第8話 冒険者ギルド「中編」
受付カウンターは冒険者専用に二十席用意されていた。
春の訪れとともに隊商の護衛依頼が増えていることもあり、この季節は全てのカウンターが開いている。
商売繁盛、千客万来。
盛況なのは結構だが、盛況すぎて次々訪れる冒険者をさばき切れていない。職員総出でもこれなのだ。冒険者専用と銘打っても優先順があるのは致し方ないだろう。
例えば奥に用意された二席。
この席は先ほど目にした金髪エルフ女や巨漢男が利用しているVIP席。椅子と机に匠の技が施されていた。彫られているのは蛇や猫。冒険者は勇猛な意匠を好む。蛇や猫より竜や獅子のほうが好ましいが、生憎それらの意匠を平民が用いることは赦されていないのだ。竜や獅子は王者の意匠。誉れ高き竜殺しであろうとも、冒険者ごときが鎧や武器に刻むことは不可能だった。
ならば竜と獅子を、蛇と猫に置き換えてはどうだろう?
これは洒落を利かせたギルドなりの敬意の表し方なのだ。
一方、入り口付近の二席は簡素な造り。
見るからに初心者用と分かる席にアレンとレムが移動する。二人とも年若いけれど共に魔術師。「需要の大きい魔術師に対する評価として適当なの?」シオンの疑問にボルトは答える。
「あいつらはギルド付きの冒険者養成学園の生徒なんだよ」
「冒険者養成学園?」
「あの二人はギルドが奨学金を出しておるのじゃ。言うてみれば未来のギルド幹部候補生じゃ」
ボルトの言葉足らずをジャックがフォローする。
アレンとレムに冒険者養成学園入学を勧めたのはボルトだが、そのへんの裏事情まではフォローしないのは気遣いなのか判断しずらい。豪快が売りのドワーフには、この程度のフォローが限界なのだろう。
「冒険者養成学園は、貴族や豪農の徒弟が武芸や魔術の見識を深める場所だ。学園は正統派剣術を教えてくれる。また博識な魔術師と多数の蔵書を有しているから、見識を深めるには悪くない」
「悪くないってことは、良いとも言えないってことだよね」
目敏いシオンの指摘にボルトは舌鼓を打つ。
「――実践的な教育なのか、少し疑問はあるがな」
「駄目じゃん」
「貴族や豪農の連中と若いうちにコネを作るのは重要なんだよ。第一、無頼者まがいの人間が集まるギルドでは儀礼は決して身につかない」
「ふーん。色々考えているね」
「未来の選択肢を増やすことは悪いことじゃないさ。冒険者なんてヤクザな仕事はいつまでも続けられんからな」
首輪付きね、と思ったがシオンは言葉にしなかった。
首輪付きに二席も用意されている事から、冒険者養成学園に入学している若者はそれなりにいるらしい。未来のギルド幹部候補生の席としては簡素すぎるが、妙な特権意識を抱かないための措置なのだろう。
(まあ、僕には関係ない話だけどね)
シオンは残り十六席へ視線を移す。
「わあっ!」
シオンは思わず声を上げてしまう。
カオス。
あまりにカオス。
応対するギルド職員達の統一感がまるでない。髪の色、肌の色、服装、人種、民族、種族。共通項が一つも存在しなかった。人種のるつぼと称された某国でも、これほど極端ではないだろう。
たとえばダレイオス三世顔負けの巨漢男は、巨体に似合わぬ甘いマスクで応対する女性冒険者達を魅了していた。女性冒険者の蕩けるような眼差しから、イケメンは巨漢であっても問題視されないことがわかる。彼はその身体的特徴と金髪の髪から、北の大国アルテンブルクよりさらに北方に住む蛮族出身と思われる。
両隣には厳つい表情をしたドワーフと可憐なエルフの女性職員が座っていた。
ドワーフやエルフ程度で驚くなかれ、龍神族の少女が愛想よく対応している席もあった。少女の愛くるしいつぶらな瞳に惑わされてはいけない。龍神族は大陸最強種族と呼び声高い種族なのだ。万が一機嫌を損ねでもしたら、二度と朝日を拝めないだろう。ギルド職員が客である冒険者にそのような振る舞いをするとは思えないが、強面で鳴らす冒険者達が借りてきた猫のように大人しくしている様をみると否定できなかった。
アクイレイアに同族はいない。
そのためか龍神族の少女にボーイフレンドはいなかった。
大陸最強種族に恋愛感情を抱くのは、人はおろか勇猛で鳴らすドワーフでも敷居が高すぎた。
逆鱗に触れたがる馬鹿がいないのはありがたいが、近づいてくる異性がいないのも哀れであろう。
言語も統一性がなかった。
絶対多数は共通語であるロンデニア語を話すが、言語は個々人のアイデンティティーに関わる問題なのだ。強制はしにくい。特に北方系の人達は意地になってアルテンブルク語を使用していた。彼らの主張によればアルテンブルク語こそ洗練された言語であり、共通語としてふさわしいとか。
日ノ本出身のシオンには理解できない感情だが、誰しも譲れない一線があるのだろう。
異国情緒といえばそれまでだが、面倒な事この上ない。
いや、それだけならばまだいいのだ。
ターバンを巻いた男性は特に奇妙な振る舞いをしていた。彼は先ほどから一言も口にせず冒険者と応対している。よく観察していれば腕に巻いた麻布の下で握手をしながら応対しているのがわかる。指の動きでコミュニケーションを成立させているのだろう。取引所で見かける場立ちみたいなものだ。場立ちと違うのは麻布で腕を隠してる点。あれでは交わしている内容が第三者にはまったく読めない。漏洩を防ぐ知恵なのは分かるが、あれで会話を成立させるには相当の練度が要求されるだろう。
「いつまで眺めているつもりだ。見世物じゃないのだから早く席に移動しろよ」
「う、うん」
ボルトがシオンの肩を叩く。
受付カウンターのカオスさ加減に圧倒されたのか、シオンの返事にいつもの切れがなかった。
初見の客は大抵こうなのだ。
らしくないといえばらしくないが、ボルトは思わず笑みを浮かべてしまう。
「笑うことないじゃない、ボルト!」
「すまんすまん。シオンが年相応に見えて微笑ましかったのでついな」
「……そういうことならいいけど」
らしくなく拗ねるシオンがさらに可愛くみえたのか、ボルトは彼女の頭を撫でる。
髪が乱れるよとシオンは抗議をするが、ボルトは聞こえない振りを決め込むことにした。