第10話 ランク試験「その弌」
「登録は終えたし、僕はもう行くね」
「また来い、シオンよ」
「いいよ♡」
シオンの無垢な笑みに、ガゼルは頬を緩めた。
(柄にもない態度をとったものじゃ。あるいは、これが孫を持つという感情なのかもしれんな)
強面で鳴らすガゼルでもこれなのだ。男性冒険者達が毒気を抜けれるのも無理がなかった。
冒険者ギルドは荒くれ者が集う男性社会である。
男性社会であっても例外は存在する。ボルトに気があるパワー系女子や、男共を手玉に取る金髪エルフ女のような女傑達がそれだ。だがあれは異性であることを武器にしており、少女あることを武器にするシオンとは別の存在である。年端もない少女を虐げる嫌な大人に、好き好んでなりたい者は稀なのだ。
(着眼点は悪くないが、果たしてそう上手くいくのか?)
ガゼルはいらぬ心配をしてしまうが、その心配自体がシオンの思うつぼなのだ。
分かっている。
分かっていても、一度気になったらどうにもならない。
だからなのだろう。
「また来い」などと声をかけてしまうのは。
シオンが席を離れようとしたとき、彼女が背中に背負う薙刀がガゼルの視界に入る。
驚きのあまりガゼルの瞳孔が大きく見開かれた。
無理もない。
その武器は刀身の長さだけで九十センチもあるのだ。柄を含めれば二百十センチを超える化け物じみた得物。しかもシオンはそれを苦もなく背中に身に着けている。
(なぜ、ワシは気付かなかったのだ? 否、気付かせなかったが正しい、のは分かる。背筋がしゃんと伸びているため、武器の重量を感じさせなかったからだ。刀身だけで一般的な冒険者が好んで武装するロングソードとほぼ同じ長さ。とても十四、五の小娘が持つ得物とは思えん。だが、事実は事実。あまりに様になっとるから異様と認識できんとは!)
ガゼルはさりげなくシオンの手を確認する。
寒気すら覚えた。
(どちらの手も真っ白だと?! 相当な手練を積んでいるはずなのに、その痕跡が刻まれておらん。信じがたいが事実は事実。貴族や商家の娘共の手と同じ――あるいはそれ以上に綺麗な手でないか。あれはまるで生まれたての幼子のような手じゃ。そんな手で化け物じみた得物を振るうとはな。恐らくシオンはある種の化け物。これほどの存在ならば、ランク外程度の試験は楽に通過するだろう)
ギルドに所属する者は全てギルドカードの携帯が義務付けられていた。
そのカードには登録者の氏名と共に、冒険者ランクが記載されている。冒険者ランクはFから始まり、E、D、C、B、A、Sと上がる。Sランクは特別枠。英雄的行為をした人物に下賜される。
だが誤解してはならない。Sランクはサーのような名誉称号では決してないのだ。冒険者はどこまでいっても冒険者。最高ランクを得ようとも、即身分の上昇を保証しなかった。
レムリアの社会は、基本的に封建制度で成り立っている。
多少は身分が昇格する余地は残されているが、その機会は多くない。農民の子が騎士になるには、まず従者となることを認められなければならない。少数の従者が盾持ちに昇格し、さらに見どころのある者が下級騎士に昇格する、こともある。
騎士に比べれば冒険者の方が道としては広いだろう。冒険者でも富と名声を得ることは可能なのだ。だが騎士と異なり、冒険者はどこまでいっても冒険者。誉れ高き竜殺しになろうとも、その証を鎧や武器に刻むことは許されなかった。
騎士は選ばれた身分なのだと思うかもしれないが、それも誤解である。騎士などは貴族社会の底辺である。野蛮で粗暴な使い魔くらいに認識されている。かつて武士が宮中の貴族から足ざまに扱われたように、騎士もまたそれに近い身分でしかなかった。
そして冒険者は、その騎士よりもさらに格下な存在。
いや、格下の表現は正しくないだろう。
下層階級が就く野蛮な職業。
血と肉片に塗れた荒くれ者。
これ正しい認識である。
シオンのような少女が好き好んで就く職業では決してない。しかし、女がつける仕事は限られる。まともな職業といえば家政婦、針仕事、物売り、尼僧くらいだ。レムのように魔術の才があれば、もう少しマシな未来もあるだろう。だが彼女のような存在は例外中の例外。花売り少女が別の花も売っていた、など割とある話しなのだ。
それらに比較すれば、女性冒険者は卑下される職業とまではいえないだろう。高名な女性冒険者と物好きな貴族や商家の息子が結婚し、寿退社ならぬ冒険者家業を引退というケースもままある。物好きは言いすぎか。多くは仕事で親密になった男性。謂わばビジネスパートナーであり、ウィンウィンの関係なのだ。
シオンのように腕の立つ美しい少女は有望株だろう。
それが幸多き人生なのかは、気の持ちようである。
シオンの未来がどうなるか?
