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レムリアの大地 ~三十男と日ノ本娘~   作者: 大本営
プロローグ
1/14

「レムリアの大地」

 こんなはずじゃなかった。


 男は流れ落ちる汗のため、両手で持つ剣を何度も握り直さなければいけなかった。

 汗ごときで手元が狂うような鍛え方はしていないが、だからといってよいことはない。男の隣りにいる髭顔ドワーフの表情にも余裕の色はなかった。いつものなら「ハンデを与えてやるわ、小童共」と、啖呵をきるドワーフがである。

 状況は最悪。

 歴戦の戦士である男達でもこれなのだ。後衛に配置している新米冒険者姉弟の心境は語るまでもない。

 冒険者である男のパーティーは、この四人構成。いや臨時で一人追加いるが、そいつも似たような心境だろう。

 男達の前方には魔物の群れ目の前に迫りつつある。前衛に配置されているゴブリンの数は十数体。大した数でないと思うかもしれないが、それは間違いだ。奴らはらしくないくらいの武装で固め、小生意気にも戦列を組んでいる。

 

 キェェェェェェェェ!、キェェェェェェェェ!!、キェェェェェェェェ!!!


 奇声が大地に響く。

 士気の高さから統率者であるゴブリンロードが指揮しているのだろう。ゴブリンの数は少ないが後衛には馬鹿力が売りのトロールやオーガ、そして重戦車というべき鋼鉄の牛ゴーゴンまでも配置されている。前衛で攻勢を受け止めた後、予備戦力投入で一気に戦局を決める戦術か。

 ロードの名は伊達ではない。

 ゴブリンにしておくには惜しい人材だ。


 侮るべからざる敵であるが、憂慮するべきは男達の後方に集結しつつある別の敵。

 後方の敵は小型奇獣と呼ばれる群れが数十体。さらに大型奇獣一体までもが到着しつつあった。まだこちらに到着していない。それでも姿が見える、そう見えるのだ。百メートルほど後方に存在するにもかかわらずにだ。

 魔物と奇獣が連携しているのか、それとも対峙している真っ只中に男達が居合わせてしまったのかは分からない。魔物討伐のはずが包囲されつつあることこそが問題なのだ。

 間もなく始まるは殺戮の宴。

 魔物と奇獣の攻撃対象が男達かは不明だが、宴の供物は自分達だと覚悟を決めるしかない状況だった。



 男達の住む世界はレムリアと呼ばれていた。

 人やエルフやドワーフ、そして魔物が相争う剣と魔法の世界。

 人や亜人達は魔物を構成する魔硝石を狙い、魔物は人や亜人達の文明圏が保有する食糧や人的資源を略奪する。千年も以上も変わらぬ光景。その光景はどこか農耕民族と狩猟民族が争った歴史に似ていた。我々が知る歴史と異なるのは、レムリアには魔法が存在することくらいだ。

 人々は魔法のおかげで、個体数に勝る魔物達とどうにか勢力の均衡を保ってきた。

 奇獣と呼ばれる謎の個体が現れるまでは。

 ある日、奇獣は大地の下から生えるように現れた。

 そう言われている。

 最初の奇獣をみたものの名は記録されていない。もし存在するとしたら殺されたのだろう。

 だが、人々は思う。

 そいつが最初の奇獣を殺さなかったから災厄が起きたのだと。

 一体だった奇獣は数体となり、数体が十数体と増えることで群れとなり、気がつくと軍団規模になりつつあった。分裂でもするかのように急速に増え続ける様は細菌かなにかのようだ。

 奇獣の猛威に直面した北の大国「アルテンブルク」は既に崩壊した、と噂される。

 真偽を確認した者はいない。未だ抗戦を続けているのかもしれないが、探索に赴いた斥候は一人として帰還しなかったのだから確認しようがなかった。



「レム!、アレン!」

「「はい」」

「アレンはありったけの呪文を魔物共へぶち込め!」

「りょうかい、任せてくれ」

「レムは天馬を召喚しろ!」

「……ですが、天馬は一体しか召喚できません」

「あぁ? 俺の言葉が聞こえなかったのか?!」

 レムは黙って頷く。

「ワシはどうする、ジャック」

「景気づけに酒でも飲んでろ。呑んだくれの屑ドワーフ」

「違いないわ」

 ジャックは腰に下げた鋼鉄製のボトルを手に取ると一気に飲み干す。長年愛用してきたことを象徴するように、鋼鉄製のボトルは無数の傷が刻まれていた。だがこれ以上の戦歴を刻むことはないだろう。

 末期の酒にしてはまずい酒だが、魔物如きに渡すのはジャックの矜持が許さない。


「ボルト、詩音にも指示を」

「……シオン、お前は―――」

 シオンと呼ばれた少女は、いつのまにかボルトの傍にいた。そう、いつの間にかにだ。冒険者としては下り坂になりつつあるボルトだが、まだまだ一線級の冒険者だと自負している。それでも気付けなかった。相変わらず実力の底が見えない。不気味極まる存在だが、そんなシオンがいまは誰よりも頼もしいとボルトは感じていた。

