第12話 ランク試験「その参」
ドクン、ドクン、ドクン。
アレンの鼓動が、緊張と不安で加速する。
はあー。はあー。
深呼吸しても鼓動は止まらず、体中から脂汗が溢れでる。
嫌な汗だ。
「アレン、勝ったら今日の晩御飯はご馳走ですよ!」
「そうだよ。負けたらご飯抜きだって♪」
「酷いです、シオン。私はそんな酷いことは言っていません!!」
空気を無視したシオンとレムの黄色い声。場にそぐわない歓声も、滑稽すぎるとむしろ微笑ましい。試合を注目していた挑戦者たちは面白がって笑い出す。「姉さん、止めてくれよ!!」とアレンは叫びたかったが、彼女達の声援は止まらない。モグル応援団に負けないとばかりに、さらに声を張り上げていた。
大体、シオンは次の対戦者じゃないか。
遊びじゃない、ランク試験なんだぞ。
ギルドの登録したばかりだから、その意味を理解していないのはわかる。でも、だとしても、あの女には緊張感がなさすぎる。道場に入ってきたときは、打ち入りでもするような剣幕だったのに。いまでは馴染みのギャラリーみたいだ。
あの切り替えの早さには感心するよ。
馬鹿じゃないのか、あの女?
いつの間にか、アレンに笑みがこぼれていた
そのせいか硬さがほぐれ、止まらなかった脂汗も鎮まっている。
アレンの変化を察したのか、モグルも笑みを浮かべた。
「――漢の顔だな」
「身内が邪魔をして悪かった」
「――良い姉達だな」
◇
「始め!」アレン右手の片手剣に模した木刀を、左手に小さな木製の盾を構えた。
二人の得物は異なるが、共に右構えの相四つ。
どちらが有利でもないが、どちらが不利でもない。
アレンの構えは定石通りの中段。
攻防のバランスに優れた中段を採用するものが多い。
よく言えば安定、悪く言えば無難。
それだけに隙が少ない。
しかし、モグルは躊躇せず上段に構えた。
「また馬鹿の一つ覚えの上段か!」
「蛮族は知恵が足りないから、それしか知らないんですよ」
「盾剣相手に嘗めやがって」
「蛮族の癖に、火の構えなどと生意気な!」
好き勝手な罵声も二人の耳には入らない。「暴風の前に一人立ってのは、こんな感じかもしれないな」などと、感慨に浸るのは後になってから。モグルの目にはアレンしか映らない。相対するアレンに、なにかを考える余裕はなかった。
恐怖や焦りからではない。
加速度的に増していくモグルの気迫がそうさせるのだ。
いまのアレンには分かる。
対戦者達が感じていた圧の凄まじさを。アレンにはモグルが右手にする丸太が、巨大な大剣にみえるのだ。あれをまともに受けてはいけないと、本能が訴える。
引くか?
逸らすか?
いや、引いてはいけない。
直線的に攻めてくる相手に対して、引くことなど下策。前進は後退より早く動ける。人は、いや生物はそのような造られているのだ。ボルトにくどいほど指摘された教えを、アレンは思い出す。
引けないならば、逸らすしかない。
ズルリ、ズルリ。
モグルから見て右へと、すり足で移動する。
初太刀が届くか、届かないかの間合いの差。
モグルが大きく踏み込めば、リーチ差で当たるかもしれない。が、もし外れれば懐へ飛び込まれ、逆に一撃を喰らう。かもしれない。そう思わせる絶妙な距離を、アレンは維持し続けた。
あの盾が邪魔だ、とモグルは思わず舌を打つ。
先ほど戦った双剣使いのように、得物を叩き割るには硬すぎる。牽制になればいい、などというのは甘い考え。下手で打ち込めば簡単に受け止められ、切りかえしを喰らう。そのイメージしか、モグルは浮かばなかった。
やり難い。
モグルがいままで対戦した相手は、皆正面からぶつかってきた。彼らは皆侮りがたい対戦者だったが、自らの技を出し尽くしていたようにも思えなかった。どこかでモグルを侮り、蛮族を一蹴してやるという想いが剣から滲み出ていた。
だが、アレンの姿勢に侮りはない。
得難い対戦者に巡り合えたな、とモグルは笑みを浮かべる。
アレンを追いかけるように脇へと移動するが、足運びはどうしてもぎこちない。左へ右へと動く都度、床から足が離れる。足の指で床を握りしめるなければ、強く打ち込めないとわかっている。わかっていてもアレンのようには、モグルは上手く足を運べない。これが我流で剣を磨く者と、正統派剣術を学ぶ者の差なのだろう。
モグルの姿勢が崩れた隙を、アレンは見逃さなかった。
左手に持っていた盾を、投げつけてきた。
意表をついた行動に瞠目する。
正統派剣術はどこにいった?!
