ死ぬのかも分からないし、このまま永遠に平たいままなのかもしれないのだから。
キルトエンデは何度したか分からない不毛な思考を止め、辺りを見渡す。この世界は本当に謎だらけだ。
東のほうを望めば、アヴァローン帝国がある。街の外には大きな農場が所狭しと並んでいて、その肥沃な大地の真ん中にある街にはぐるりと円形に城壁が囲われ、機械仕掛けの大きな扉が取り付けられている。城壁には9つの監視塔が付けられ、飛行生物用の対空砲がそれぞれ備えられている。
街の中はというと、形容しがたいほどゴチャゴチャとした景観で、何に使うか分からない機械類がそこらじゅうに転がり、工場の煙突からは煙が絶えず、至る所にカラフルなトタンが打ち付けられた簡素な民家が並んでいる。
街の中央には二対のゼンマイが空中に浮いており、どんな原理かは知らないが、帝国の機械技術の象徴であるらしかった。
(まあ変な国じゃの……)
今度は西のほうに目をやる。この山から同じように蛇行し、曲がりくねった山道を下ると、そこにはチェスナット王国が見える。東と違うのは、多くの木々が生えておらず、非常に見通しが良くなっているところだろう。というのも、王国が出来るまでは戦争の時代で、こちらの山はその時に大きな爆裂魔法で山肌が広く焼き払われたためだ。
王国の景観は赤茶色の岩肌に囲まれ、そこに城壁を取り付けたというような国だ。目では見えないが、上空にはドーム状に魔法の結界が張ってあって、空から来るドラゴン等の侵入を防いでいる。
このようにそれぞれ王国が魔法の国として栄え、帝国は独自の機械技術が発達していたのだった。
(チェスナットが、魔法の爆心地に出来たクレーターに城壁を拵えて、天然の要塞として興ったことなど、今では誰も知らんのじゃ。王国の闇の歴史じゃからの……)
もしかしたら魔法を行使した魔術師や王族が、子孫へその歴史を伝えていっているかもしれないが、さすがにその真偽は確認しようもない。それに、何代も話を受け継いでいけば途中で内容に尾ひれがついて正確に伝わらなかったり、話に真実味を感じられなかったりで、自然に途絶えてしまうものだ。チェスナットは平和な時代が続いているから、戦争の話など3代も経てば現実味が無いだろう。あの時代のことを語れるのはそういう意味でもキルトエンデただ一人であるのだった。
そうして最後の生き証人であるといえるキルトエンデがぼんやりとチェスナットのほうを眺めていると、何か高速で動くものが見えた。
ここからは距離があり、豆粒みたいに小さな黒い物体だ。周りの物と大きさを比べれば、それは普通の人間サイズの物に見えた。そのおそらくは人間だろうという黒い物体が、チェスナットまで続くアスファルトの坂道を、高速で移動している。
「随分と速いのぅ……どれ、近付いてみようかの」
キルトエンデは長く生きてきたが、それはまだ見たことが無いものだったので、興味を惹かれる。世界にまた何か新しいものが生まれたのかもしれない。
するとキルトエンデは懐から徐に、その小さい身体のどこに隠していたのかというような大きさの、綿毛のついたタンポポを取り出す。彼女は色々な魔法が使え、これはその一つだ。望む物を一時取り置きし、好きな時に取り出せる。簡単に言うなら、収納魔法だ。
そして、彼女はまた違う魔法を行使する。手のひらをかざすと淡く水色に光を発し、タンポポの花に魔力を通すと、それは風を受け、彼女ごと空中に浮かび上がった。
フワッ――――
タンポポは容易く風に乗った。この移動方法は体重が軽く、また魔法を扱えるキルトエンデ独自のものだ。本当は魔法だけで宙に浮くことも出来るが、こちらのほうが魔力の消費量も少なく、効率的なのである。そもそも飛行魔法を使える人間自体、ほとんど居ないのだが。
あちらのほうが3倍以上は速かったが、向こうは蛇行した道に合わせて遠回りをしていたため、魔法のタンポポに掴まって目的の黒い物体に真っ直ぐ近付いたこちらは、すぐに追いついた。
キルトエンデは空中から目を凝らす……。どうやら人間の男らしい。
「なんじゃ? 何か小さな板に乗っておる……車輪が付いておるようじゃの」
男の足元には簡素な木の造りの板があり、そこに帝国で作られた車輪が取り付けてあるような感じだ。しかし馬車とは違い、何倍ものスピードが出ているし、止まるための機構も付いているようには到底見えない。
「どうやって止まるつもりなんじゃ……?」
男が出している速度は、おおよそ人間が出して良い速度とは思えなかった。まさかとは思うが、止まれなくなっているのかもしれない。
キルトエンデは疑問を覚えつつも、それを確かめるために距離を詰めることにした。
「おぉ~~~~い……!! 何をやっとるんかのぉ~~~~……??」




