3-5
あー、びっくりした。
背後から襲われたのは初めての経験だったから驚いたよ。
まあ、前から襲われても驚くんだけどね。
倫子の暮らすアパートのエントランスに戻った俺は、自分の体の隅々をチェックした。
魔法によって時間が戻ったらしく、体だけでなく服にも破損の痕はない。
いきなり飛び掛かられたからよく見えなかったけど、相手は虫だった気がする。
今回は死ぬまでに数秒の時間がかかった。
痛みと恐怖が残っちゃった……。
そのうちに慣れるかな?
死ぬのに慣れるのも生命体としてはどうかとは思う。
自己の継続こそが本能の基本命題だぜ。
死に慣れたら危なっかしくてしょうがない気がする。
向こうで死んだら戻れるけど、こっちで死んだらお終いだもん。
……お終いだよな?
こっちで死んだら向こうで生き返る?
後でエルナに確認してみよう。
中央線で新宿まで戻る間に木更津駐屯地のことをスマホで調べた。
木更津駐屯地は千葉県の木更津市にあり、陸上自衛隊第一ヘリコプター団の本部がある場所だそうだ。
もしかしたら倫子はここのヘリに乗せてもらったのかもしれない。
すぐにでも木更津駐屯地へ行きたかったけど、今から向かうとなると夕方を過ぎてしまうだろう。
電気のない世界で夜の調査は難しい。
碌な捜索もできないうちに魔物に殺さてしまう恐れもある。
今日中の移動を諦めてアパートに戻るべきだと思う。
倫子が心配でも、慌ててはいけないのだ。
それよりはしっかりとした装備を揃えるのが先だ。
幸い、高円寺駅周辺のレジから集めた金が5万円を超えたので金銭的には余裕がある。
エルナの引っ越し代の足しにもなりそうだ。
さっそく新宿でいろいろと買い込むことにしよう。
装備
頭 :なし → ニット帽
上半身:ジャージ → 吸湿速乾に優れた運動用ジャージ(+同アンダーウェア)
下半身:ジャージ → 吸湿速乾に優れた運動用ジャージ(+同アンダーウェア)
左手 :鉄パイプ → バール+トレッキング用グローブ
右手 :―― → トレッキング用グローブ
足 :壊れかけのサンダル → 防水トレッキングブーツ
少しだけ装備がレベルアップした。
でも、ちゃんとしたジャージがこんなにお高いなんて驚きだぞ。
インドア派で、運動に縁なんてなかったからちっとも知らなかったよ。
危うく予算をオーバーするところだった。
エルナの引っ越しは遠のいてしまったな……。
武器は鉄パイプからバールに変更した。
これは戦闘のためじゃなくて、見つけたレジをこじ開けるためだ。
レジって床に叩きつけたくらいじゃ壊れないんだよね。
意外と頑丈なのだ。
売り場で一番大きかった900㎜のものを購入した。
これで仕事もはかどるというものだ。
帰る前に懐中電灯を買うことを思いついたのは、俺にしてはファインプレーだったかもしれない。
これまでの人生において、本気になって懐中電灯を選んだことはないのだが、こんなにも種類がある物なのだな。
値段もピンキリで、それによって明るさが違ったり、防水仕様だったりする。
充電式の物もあった。
形も普通の手に持つタイプだけでなく、ヘッドランプ、床に置くランタンタイプと様々だ。
とりあえず3種類の懐中電灯を買ってアパートに戻ることにした。
そういえば、塚本さんはどうしているだろうか?
今日一日で少しはお金が集まったかな?
俺も結構な額を稼いだけど、さっきの買い物でほとんど使い果たしてしまった。
明日は千葉まで行くから、資金を得るためにも今日中に回収に行こうかな?
考えてみれば今日の八波コミュニティーの奴らにも物品購入を持ち掛ければよかった。
倫子のことで頭がいっぱいで、そこまで気が回らなかったのだ。
いきなり襲ってこなかったんだから、交渉の余地はあったと思う。
いずれ、改めて出向いてみるとするか。
トレード用の食品は近所のスーパーで買い込んだ。
ひょっとしたら喜ばれるかもしれないと100円ライターを箱買いしたら、レジの人に変な目で見られたぞ。
放火魔じゃないので通報は勘弁してください。
僕はただ、このライターでぼろ儲けをしたいだけです。
100円が10万円。
こんな錬金術は並行世界でしか成しえない。
こうやって見ると、この世の中は便利だったり美味かったりする物で溢れている。
100円ライターも然り、ガスカートリッジ、日持ちのする食品、酒、日用雑貨……。
実は恵まれていたんだと実感する。
そうじゃなければ腹に贅肉はつかないか。
向こうの人はみんな痩せていたもんな。
溢れる物資に感謝しながら買い物を続けた。
今夜は豚しゃぶにしよう。
エルナはしゃぶしゃぶ好きかな?
異世界人の食の好みはよくわからない。
牛丼は美味しそうに食べていたから多分大丈夫だと思う。
俺は肉と米があれば幸せになれるタイプだ。
普段は買わないような、高級ブランド豚のバラ肉をしこたま買い込んだ。




