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01 とある雄猫と幼児の場合

 肩を怒らせて塀の上を歩くは、一匹の猫。

 しかし、その姿は筋骨隆々とした逞しい筋肉を誇る、雄々しい人型の男性だ。

 ピンと立つ三角の耳は片方が千切れていて無く、片耳だけで彼は周囲の音を正確に読み取る。

 尾てい骨から伸びた尻尾はボサボサで、手入れらしい手入れも余りされていないが、野性味溢れる漢らしさが全身から滲み出ていた。


 彼は堂々と歩く。


 正確には、裸体で塀の上を。

 四足で、のしりのしりと歩むのだ。


「――にゃーっ。」

「ふにぎああああ!」


 ――ただ、塀の上で遭遇した、他の擬人化した野良猫達を蹴散らしながら、であったが。



 我輩は猫である。

 名は無い。

 ――何?

 我輩が他の奴に似ているだと?

 我輩程の雄猫が早々いるわけもないのに、その寝言――いい度胸をしている、表に出よっ。

 我輩必殺、猫パンチを浴びせてくれるわ!


「みぎいいっ!?」


 怒りに任せてベシベシと存分に猫パンチ食らわせた他所猫が、猛攻に怯んだか尻尾を巻いて逃げて行った。

 だがしかし。

 だがしかし、だ。

 ――それで終わるなら、縄張り争いはここまで激化等はせぬ!

 逃げ惑う他所猫を追い回し、散々にその恐怖を刻み込んでくれるわ!覚悟せよ!

 何処に逃げても無駄だ。無駄だ無駄だ無駄だ!

 例え隠れても、貴様の匂いはこの脳裏に既に刻んである。

 諦めて、ここから出て行く事だな――っ!


「にあああああっ!」

「ふぎあああああ!」


 睨み合い、取っ組み合い、そうして、縄張りから出たところで、ようやく我輩は追撃の手を辞めてやった。

 それから胸を反り、その逃亡姿を高みから見下ろす。

 我輩は勝者だ。

 実にいい気分だ。

 これに凝りたらもう来ない事だな!はっはっはー――はっ!?


「にゃああああ!」

「ふにあああああ!」


 新手(他の他所猫)か!?

 良かろう、相手になってくれるわ!

 我輩の暮らしは、日々、この闘争の中にこそあるのだからな――!

 覚悟せよー!



 我輩に名は無い。

 野良として生を受け、野良として生きる我輩に、そんな高尚な物等存在しない。

 家猫のように毎日餌を貰い、寝床を貰い、軒先を貸して貰えるような生き様はしていないのだ。

 故に、あるのは喧嘩と己の強さのみ。

 自らが持つ最高の武器であり最強の技は、噛み付きと脚力とこの鋭い爪による攻撃だ。


「ふーっ!」

「ぎにゃあああああ!」


 故に、我輩は常に戦うのだ。

 縄張りを賭け、食い物を賭け、飲水を賭けて。


「にゃああああ!」

「ふにあああああ!」


 ――時には、雌との交尾を賭けて!



 我輩は野良猫である。

 孤高の、一匹猫である。

 ――アプローチの仕方を間違えれば、結局は一匹のままである。


「にあああああ!」


 戦いに勝利したからといって、女神(雌猫)は決して微笑んではくれないのである。

 有り体に言ってしまえば、お預け食らって逃げられるのである!



 我輩は孤高の一匹猫である。

 気取っているわけではなく、本当に一匹なのだ。

 何せ、雄猫は必ず自分の縄張りを持つ生き物である。

 故に、他の猫は基本的には追い出すものと本能で決めてかかっている。

 しかし、その対象から唯一外れるのが、雌猫達だ。

 問題は、この辺りにやってくる雌猫達は、我輩を受け入れないという事。

 我輩は強い。

 しかし、モテない。

 故に、常に一匹なのである。


「にあああああ!」


 ――この姿となってからというものの、アプローチしても全滅だからな!

