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02 とある子猫と老婆の場合

 あの人が亡くなって、どれだけの月日が経った事でしょう。

 気付けば、家の中はガランとしてしまって、寂しい限り。

 子供達も皆それぞれに家庭を持ち、離れて暮らしています。


「――おんやぁ?」


 そんな日々の中で見つけた、小さな毛玉達。

 愛らしいですねぇ。身を寄せ合って、寒さを堪えますか。

 しかし――。


「一匹というか、一人、おかしな子が混ざっていますねぇ。」


 毛玉達の中に混ざる、小さな子供。

 これが寂しい老後を送る私と――擬人化したその子との初対面でした。







 最近、ちまたを騒がす擬人化という事件。

 飼っていた猫や野良猫が人のような姿になるお話ですが、とうとうこんな田舎でも起きたようです。


「みぃいいいっ。」


 母猫が帰ってくる度に、お腹を空かせた子猫達が声を上げます。

 最初はそれを微笑ましく見ていました。

 しかし――気付いたのです。


「みぃいいいいっ。」


 たった一匹だけ、その母の愛を受けられない事に――。


「みぃいいいいっ。」


 小さな小さな子供。

 しかし、母猫からしたら大きな子供。

 それくらいには差がとても出てしまっている、二匹。

 親子だったはずの、今では一人と一匹です。

 ――もとは猫だったのでしょう。

 しかし、実の子であろうとも、母猫には受け入れられないようで、


「みぃいいいいいい!」


 精一杯泣き叫ぶ声が、余りにも哀れに思える程、見向きもされない。

 その後も泣き叫ぶ姿に、一人は嫌だと叫んでいるように見えてしまい、そこに自分に重ねてしまった私は、そっと手を差し伸べていました。







 子供達へと電話して、猫には猫用のミルクがあると言われて、ペットショップへ。

 店の人に聞いて買ってきたミルクを人肌にまで温め、昔使っていた哺乳瓶へと入れます。


「さ、飲みんしゃい。」


 そうして、母猫に見捨てられた人の子に獣の耳と尻尾が生えた子へと、咥えさせます。


「良い子やからねぇ、飲むんよぅ。」


 最初はグズっていましたが、甘い匂いに釣られたのか、途中から勢いよく飲み始め、すぐに満足げな溜息を吐き出しました。

 大丈夫そうで、それを見て思わず笑みを零す私。

 息子達の小さい頃を思い出しますねぇ。


「よう頑張ったねぇ。さ、後はゆっくり休みんしゃい。ババは家の事をしてくるからねぇ。」


 毛布にくるめてやり、冷えないようにだけ注意してやります。


「さて――。」


 家事を済ませたら、あの子の名前を考えてやらないとですね。

 そうそう、それに、あの人への報告もしましょう。


 新しい家族が出来ましたよ、とね――。







 仏壇へと手を合わせて、報告を済ませます。

 今、あの人は、あの世でどうしているでしょう?


「新しい家族が出来たんよぅ。可愛い子でねぇ、猫の耳と尻尾が生えた、人みたいな子なんよぅ。」


 けれども、子猫。

 可愛くて、不憫で、一生懸命な子猫。

 生まれたばかりの命です。

 それが失われないようにと、ただ手を合わせて、


「見守ってやって下さいね、あなた。」


 仏壇へと向けて、祈ります。







 子猫にはチィちゃんと名付けました。

 小さくて可愛らしいから、チィちゃん。

 トイレも自分ではまだ出来なくて、ティッシュを押し当てて刺激してやり、排泄を促してやります。


「みいいいいい!」


 嫌がりますが、とても必要な事。

 自分ではまだ出来ないのだから、私がしてやらなくてはなりません。

 そう、息子達に言われました。


「さぁさ、出しておしまい。お腹スッキリしなきゃねぇ。」

「みいいいいいい!」


 だからこそ、嫌がっても止めません。

 糞詰まりは命に関わると聞きましたからねぇ。

 出すまでは、この手は決して緩めませんよ?







 子猫の仕事は寝て食べて大きくなる事。

 しかし――この子は、果たして大きくなれるでしょうか?

 母猫から育児放棄され、捨てられるのも時間の問題だった子。

 偶々気付いたから良かったものの、しかし、このまま育てて行くには些か不安です。

 私ももう高齢に差し掛かる歳。

 果たして、この子と一生を過ごせるでしょうか――?


「出来るだけ、共にはいたいけども――。」


 それは果たして、何時まで、可能なのかしら?







「――心配ならうちで引き取るよ、母さん。」

「そうは言うけどねぇ――。」


 電話越しに話すのは、息子の一人。

 未だに独り身を満喫したいと言って、彼女の一人も作らない末っ子です。

 けれども、この子が一番確りしている。

 その末っ子が引き取るというのなら、最終的には任せてしまっても良いでしょうか?


「安心しなって。ミルクもトイレも大丈夫だったんだろ?後は病気と腹に虫を飼っていないかにさえ気を付けていれば、スクスクと育つって。」


 軽い調子で返してくる彼に、私はそれでも不安が拭いきれません。

 急死しないとは限りませんからね、ええ。


「そういうものかしらねぇ?どうにも人間相手じゃないから、不安になるのよ。」


 内心を吐露すると、


「どうしても気がかりなら、近所の獣医に見せなよ。あそこは確か評判が良かったはずだから、悪いようにはしないだろ。」


 返された言葉に、思わず目を瞬かせます。

 じゅうい?評判が良い?


