第1話 護衛「前編」
詩音とボルト達の激闘について語る前に少しばかり時間を遡る。
それはある日の出来事。
ボルト達を乗せた馬車はアクイレイアの街を目指していた。
馬車を覆う幌は側面からの日差しを遮るが、前方と後方にある出入り口は空いたままになっていた。体力を奪い取る真夏の日差しと違い、春の日差しは実に心地よい。ここ数日は快晴続きもあり路面状態も良好。これに適度に吹く穏やかな春風が重なれば心地よさは格別だった。
「ある意味拷問だな」
「そうじゃのぉ」
歴戦の冒険者であるボルトやジャックは睡魔に耐えているが、パーティー最年少であるアレンは舟を漕いでいる。レムのほうは舟こそ漕いでいないが瞼が半開き状態。姉としての自覚も睡魔に勝てないらしい。
キャラバンの護衛としては問題のある態度だが、強力な魔物や盗賊が出没する峡谷を抜けたことで緊張感が切れたのだろう。
困ったものだ。
護衛対象である商人が同乗していればボルトも注意したのだが、幸い依頼人は同乗していない。代わりに空いているスペースに多数の商品が積まれたが、そのくらいは仕方ないだろう。
キャラバンには前列と後列に護衛を乗せた馬車が配置されており、ボルト達は後列に配置されていた。前衛に配置されなかったのは戦力として軽く見られたのか、殿という大役を任せれたと判断するかは難しい。
依頼人の思惑は不明だが、山場を越えたと思っていいだろう。
雪解けと共に多数の隊商がアクイレイアへと移動を開始する。
ボルト達が抜けてきた峡谷は、アクイレイアと辺境諸都市を結ぶ重要な街道「ポストゥミア街道」の途上にあった。辺境諸都市は豪雪地帯に存在しており冬期間の移動は困難になる。魔術が発達しようとも人は季節の変化に従う定めにある。雪解けと共に多数の商人達が街道を行き来するのは春の風物詩だった。
春の到来は同時に冬眠を終えたならず者達が姿を現す季節でもある。商人にとっては迷惑な話だが、おかげで冒険者はこの時期飯の種の困らない。
社会とは上手くできているものだと、ボルトは暇つぶしに考えていた。
「しかしこのハムは美味いのぉ」
ボルトの思索は美味そうにハムを頬張るジャックによって中断された。
「少し喰いすぎじゃないか」
「三つまでは食べて構わん、と商人も言っておったではないか」
「腐れドワーフは遠慮という言葉を知らないのか」
「我らがドワーフの辞書にそのような文字はない」
「胃袋、の間違いだろ」
「巧いこというではないかジャックよ。ガハハハッ」
ボルトの指摘する遠慮は依頼人にでなく、レムとアレンに対してのだが、舌鼓を打ちながらハムを頬張るジャックは気付かない。三つあったハムの塊は既に一つジャックの腹に収まり、二つ目も残り半分しか残っていなかった。
「美味いものを喰う、そのどこが悪い」
「美味いの認めるが……」
美味そうに食べるジャックの仕草に耐えきれず、ボルトも半分しかなくなったハムに手を伸ばす。
ボルトの行為に対して、意外にもジャックは邪魔をしない。喰い意地の張ったドワーフらしからぬ行動。
しかも頬を歪めながらボルトに差し出してくるではないか。
(これでお主も共犯者だのぉ)
(わっているよ、相棒)
哀れ。
姉弟の取り分は残り少ない。