第11話 ランク試験「その弐」
二人の男が、板張りの道場で対峙していた。
一人はアレン。
その体は見るからに硬い。
緊張からなのだろうが、硬い硬すぎた。それも無理もないかもしれない。アレンにとって今回のランク試験がデビュー戦なのだから。だが、脇で試合を観戦しているシオンが心配する程となると、些か度が過ぎている。
「これじゃ、持っている能力を発揮しきるのは無理じゃないかな」と、シオンは思う。「まあ、相手があれじゃ仕方ないけど」と呟きながら、残る一人に視線を向けた。
対戦相手は、身の丈2メートルはあろう大男。
大男の名はモグル。
その身の丈と金髪碧眼の端正な顔立ちから、北の蛮族が出自とすぐ分かる。
彼はランク試験を、三連続で勝利している剛の者だった。
「――すまない、代わりをくれ」
「お替り自由の食堂じゃないんだ。もう少し大事に扱えよ」
試合の度に得物を壊されれば、アレンでなくても嫌味の一つくらい言いたくなる。
もっとも、それらはアレンの所有物ではないのだが。
「――すまない」
「いや、悪いと思っていればいいけどさ」
図体には似合わぬ素朴な態度に、嫌味を口にしたアレンのほうが調子を狂わされる。
意図したなら、大した試合巧者だ。
「モグルさーん、こっち向いて!」
「きゃっ、目が合った♡」
「なによ、私と目が合ったのよ!」
「私よ!」
「うるーせ、女ども!!」
「なによ。嫉妬は醜いわよ」
「――すまない。対戦者の迷惑になるから静かにしてくれ」
「はい♡」
女性陣の熱狂的な声援と、男性陣の醜い嫉妬はモグルの試合の名物だった。
その名物も、モグルの一声で道場に静寂が戻る。
女性陣に対するそっけない態度は、アレンに対するそれと変わらない。にもかかわらず、彼女達の眼差しに失望や嘲りはなかった。
あれではまるで恋する乙女ではないか!
馬鹿力が自慢の蛮族の分際で、独り占めなど生意気な!
これでは男性諸氏が、嫉妬で猛り狂うのも無理がなかった。。
そのモグルが手にする得物は、木刀とは名ばかりの丸太のような得物。
重心のバランスを無視した造りで、無暗やたらに重い。とても試合向きとは思えないが、それもそのはず。道場師範であるサムライマスター・ノブツナが、腕力強化も兼ねた素振り用に用意した代物なのだ。
当たれば威力は大きいが、好き好んで試合で選択する者など普通いない。稀に腕力自慢の冒険者が、「通常の得物では軽すぎる」と、うそぶいて選択する程度。
好んで選択する馬鹿などいない筈だが、イケメンは例外的な存在なのだろう。
◇
ヒュッ!、ヒュッ!、ヒュッ!
モグルが数度軽く振うたび、切り裂かれた空が悲鳴を上げた。
ちっ。
アレンは思わず舌打ちをする。
重低音なら「所詮は蛮族だよな」と嘲笑できたが、現実は逆。怪力馬鹿のトロールが、実は剣豪だったのと同じくらいの悪夢だ。初のランク試験としては最悪のマッチメイクに、アレンは思わず勝負を投げ出したくなりそうになる。が、ギリギリのところで、逆境についてのボルトの教えを思い出す。
「最悪な状況なんてのは、案外そうないんだ。絶対的に不利と思える状況でも、一つか二つくらいは自分に有利な状況があるものさ。本当の最悪ってのは、自分の有利がなにかを考える余裕がなくなっているときだ」
自分に有利な状況などあるのだろうか。
身長や力腕力、力量に置いても、モグルはアレンを上回っているようにみえる。
いや、二つあった。
一つはモグルが連戦である点だ。
蛮族であるモグルは、人であって人であらぬ存在。並みの常識は通じないだろうが、それでも初戦よりも落ちていることだけは間違いない。一戦や二戦ならまだしも、四戦もしていれば連戦の疲れが出ない方がどうかしている。
一方、アレンは万全な状態。
これは大きなアドバンテージだ。
もう一つの有利な状況は、この場が戦場ではないこと。
敗北=死を意味しない。
圧倒的な実力差がある状況では、無視できないアドバンテージだ。「もっとも腕の一本くらいは覚悟するしかないけどね」と、アレンは自分を納得させた。
一方で、「腕一本で済むなんてあるわけがない。甘いよ、甘すぎるよ」と、心の闇が囁く。
そう、最初の対戦者は、モグルによって肩の骨を砕かれたのだから。
地方領主の三男坊だった最初の対戦者は、「蛮族ごときなにするものぞ!」と意気込んだが、口上を述べる間に一撃を喰らって倒された。
幸い砕けた骨は治癒の魔法ですぐ処置されるが、プライドの方は砕け散ったかもしれない。
それほど無様な負けっぷりだった。
哀れといえば哀れ。
もっともみるべき点がなくもないよね、とアレンは思う。ほぼ無防備状態だったにも関わらず、三男坊はなぜか生きているからだ。とっさに回避したのならば、僥倖と言っていいだろう。
少なくともアレンには同じ真似はできない。
その意味では、三男坊に剣の才能はあったのかもしれないが、傍目には無様な負け姿としか映らないのも、また事実である。
二番手となった双剣使いは、俊英で知られた逸材だった。
双剣使いなら蛮族など一蹴できると、誰もが期待した。期待違わず熱戦となり、打ち合いは十数合にも及んだ。
双剣使いは、モグルの正面に立つ。
手にした小太刀サイズの木刀で丸太の一撃をいなし、残る片手で胴を薙ぎ払う作戦だった。小太刀と丸太では長さが違う。一見すると小太刀が不利に見えるが、重すぎる武器を振り続ければ、どこかで無理が生じる。モグルの馬力がどこまで続くか未知数だが、先に隙ができるのはモグルだと判断したのだ。
あのような丸太を振り続けられるわけがないと、どこかで侮ったのかもしれない。
だが、それは裏目となる。
モグルは疲れず、態勢も崩さない。
いなされた丸太は跳ぶように跳ね上がる。
双剣使いは残していた小太刀で胴を薙ぎ払おうとしていたが、咄嗟に距離を取った。
両者の間合いは一旦外されたか?
いや、モグルの動きは止まらない。
態勢を極端に前へ倒すことで、外された間合いを相殺する。
カッッッッン!
必殺の一撃と思われたモグルの一刀だが、双剣使いはどうにか防ぐ。瞬時に小太刀を交差させた技と判断は、見事だろう。だが、二刀とも防御に回した代償は大きかった。モグルの一撃をまともに受け止めたことで、二刀ともひびが入ったのだ。
一刀で凌ぎ続けたら、いずれ確実にたたき折られる。
双剣使いの額を、冷や汗を流れ落ちる。
対戦者の心が折れかけたところを、モグルを見逃さない。
先ほど程よりも、より速い打ち込む。それすらもいなされるが、丸太は構わず跳ね上がった。加速する、加速し続ける。疲れを知らないかのようなモグルの連撃は、一刀ごと、確実に小太刀を摩耗させた。
そんな状態で十数合も凌いだ双剣使いは、たしかに俊英の名に相応しい。
だが、最後は泡を吹いて倒れた。
あの丸太の一撃を脳天に食らえば仕方がないが、モグルの闘いに寸止めの文字はなかった。
三番手となった騎士崩れの有様など――否、あれは思い出したくもない。
例え敗れようとも、それだけは回避しなければと思うアレンであった。