「お医者様の事かしら?」


 尋ね返して見ると、


「そう、動物専門の医者だよ。まだそっちにあるだろ?」


 言われて、電話帳を取り出します。

 ええ、ええ、ありました。ありましたとも。


「ここに連れて行けばいいのね?」

「そうそう、今日はもう遅いから、明日にでも連れて行くと良いよ。予防接種とかもしなきゃだし、予約を朝一で入れると良い。」

「まるで人間みたいねぇ。」


 そう言えば、


「人間だって動物だろ?似たようなもんだって。」


 電話越しで、末っ子が笑い出しました。

 それを聞いて、少しだけ不安が紛れたような気がします。


「そうね。そうかもしれないわね。」


 考えてみれば、息子達は私が育てたのですから、例え子猫が相手でも、無理という事も無いかしら?

 そう思ってみれば、少しだけ不安が晴れるかのよう。

 翌日、私は早速予約の電話を入れるのでした。







「みいいいいい!」


 と、チィちゃんが鳴けば、


「あわわわ。」


 思わずあたふたとしてしまいます。


「みいいいい!」


 そんな中に再度聞こえてくる鳴き声。

 思わず立ったり座ったりするものの、

 

「ああ、チィちゃん……。」


 私に出来る事は何もありません。

 ただ、お医者様の診察結果が出るのを待つばかりです。

 それに、


「みいいいいいい!」


 非難するかのように鳴き叫ぶチィちゃんに、始終あたふたするのでした。







 獣医として開業して、早十数年。

 月日が経つのは早いもので、気付けば毎日が仕事の日々だ。

 そんな中かかってきた、一本の電話。

 何でも子猫を拾ったは良いが、不安だと言う。

 何が不安なのか当人も分かっていない様子だったので、とりあえずは連れて来るようにと伝えたところ、朝一でやって来た。

 ただ、


「――猫?」


 連れ込まれたものを見て、私はしばし、思考を停止させた。

 どこからどう見ても幼女だ。

 年の頃なら、三歳程だろうか?

 艷やかな黒髪に、ピョコンと飛び出した三角の耳。

 子供服の裾から伸びるのは、細く長い黒の尻尾。

 ――コスプレか何かだろうか?


「子猫ですよ、チィちゃんと言うんです。」

「はぁ……。」


 そんな幼女を前にして、力説するは高齢に差し掛かった女性。

 だがしかし、待って欲しい。

 どうにも呆けたお婆さんのようにしか思えないのだ。

 何せ、ここは動物病院。

 この為に、子供は小児科へと告げても「この子は子猫なんです!」の一点張りで返されて途方に暮れてしまう。

 しょうがないので、診察室の中にある台へ乗せてもらった。

 そうして、とりあえずは耳を外すかと、髪の中を漁ってみる。


(――無い?)


 だがしかし、幾ら探してみても、耳の付け根を留めるピンだとか、カチューシャだとか、そういった類が一切見当たらなかった。

 思わず、耳を裏返して中を覗いて見る。

 そこには――見事な耳穴が空いていた。


(ナニコレ。)


 思わず固まる私。

 そこに、老婆が詰め寄ってきて、どこからか流れてくるニュースの声が耳に入ってきた。


「何処か悪いんですか?やっぱり、何処か悪くて、駄目何ですか?」

《――にて観測された擬人化ですが、世界規模に広がりを見せつつあり、現存の猫と擬人化した猫の保護を求める団体が各地で――。》


 聞こえてくる声に私は呆然とし続ける。


 な に こ れ 。


 いやもう本当になにこれ状態ですよ。

 現存の猫?擬人化した猫?いったい、どこのラノベですか?


「先生?先生?」


(理解できません。)


 その後も聞こえてくる声と、ニュースの声に私の意識はあらぬところへと旅立ち、再起動するまではかなりの時間を要したのだった。







 動物病院で「多分大丈夫」と告げられ、結局は不安が消えないままに帰宅しました。

 ですが、


「ほーらほら、ねこじゃらしですよ~。」


 左右に振ってみせたねこじゃらしに反応して、一生懸命手を伸ばす姿には何も心配が無さそうです。

 元気いっぱい、しかしヨタヨタとじゃれついては、偶に転げて目を丸くします。


「ふふふ。」


 なんて楽しいのでしょう。

 なんて愛らしいのでしょう。

 あの時、手を差し伸べて良かったとさえ思えます。


「さあさ、もっと遊びんしゃい。」


 家事はこの子が寝ている間に済ませてしまいましょう。

 それ以外は、傍に寄り添ってあげるのです。

 母猫があげられなかった分、たっぷりの愛情を与えましょうね。


「チィちゃんは、私の娘。新しい、うちの子ですよ――。」


 浮気でもありませんし、きっと、あの人も許して下さいますよね?


 排泄を自分で行えないうちの子猫の場合、母猫が舐めてあげて刺激を与え、排泄を促しています。

 人間がなんらかの理由でそのくらいの子猫を飼う事になった場合は、ティッシュで出終わるまで刺激し続けてやる必要があります。

 でないと、毒素が体内に溜まって命を落とす事になるので、十分ご注意下さいませ。


 2018/12/11 ご指摘頂いた誤字を修正しました。超え→声。


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