第5話 検問所「後編」
シオン達を乗せた馬車は、アクイレイアの入口にある巨大な門に入っていく。
馬車が停止したところで二人の門番と監視官が近寄ってきた。ここからは依頼人の仕事。護衛であるボルトの出る幕はなく、余計なまねをせず大人しくしているに限る。変化に気付いたのか、先ほどまで会話に花を咲かせていたシオンとレムも静かにしていた。
「監視官様、御役目ご苦労様でございます」
「積み荷は?」
「ハムでございます」
監督官が木箱を開けると商人の申告通り大量のハムが大量の塩と一緒に入っていた。
「申告と違うではないか。この大量の塩はなんだ」
「鼠避けでございます」
「鼠に塩など効くのか?」
「なにもしないよりはマシでござましょう。あくまで念のためでござます」
「えらく経費がかかる念のためだな」
「このハムはアルテンブルク産の名品である白い塩を贅沢にすり込んだ高級品。万が一があればこちらとしては大損害でございます」
監督官は胡散臭そうに見つめるが商人は動じない。
「塩税回避ではないというその方の主張はわかった。して、荷主は誰だ」
「荷主は冒険者ギルドでございます」
監督官はそれとわかるくらい大きな舌打ちをする。
申告書を見直すと荷主は冒険者ギルドと確かに記載されていた。
「よかろう、通るが良い」
「ありがとうございます」
「ところで商人」
「なんでございましょう」
「やりすぎるなと荷主に伝えておけ」
「さて、なんことやら」
「必ず伝えるのだ、よいな」
「承知いたいました」
馬車はそれ以上咎められることなくアクイレイアに入っていく。
(ちっ、依頼人がえらく愛想がいいと思っていたが、塩税回避の片棒を担がされていたのかよ)
ボルトは依頼人がギルド関係者と聞いていなかった。この依頼はジャックが採ってきた仕事であるため身元確認もジャックに任せきり。不注意といえば不注意だった。日当銀貨三枚の報酬の他に、日に三度の食費と高級ハム三本の特別報酬付き。悪くない依頼料なはずである。
ボルトはジャックに厳しい眼差しを送るが、腐れドワーフはどこ吹く風。
塩税回避は本来御法度である。
罰金刑で済む筈がなく強制労働送りは免れないだろう。
ロンデニア王国は冒険者へ払う討伐報奨金の財源を塩税で賄っていた。塩は生活必需品であり、塩がなければ生物は生きていけない。財源として塩ほど適した商品は早々ないだろう。
塩税は討伐報奨金の財源であり、討伐報奨金はギルドを通して冒険者に支払われる。ギルドが塩税回避で利益を得たとしても、それは討伐報奨金として支払われるべき金額がまわってきたすぎない、とも解釈できた。
もちろん違法であることに違いはないが見過ごせない程の量でなければ、という条件付きで黙認されていた。
(博打に勝ったのだから文句はないだろう)
(そういう話しをしてのではない。俺が問題にしてるのは博打の勝敗ではなく一切相談していないことなのだ)
(文句があるなら監視官に訴えるがよいわ)
ボルトとジャックの視線が数秒ぶつかる。
溜息と共に妥協したのはボルトであった。ジャックの指摘通り監察官は塩税回避の不正はないと裁定しており、咎める道理など存在しないのだ。これではボルトは不満を飲み込むより方法はなかった。
馬車はギルドの裏手に回ると大きな倉庫の前で停止する。
ボルト達が降りるとギルド関係者が次々とハムが入っている木箱を運び出していく。黙って見ていると木箱はボルト達を乗せていた後方の護衛馬車だけではなく、先頭の馬車にも満載されていたらしい。
苦虫を潰すボルトを無視して、ジャックは依頼人と悪そうな表情で笑みを浮かべながら握手をかわしていた。
腐れドワーフはおつむのネジが緩そうにみえて、あれで案外しっかりしており、しかもそこそこ悪党なのだ。レムの指摘はある意味正鵠を射ており、ジャックはドワーフ限定だが女性にモテるのだ。
ボルトがジャックに言いかえせないのは、こういう背景があった。