モグルの混乱など、アレンは気にしない。
アレンは空いた左手を右に持つ木刀に添えると、燕のような素早さで間合いを一気に詰める。
顔面に迫る盾をモグルは丸太で払い落す。顔面で受け止める対応も一瞬よぎったが、流石に無理だと判断する。
丸太で払うことで空いた胴を目がけて、アレンは突きを放つ。
退路を断った必殺の一撃。
鬼神といえど回避できまい。
木刀の先は血で滲む。
アレンは勝利を確信したが、その木刀はなにかに当たって前に進まない。それだけモグルの腹筋が固いのだろう。「熊か、あいつは」などと思いながら視線を上げる。
そこには信じられない光景があった。
素手で受け止められている?!
モグルは咄嗟に丸太を片手で握り替え、空いて手で受け止める戦術に切り替えていた。事実を語ればそれまでだが、突きを素手で掴み取るなど人間の成せる技ではない。
己の理解を超えた現実に、アレンの思考が停止する。いや、思考を停止させられた、というべきか。投げつけられた盾を払いのけた丸太の切り返しを受けて、アレンは道場の壁に吹き飛ぶ。
側頭部への直撃を受け、白目をむくアレン。
誰もが勝負ありと判断したが、モグルは止まらない。マシラのように駆け、距離を詰め、止めを刺そうと丸太を振り上げる。
これ以上やれば、間違いなくアレンが死ぬ。
道場に居る誰もが理解できたが、モグルの気迫、いや殺気に身が竦み身体が動かなかった。
「止めてェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!」
レムの必死の声もモグルのは届かない。
ガッッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
無慈悲な一撃は、大きな音を響き渡らせた。いや、鈍い音を響き渡らせるはずだった。
「お兄さん、そいつはやり過ぎじゃないかな」
モグルの丸太は、寸でのところでシオンの薙刀に受け止められていた。丸太を受け止める薙刀を押し切ろうとするが、壁にぶつかったように動かない。
「どうやって止めた」
「知りたい? 知りたいよね?」
目をぎらつかせ、呼吸を乱す様は正に蛮族。だが、それでもシオンの問いに頷く。
「意外にも素直な反応だね。もしかして傷ついた獲物より、僕に興味が出た? みたいな」
「女に興味はない」
「じゃあ、男の方に興味がある人? 僕、そういうのはちょっと」
「――俺の部族の教えに、強者の言葉には素直に従えとある。そしてお前の方は、恐らく強者。それだけの話しだ」
「そういうことが聞きたいんじゃないだけど。まあいいよ。なら、アレンに止めを刺すなんてケチなこと言わない。いいよね♡」
「……わかった」
「言っておくけど、僕は君が考えている以上に強いよ」
シオンは、丸太を受け止めていた薙刀を戻す。
小生意気な小娘に斬りかかりたい衝動に襲われたが、つけ入る隙がなかった。
アレンにとって初のランク試験は、このようにして幕を閉じる。
もっとも、彼が自らの敗北を知るのは三日後のことだが。