それは神のみぞ知るとして、彼女には目下のところ明確な目標がある。ギルドに所属したばかりの冒険者には、実はギルドランクが与えられていないのだ。シオン達はいわば見習い冒険者。半人前の見習いなのだから一人で依頼を受けることはできず、ランク保持者の同行ないし保証が必要とされた。
ギルドが提示される条件をクリアして、初めてFランクが交付される。
回り道と思えるかもしれない。
だが、想像してみてほしい。昨日まで身元が不確かな者達が、「おれたち冒険者です」としたり顔でキャラバンの護衛される光景を。依頼人を申し出た商人に立場になれば、すこしは彼らの気持ちが理解できるだろう。
冒険者とは下層階級が就く野蛮な職業であり、血と肉片に塗れた荒くれ者なのだ。腕は立つかもしれないが、人格破綻者かもしれない。商人は金に全てを賭ける。それは戦士は剣に、魔術師はマナも全てを賭けるのと同じことなのだ。敵を倒すために、大切な商品を破壊するような人格破綻者はお断りだった。
商人が求めるのは英雄ではない。あくまで仕事をそつなくこなすプロである。
このような背景がマイスターに近い制度を導入させた。
ランク試験にはいくつかある。
例えばギルド指定の依頼を成功させるとか、一対一の試合で五度勝利を得なければいけないとか。
それらの条件をクリアすると、晴れてランク外として認定される。
(シオンならば一対一の試合など余裕であろう。――んっ、んんっ!!)
「待たんか!」
「なになに、やっぱり僕に気があるの?」
「ワシは人間など嫁にする趣味はない、と言っとるだろう!」
「知ってる♡」
「ギルドカードも持たんでどこに行くのだ。これがなければクエストをこなしても報酬は受け取れんぞ」
ガゼルはギルドカードを放り投げる。
「ふっ、礼は言わないよ」
どこかの無宿人みたいな台詞を吐いて、シオンは逃げ出そうとする。
「逃げるな小娘。まだランク試験の話しをしとらん」
「え~、めんどぃぃ」
「子供か!」
「僕、未成年だから」
「やかましいわ!」
「どうせ長くて面倒な話でしょ。僕そんな話きたくないよ。依頼を受けて、魔物を狩る。それだけでいいじゃん」
「この小娘が! シンプルに考え過ぎじゃ!!」
ガゼルは一喝するが、シオンは悪びれる素振りすら見せない。
多分シオンは説明書やチュートリアルを無視して、ゲームをプレイし始めるタイプなのだ。
「顔パスでいいじゃん。どうせガゼルの席は空いているし。そうだ、僕が常連になってあげるよ」
「大きなお世話じゃ」
人間ならシオンの魅力に惑わされて頼みを聞いてしまうかもしれない。生憎ガゼルはドワーフである。人間の女など眼中になかった。男女差別をしないが、種族、男女を問わず優遇などしない。頑固親父の前に、シオンも分が悪かった。
シオンは上目使いをしてみるが、ガゼルには通用しない。
「可愛く決めたつもりだろうが駄目なものは駄目じゃ」
「可愛いとは思ってくれるんだ」
「三毛猫は良いものじゃろ?」
「猫扱いなんて酷いなあ」
「ワシらから見たら人間の女などそんなものじゃ」
「僕の薙刀は印籠代わり。それじゃだめ?」
「まったく、ヒノモトの連中は印籠とかのフレーズ好きじゃな。亡くなった月影も似たような決め台詞を口にしておったわ」
「タナカさんね」
「……月影と呼んでやってくれんか。あやつはタナカ・イチロウと呼ばれるのを、酷く嫌がっていたのじゃ」
「――わかったよ」
触れてはいけない話題にシオンはバツが悪かった。
(もしかしたら、月影とかいう人も似たような態度をしたのかな)
ガゼルにしては珍しく真面目に説明するが、シオンはその説明を右から左に聞き流してしまう。
「……というわけじゃ。ギルドへの正式に所属するには、ランク外試験に合格しなければいけん」
「――今度でいいよ」
「面倒とか思っておるじゃろ。惚けれも無駄じゃ、月影の奴もそうだったからな」
「僕が負けるはずないよ」
「ほう、そう思うか」
「まあね」
「そこまで自信があるなら、『抜群』で合格するくらい楽勝じゃろうな」
「抜群?」
「五人抜きしてランク試験を合格した者は、抜群と呼ばれるのじゃ」
「いいね! それ面白い!」
「なら、ワシの話しをちゃんと聞くことじゃな」
「わかったよ」
どれほど腕が立とうとも、経験の差には適わないときがある。
ようやくシオンはガゼルの説明を真面目に聞く気になった。