 なぜこうなった!?



「にゃー!」


 我輩を指して、何やら物申したい者がいるようである。

 見た目は、今の我輩に似ているような似ていないような存在だ。

 頭が大きく、歩くのもヨチヨチしている。

 無理せず四足になれば良いものを後ろ足だけで歩こうとする変な奴である。

 尻尾も無ければ、頭の上に耳も無い奇形なのである。


「にゃーにゃー!」


 ――それが、塀の上の我輩を指しては、しきりに物申すのだ。

 しかしながらも、いかんせん、何を言いたいのかは不明である。

 さっぱり分からないのである。

 なぜなら、


「うにあああ!?」


 我輩達猫は、別に言葉を交わせているわけでは無いのであるからな!

 鳴き声のイントネーションで、なんとなく理解しあっているに過ぎぬ。

 故に、この幼子の、


「にゃーん!」


 は、意味が分からないのであるぞ!?



 その日、とある家に変質者が現れたと騒動になった。

 結果的には逮捕ではなく捕獲される事となったのだが――それは、最近多い擬人化した猫の内の一匹だった。

 その猫は野良で、しかも筋骨隆々とした雄猫だった上、片耳は千切れてなく、もう片方の耳も頭髪に隠れて見えなかった。

 その上、尻尾が短すぎて擬人化した猫だと気付かれなかったのである。

 結果的に人間と間違われて捕獲された彼は、檻の中に入れられてドナドナ(保健所行き)されかけた。


「にぎあああああ!」


 その鳴き声は決して可愛いとはとてもではないが言えないし、どちらかというと騒音としか受け取れないもの。

 この為に、下手に数が増えても困るとばかりに、殺処分されかけたのだ(酷い)。

 しかし、捕獲された事でプライドが折れたのか、あるいは元々気が弱い性質だったのか、捕まってからは途端に挙動不審になり、怯えて固まってしまって震えだした。

 それを見た通報者達が、


「流石にちょっと、これは無いんじゃない?せめて、うちで飼いましょうよ。」

「そうだな、息子も懐いてるみたいだし――。」

「にゃーにゃー。」


 哀れに感じたらしく、変質者と勘違いしたその雄猫を引き取る事にした。

 そうして、引き取られた先の一軒屋。

 そこでは、


「にゃーにゃー。にゃー、にゃーにゃーにゃー!」

「ふにあああああ!」


 幼児と雄猫の間で、奇妙な会話が繰り広げられるようになり、連日その光景が繰り返されたという。



 我輩は家猫である。

 気付いたら捕まっていて、二度と縄張りへは戻れないのかと不安を抱えた、かつては野良だった家猫である。

 我輩は知っている。

 あの毛が無くてつるりとしている二本立ちして歩く生き物達に捕まると、二度と縄張りへは戻れない事を。


「にゃーにゃー。」


 そんな者達へと捕まった我輩が連れ込まれた先は、二本立ちして歩く生き物達の住処だった。

 そこは軒先等ではなく、雨も風も寒さも暑さも無い、何時でも餌も水も得られる、快適な空間だった。

 ――唯一つ、問題が無ければ、だが。


「にゃー、にゃーにゃーにゃー!」

「ふにあああああ!」


 この頭でっかちな奇形が、我輩の上に乗って来なければな!

 子供って無邪気ですよね。自分と同じくらいか、それよりも小さい相手でも上に乗りたがるから。それ、お馬さんじゃないからって言っても聞かないし、興味があると突進して行きやすい。

 当人達はマウントをとろうとかそういう考えはなく、本っ当に無邪気に「そこに山があるから登りたいの!」心理で乗っかるんですよね。

 そして、やられた方は迷惑そうにしつつも「くそっ、手が出せない!」って感じで逃げるかされるがままだったり。後者はもう「どうにでもして~」ってぐでーんってしてる事もあって面白い。


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