花火の夜に
前置きが長くなりすぎな気がしますが、ご容赦ください。
もうすっかり桜の花びらは散ってしまい、青々と生い茂ている。じりじりと容赦なく照り付けてくる日差しは、飛鳥の体から流れ落ちる汗とともに体力を奪っていった。
「ちょっと待ってよー…。」
弱弱しく懇願する向こう側には、真由の姿があった。二人は出会ってから数カ月で一緒に学校へ向かうだけでなく、生活のほぼすべてを共にしていた。というのも、二人は大学生になってまだ間もない。東京に来て右も左もわからないものどうし協力できることは協力したほうが安心であるし、食費なんかは一人より二人のほうが安上がりだったからだ。そんな二人の生活は、一カ月や二カ月も続けば気を許しあうのは当然かもしれない。
「遅いよ。早くいかないと、100円朝食食べれないよ?」
この暑さの中、真由は全く疲れた様子もなく飛鳥をせかす。
「そうだけど…。真由は歩くの早すぎるよ。」
少し不貞腐れたようにぼやくと、すっと手が伸びてきて飛鳥の肩にかけていたトートバッグが体から離れる。
「駅まで持ってあげるから早く歩いてよね。」
特に怒った様子もなくいたって事務的に、そう付け加えた。
二人は清掃の行き届いた綺麗なキャンパスの中にある学食の丸テーブルにつき、朝食をとりながら話していた。
「ところで、飛鳥はアルバイトどうするの?私は保育園のお手伝いのアルバイトに決まったよ。」
「実は、映画館のアルバイトの面接受けてきたんだよね。そろそろ返事来るかな。ダメだったら、近くのコンビニか塾講師でもしようかな。」
「塾講師?やめたほうがいいよ~。だって飛鳥はただでさえ女の子みたいなのに、今日だって私より体力なかったでしょ?子供たちに舐められるだけだって。(笑)身長だって私よりだいぶ低いんだから。」
「もーー。あんまり馬鹿にしないでよ。」
本気で怒っているわけではないが、ほほを膨らませ怒る。しかし、もともとかわいらしい顔立ちのせいでまったく効果はなかった。
「はいはい。」
全く反省する気もなく真由が流す。端から見たら、女子二人で仲良く朝食を食べているようにしか見えなかった。
飛鳥は真由と電車で初めて目を合わせたころから、男として特別な気持ちを抱いていた、そのためこのように男として見られていない事実を目の当たりにすると少し複雑な気持ちになっていた。
大学の講義は前期がすべて終了しテストも終わると長い夏休みが来る。このころになると、真由も飛鳥もアルバイトに慣れてきていた。真由は幼児クラスの先生のお手伝いを主にこなしていた。オムツの用意をしたり、お昼寝の時間が来る前にお布団の準備をしたりと直接園児とは触れ合えなくともやる仕事は多かった。しかし、小さい子と触れ合えないことは頭ではわかっていてもやはり少し残念だった。飛鳥は先輩アルバイトに指導されながらお客さんの誘導や上映終了後の片付けなどを覚えていったのだった。
今日の夕飯の当番は飛鳥の番だった。今は夏休み真っ盛り。近くの大きい公園で夏祭りが催されていたことを知った飛鳥は、ある決心をしたのだった。
〈ピンポーン〉
インターホンが鳴る。
そこには、真由が立っていた。
「夕飯、今日飛鳥の番でしょ。どうするの?」
「今日はさ、最近お互い頑張っていたしお祭りにいって食べ歩きしようと思って。」
「....!いいね。じゃあ準備したら声かけるね。」
真由はそういうと、隣の自分の部屋へと帰った。
30分後。
「お待たせ。飛鳥は準備できてるの?」
真由はいつもよりも気合の入った服に着替え、声をかけてきた。
「もう準備できてるよ。じゃあ行こっか。すぐそこだけど(笑)」
10分も歩かないうちに公園についた。広いだけあってたくさんの屋台が道の両脇に並んで埋め尽くしていた。
「まずは焼きそば食べようよ!」
小食な飛鳥はいろいろな種類を食べようと思うと必然的に二人で一つのものを買い共有するつもりでいたのだった。それに真由が気づくが、あえて何も言わずに受け入れた。真由はこれまでの学生生活では孤高の存在であったため、このような経験は初めてであった。そのためなのか心なしか嬉しそうにしていた。
「いいよ。じゃあ、その次はたこ焼きね。」
しばらく食べ歩きおなかも膨れてきたころ。
『まもなく、花火が始まります。』
アナウンスが公園内に響き渡る。
「花火だって!中央広場まで行ってみようよ!!」
飛鳥が誘うと、真由も快諾し二人は中央広場に急いだ。
二人が中央広場につくと同時に最初の花火が空高く打ち上げられた。息を整えているうちに大きく空に花を咲かせほんの少し遅れて轟音が空気を揺らす。するとまた次の花火が空高く駆け上っていき、頂上に着くと、地上で眺めている真由の顔を照らす。一定の間隔で打ち上げられてゆくそれは、次第に飛鳥と真由の雰囲気までそれまでとは一変したものに変えていった。最後にひときわ豪華な花が咲き誇るとパラパラと暗闇に溶けてそれまで轟音で人々の心を揺らしていたことがウソだったかのように、終わったことを告げてきた。それが飛鳥にとっては物足りなさを感じさせる一方で、最後の勇気を振り絞る後押しとなった。
「あのさ、真由。」
余韻に浸る真由に真剣な声で話かける。
「ん?」
いつもとは違う雰囲気を感じ取りつつもいつも通りのリアクションを返す。
「実は真由のことが、好きです。付き合ってください。」
いたってシンプルに気持ちを伝える。胸の鼓動が聞こえる。返事が来るまでの時間がとても居心地悪い。
「…。いいよ。私も飛鳥のこと最初見た時から気になってたっていうか、新歓の時はなしかけたのって多分私も飛鳥のこと気になっていたってことだと思うし。だから、その…こちらこそよろしくお願いします。」
告白されてから真由の頭の中ではまだ短いとはいえそれまでの飛鳥との思い出が走馬灯のように流れた。それまでの自分の行動を顧みた時に、飛鳥に対して特別視していた自分を認めると早かった。
帰り道には、手をつないで帰る二人の姿があった。