9-1渋谷区防衛戦線
翌日も早朝から移動を開始した。
信濃町のあたりで巨大なカタツムリのような魔物に出くわす。
反射的に3点バーストで攻撃したが、殻の部分に命中した魔弾丸はすべて弾かれてしまった。
実際のカタツムリと同じで動きは緩慢だったから、落ち着いて頭部に狙いを定めるとあっけなく倒すことができた。
「かなり硬い殻じゃのぉ。どれ……」
エルナがバールを振りかぶって思いっきり打ち付けた。
甲高い音がしてバールが跳ね返されたけど、殻にも小さなヒビが入っている。
1トンを余裕で持ち上げるエルナの攻撃でもこの程度か。
かなり硬い装甲をしているようだ。
大物の魔物が相手の場合、俺の攻撃力ではまだまだ役不足かもしれない。
拳銃で戦車を相手にするようなもんだな。
無理ゲー過ぎる展開だぞ。
だけど、今回の戦闘でレベルがまた上がった。
念願のレベル15だ。
レベル :14 → 15
弾数 :15発 → 16発
リロード:6秒 → 5秒
射程 :35メートル → 36メートル
威力 :25 → 28
命中補正:19% → 21%
モード :三点バースト、フルオート、??? →三点バースト、フルオート、デュアル・ウィルドゥ、???
新しいモードが追加されたぞ。
デュアル・ウィルドゥはいわゆる二丁拳銃のことだ。
これにより両手を使った射撃が可能になった。
弾数はそれぞれ16発なので弾切れも起こしにくくなっている。
右手をリロードしながら左手で攻撃なんてこともできるぞ。
ちなみに足の指先からでも撃つことができる!
ちょっと臭そうだけど……。
微妙に水虫だから生物兵器になってしまうかもしれない。
うん、これはジュネーブ協定書に違反する。
並行世界なら国際法も関係ない?
リアルだと両手に銃を持って撃つ人は滅多にいないと思う。
あんなのは映画やアニメの中だけだろう。
両手に銃を持っていたら安全装置を外すことすらできないし、狙いもつけにくいと思う。
その点、魔法銃ならそんな心配はいらない。
反動もないうえに、命中補正までついてくる優れものだ。
そのうちトリプルとかクアッドなんてこともできるのかな?
そしたら両手両足の指先から同時攻撃できるサイボーグ戦士みたいじゃん!
小デブのオッサンだと見た目はカッコよくなさそうだけどね。
代々木公園にはお昼少し過ぎに到着した。
葛城ちゃんがいたおかげでゲートはすぐに開けてもらえたけど、以前に来た時より物々しい雰囲気を感じる。
槍やクロスボウで武装した人たちが難しい顔で敷地の中を行き交っていた。
広い応接間に通された俺たちはフカフカのソファーを勧められた。
悪くない待遇だ。
葛城隊が持ち帰った軽油のおかげだろうな。
しかも、ほとんど待たされることもなく神大に面会することができた。
「よく来てくれた。約束通り軽油を用意してもらい感謝している。こちらの現金も用意できているので納めてほしい」
帯付きの札束が4つ、お盆の上に乗っていた。
あ、ちょっとだけ俺の手が震えている。
これだけの現金は久しぶりだからね。
帰ったら何を食べようかな……。
いや、そんな甘いことは言ってられない。
これはあちらの世界の倫子のために貯金しなければ。
まあ、少しだけ抜いて天丼を食べるくらいならいいか……。
キス天とナス天とアナゴ天には抗えない。
無理はいかんと思う。
「コホン」
エルナの咳払いで我に返った。
今は天丼より吉岡さんのことだったな。
「実は、お願いしたいことがあってやってきた」
「聞こうか」
吉永さんを紹介して脚の治療を頼んだのだけど、拍子抜けするほどあっさりと聞き入れられてしまった。
これも軽油効果にちがいない。
今ならどんなわがままもかなえてくれそうな勢いだ。
まあ、俺は義理堅い男だから、次回は軽油に東京バナーナをつけてやるとしよう。
神大にスイーツは似合わないけど……。
吉永さんは治療を受けるために佳乃さんの元へと連れていかれた。
俺も癒し系の佳乃さんに会いたかったのだけど、神大は何やら話があるようで引き止められた。
「手の内を晒すようで悔しいが、燃料はいくらでも欲しいからな。世田谷の魔物が北東に動いている」
寝耳に水の話だった。
世田谷に集結しつつあった魔物は砧公園のコミュニティーを破壊したあと、しばらくそこに留まる様子を見せていた。
砧襲撃時は組織的な動きを見せていた魔物だったが、その後は小さなグループに分かれ、それぞれが時間差で神奈川県の川崎市方面へ南下するそぶりを見せていたそうだ。
ところが一転、今度は渋谷方面に進路を変えつつあるらしい。
「今のところ、進路は流動的でどうなるかはわからない。だが、脅威は増大していると言える。防備を固めるためにも軽油の必要性は増すばかりだ」
そういうことなら俺もせっせと軽油を運ぶのにやぶさかではない。
もちろん貰うものは貰うけどね。
「具体的にはどうするつもり?」
「各コミュニティーのリーダーに協力を呼び掛けて共同戦線を張るつもりだ。新宿御苑とも和解するつもりでいる」
魔物のおかげで人間同士の争いが停止するとは皮肉だな。
「すぐにでもコミュニティーをまわるために出かける予定だ。反町、お前も来ないか?」
デートのお誘い?
悪いが俺の趣味じゃない。
「なんで俺が?」
「お前の力は特殊だ。この世界に希望をもたらす存在になるかもしれない」
ほうほう、俺は末世の救世主か……。
悪くない響きだ。
だけどよぉ……。
「ガラじゃないな」
神大は呆れ顔で俺を見ていた。
「今の世の中でそんな個人の勝手が許されると思うか?」
葛城ちゃんにも同じようなことを言われたな。
「俺は俺のできることをするよ。神大さんは神大さんのなすべきことをしてくれ。協力はする」
金が貰える限りはね。
「俺と一緒に新しい国を作る気にはなれんか?」
「俺にとって最優先事項は娘を探すこと。何を言われてもこれは変更できない」
「そうか……」
倫子のためにも平和な世界を作りたいけど順番は大切だ。
それに俺はうっかり者だから、大切なことをしょっちゅう見誤る。
あとでエルナの意見も聞いてみたい。
神大という男を信用するにはまだ早すぎるような気がした。
話も終わったようなので、吉岡さんの様子をみに行こうと考えていたら、けたたましい足音を響かせて神大の部下が部屋に飛び込んできた。
「大変です! 小規模ながら魔物の群れが三軒茶屋方面に現れました。朝方から周囲のコミュを襲撃していると報告が入りました!」
ついに来たか。
三軒茶屋なら代々木とは3キロくらいしか離れていない。
それよりも塚本さんのいる鍋島松濤公園コミュとは目と鼻の先だ。
「出撃する。攻撃6班に戦闘準備を急がせよ」
神大はすぐに結論を出していた。
「急な話だが行かなければならなくなった。次の軽油もよろしく頼む」
「わかった。俺も行きたいところがあるからこれで失礼するよ」
出かける神大の後姿を見送った。
ここもゴタゴタしているようだから、このどさくさに紛れて吉永さんだけ連れて逃げ出すことにしよう。
葛城ちゃんについてこられると迷惑なのだ。
エルナと二人で佳乃さんがいる神殿へと向かった。