 詩音の齢は十四、五だろう。

 身長は百五十センチを越える越えないか。冒険者をするよりも花でも売っていた方が似合うその手は、ハルバードに似た武器を手にしていた。刀身の長さは九十センチ、柄に至っては二百十センチを超えている。大薙刀と呼ばれる巨大な武器は、とてもじゃないが十四、五の小娘が持つ代物ではない。

 歴戦の戦士であるボルトやジャックも扱いかねる得物を、シオンはナイフでも握るように軽々と振るう。

 非常識が服を着ている存在、それが詩音だった。


(悪いが天馬には二人しか乗れない。そして乗るのはレムとアレンだけで、シオンは俺達と一緒に殿を務めてもらうぞ)

(敵中突破なんて島津の退き口みたいで胸熱だね)

(死を前にそんな口を叩けるとは、御主は馬鹿か豪傑かのどちらかだのう)

(ひどいよ、ジャック。僕みたいな女の子に馬鹿なんてさ)

(すまんすまん)

 小声で交わす会話に緊張感はない。ジャックの言葉ではないが、気でも触れたのか修羅場に慣れているのか、そのどちらかだろう。

「……天馬は召喚応じてくれるそうです」

「ボルトの兄貴、呪文の発動はいつでもいける」

 レムとアレンの姉弟はそれぞれ準備が完了したのを伝える。レムと異なりアレンの声に恐怖の色が少ないのは、ボルトを信頼しているからだろう。

 信頼を裏切る決断にボルトは心を痛めるが、狂乱状態に陥られるよりはましだった。


「ボルト、一つだけ聞いていい?」

「なんだ、シオン」

「目の前の魔物だけなら、貴方達は勝てるの?」

「……まあ、あいつ等だけなら勝てるだろうな。予定より強敵だが予想を超える戦力でもないさ」

 嘘だった。

 前方のだけでもボルト達は蹂躙されるだろう。

 だが、それを認めるのはボルトの矜持が許さない。

 捨て鉢気味の返答に詩音は笑みをこぼす。

「なら、そっち任せるよ」

「なにを?!」

 ボルトはそれ以上聞けなかった。

 振り返ると隣りにいたはずの詩音の姿はない。

 疾風のように消えていた。


 逃げたか。


 否、断じて否。

 

 後方に陣取る小型奇獣の群れに向かって走る一筋の砂埃があった。


「――冗談だろ?!!」


百メートルを二.三秒に迫る圧倒的な加速力で詩音は疾走する。

最高速度四百十五km/hを誇るブガッティ・ヴェイロンの如き加速力は人の常識を超えていた。歴戦の戦士であるボルトはおろか、型奇獣の群れも現状認識が追いつかない。

 彼らの思考停止など歯牙にかけず、詩音は小型奇獣の群れに接近する。

 速度を維持したまま九十度ターンで方向転換。

 摩擦熱で靴底は火花を上げる。

 凄まじい衝撃が下半身を襲う。

 詩音は止まらない。

 手に持つ薙刀の刀身を横にすると、先頭に立つ十数匹の小型奇獣の前を突っ切った。

 思考停止と砂埃が重なって小型奇獣の反応が遅い。いや、反応などできない。噴水のように上がる血飛沫と地面に落ちた十数の首がその証拠。

 バターでも薙ぎ払うように切り裂いて尚、詩音の足は止まらない。ドリフト族もかくやという勢いで一八〇度ターンをすると、速度を維持したまま小型奇獣の群れに突っ込む。詩音が切り裂く小型奇獣達の肉片は紙吹雪のように舞い上がる。

 やがて戦場は小型奇獣の断末魔と血飛沫に支配されていった。


 小型奇獣は蹂躙され続けるかにみえるたが、大地がタケノコのように増援を生み出す。

 斬る、斬る、斬る、増援、斬る、増援。

 一方的にみえる殺戮は紙一重の攻防にすぎない。

 止まれば囲まれて終わり。詩音は誰よりもそれを理解してる。止まらないのではない、止まれないのだ。

 詩音の体力と奇獣の物量がぶつかり合う。


「シオンめ、勝手な行動しやがって!!」

「そのわりに嬉しそうではないか、ボルト」

「んなわけないだろう、くそドワーフが!」

「屑でもクソでもワシは構わんが、ワシらはどうするのじゃ?」

「クソっ、作戦変更だ、後ろはシオンに任せる」

「それがよかろうのぉ」

「シオンを見殺しにするのかよ、ボルト」

「舐めるな、アレン。とっとと魔獣をぶっ倒して応援に行くんだよ!」

「それでこそ、ボルトだよ」

「レムもそれでいいな」

「……でも」

「心配するな。あの馬鹿娘が簡単に死ぬようなたまにみえるか?」

「うんうん」


 絶望的にみえた戦局は大きく動こうとしていた。その動きがやがてレムリア全土に拡散していくとは、このとき誰一人として気付いていなかった。

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