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レムリアの大地 ~三十男と日ノ本娘~   作者: 大本営
第一章「アクイレイアへの道」
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第3話  護衛「後編」

 散々な旅だった。


 ボルトの人生において、これほど精神的ダメージを受けた旅があっただろうか。

 命と引き換えに苦労して手に入れた財宝を捨てて逃げたこともある。仲間だと思っていた奴から捨て石のような扱いをされたこともある。餓鬼の頃、親と一緒に北の大国「アルテンブルク」から逃げ出したときなど、それはそれは惨めな記憶だ。ろくな装備を持たずに雪深いポストゥミア街道を越えようとした郎党が一人また一人と倒れていく姿など、忘れようとしても忘れられない記憶だ。

 それでも、これほど居たたまれない旅は過去になかった。


「なあ、いい加減許してくれてもいいだろう?」

「反省が足りんわ」

「兄貴、全然反省してないよな」

「女の子を泣かせておいてその態度はなんですか! ボルトさん、貴方は反省が足りません!!」

 この始末。

 ジャック、アレン、レムはことあるごとにボルトを非難した。

 ジャックとアレンに非難されるのは慣れている。彼らのそれは非難もあるだろうが半分からかっているのだ。ネタにされるのは面白くないが、内に溜めこまれるよりはマシだ。

 男同士、奴らの意図は理解できる。


 だが、レムは違う。


 彼女は本気で怒っている。

 普段お淑やかな分、根に持っているのだ。

 ボルトが女性の扱いが苦手としているのもあるが、少女相手というのもよくない。年頃の少女から事あるごとに冷ややかな視線を浴びるなど、その手の嗜好を持つ奴以外拷問である。

 これが想像以上にキツかった。

 逃げ出したい。

 消えてしまいたい。

 だが、できない。

 いまは馬車の護衛中。

 それはできない、できないのだ。

 否が応にも四六時中顔を突き合せる。しかも護衛中だから酒に呑まれてストレスを発散できない。

 ボルトの精神は兵糧攻めを受ける城兵のようにガリガリと消耗させられた。

 春の陽気も心地よい風も消耗させたボルトの精神を癒すことは叶わなかった。


「流石に許してやってもいいかのう」

「そうだよ、姉ちゃん」


 日々弱っていくボルトの窮状を見かねたのか、ここ数日はジャックとアレンもフォローにフォローに回っていた。奴等が焚きつけた面もあり些か本末転倒であるが、味方がいないよりはマシである。

 あるいは窮状を見かねたのは彼らではなく依頼人のほうかもしれない。

 ちょくちょく護衛のボルト達に慰労の言葉を駆けていた依頼人は、ボルトが不用意な発言をしてから姿を見せないのだ。空気が悪くなったのを敏感に察しただろう。流石商人。場の空気を察するのは相場の流れを読むのと相通じるのかもしれない。

 影が薄い40過ぎの気のよい依頼人。

 護衛達にも色々気を使うまめな性格のようだが、なぜか印象に残りにくい四十男。不器用で強面の女日照りとからかわれるボルトとは正反対の人物である。一度も描写していないのは面倒だとか書き忘れたとかではなく、依頼人の影が薄いことを強調した結果なのだ。


「――レム悪かった、悪かったからもう許してくれないか」

「……シオンが許すなら」

「いいよ♪」

「「「あっさりかよ」」」

「じゅうぶんボルトは反省したし。いいじゃない、レム」

「無理に許さなくてもいいのですよ、シオン。チョロイ女と思われて痛い目にあうのは、いつも女なんです!」

「「「それはない」」」

このときばかりは男共は意見が一致した。


(貸しだよ、ボルト♡)

(わったよ)


 耳元で囁くシオンの甘い声色は疲弊したボルトの精神を癒す。それが女性が放つ魅惑の罠とわかっても、悪い気がしないのは男性の性なのだろうか。十四、五の小娘に癒されている点に気付けていないのは、それだけボルトが疲れているからだった。


「レムのもうこの件はぶり返さない、いいよね」

「わかりました」

「そうだぜ、姉ちゃん」

「アレンも少しいじくりすぎ」

「まったく困ったじゃわ」

「ジャックもだよ」

「ワシはなにも悪くないぞ」

「良いとか悪いとかじゃないの。いい三人共?」

「わかったよ」

「しかたないのぉ」

「助かったぜ、シオン」

「もっと僕に感謝していいよ、ボルト♪ これにて一件落着、今日も御江戸は日本晴れ」


 御江戸とはどこだよ、日本晴れってなんだという皆の声を一切無視して、シオンの裁きは終了した。

 その笑顔が余りに快活なので、釈然としていなかったレムの表情にもようやく笑みがこぼれる。レムだって怒っていたのに疲れていたのだ。それでもこだわっていたのは、シオンが涙をみせたからなのだろう。


 バツの悪いボルトはシオンの頭をくしゃくしゃに撫でる。

 髪が乱れることに抗議するシオンの声は聞こえない振りで誤魔化した。

 シオンに対する疑念は未だ残るが、「こいつは悪い奴じゃないと分かっただけでも十分じゃないか」と自分を納得させた。

 やや誤魔化された気がするし、要らん貸しをつくったような気もする。

 結局、シオンの掌で転がされた気もしないでもないが、あの笑顔の前にそのような疑念を抱くのは野暮だろう。

 馬車の空気が変化したのを察した依頼人が、茶菓子を手に様子見を来たのはこれから直ぐのこと。



 馬車はもう間もなく植民都市アクイレイアへ辿りつこうとしていた。


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