女子高生作家は底辺から卒業したい
南雲第六高校運筆部、いわゆる文芸部の部室に少女が一人パソコンの前に座り固まっていた。
開けっ放しの窓から流れ込むカラリとした春の空気が、その少女の青みがかった黒髪のショートを揺らす。
少女は、意を決したように長く息を吐いてから制服の襟を軽く触って正すとキーボードを叩き始めた。
「待ちなさいよ。何してるのかしら、五月香」
突如かけられた声に青髪の少女はビクリと体を振るわせて手を止める。
部室には誰もいないはずだった。
しかし、青髪ショートヘアの少女、定変五月香がある行為への意志を固めている間にその侵入を許してしまっていたらしい。
声の方向へ視線を送ると赤がかったロングの茶髪を風にたなびかせる少女が一人。
五月香と同じ制服で、襟元の学年章がこれもやはり同じく2年を表している。
五月香は、その動揺を悟られぬように声質を選んで話し始めた。
「あら、蘭紅さんじゃない。
何って、とある小説投稿サイトにログインしようかと思って」
五月香の言葉に四条院蘭紅が追撃を弱めることはない。
「何でキョロキョロしてから打ち始めたのかしら」
「わ、私のネタを取られないようによ。
私の素晴らしい設定を取られないようにと思って」
「なら、なんでログインしてるユーザIDが私のなのかしらねぇ……」
「あ、あら……おほほ、間違えましたことよ」
「なんで、あなたの作品を開いてるのかしら。なんで、カーソルが『ブックマークする』の上にあるの?」
「今さらなんでなんで期でも来たの?」
ヤレヤレ、と五月香が肩をすくませると、グワシと蘭紅が五月香の頭を掴んだ。
「いつの間に私のパスワード手に入れたのよ!!」
やめよう、不正アクセス!!
「いやぁぁぁ!! ブクマが欲しかったの!! もう底辺はいやなのぉぉぉ!!」
「やかましい! だいたい私のでブクマしても卒業には99足りないでしょ!」
「いいのよ! ブクマ一つ入れば誰かが見てくれるかもしれないでしょ!
そしたら、誰かがレビューしてくれてブクマやポイントがもりもり!!
日間、週間、そして月間を駆け上がるの!!
最後は累計トップに躍り出て編集長の目に留まり書籍化して……ぐへへへ
ビバジャパニーズドリーム!!」
そしてイヤッホーと快哉を叫ぶ。
「素敵な夢ね。巻き込まれた方はたまったもんじゃないけど。
死ぬなら、一人で死んでもらえる? ヒナちゃんにバレる前に」
蘭紅は五月香の手からマウスを奪い取ると、ログアウトを選択。
こいつが消えたらパスワードを変更せねば、と意志を固める。
「いいじゃない。あなたが言わなきゃバレやしないわよ」
「私達は、学校で使うからってきちんと届けてるのよ!
ブラックリストまでいかなくても要注意になってる可能性あるわ?
私達はお互いにブクマやらポイント入れ合うなんて余計なリスクを背負い込みたくないの」
「大丈夫。私はあなたにブクマどころか、1ポイントでさえあげるつもりないから」
「ワガママ!」
蘭紅は目頭が熱くなるのを感じながら、それを揉み込んで押し止めた。
昔会った時は、こんなこという娘じゃなかったのに……
小説を書くことを楽しんでいたのに……
ということではなく、昔から一切成長が見られないからだ。
「それなら、どこかのクラスタにでも入れば? まだ、私を巻き込まないだけましだし。
本当にそんなのあるか知らないけど」
「いやよ。一度グレーな行為をした人間はドンドンと汚れて戻れなくなるの。
そう言った人々をたくさん見てきたわ」
そういうと五月香はキッと顔を引き締める。
どこか遠くを見つめる五月香に対して、蘭紅は「どこでよ……」と嘆息を吐いた。
「安心しなさい。あなたこそその屑の頂点よ」
蘭紅はハァと大きく息を吐くと少し遠い目をしてから中央のテーブルに座ると、テーブル上の紙束を手に取った。
「これ、あなたの新作?」
「そうよ! 読む?」
蘭紅は返事をすることもなく読み始めた。
「どう? どう? ブクマつく?」
「いつも言うけど、日間読んだことある?」
「あるわよ! ラグ――」
「――あれはちょっと違うから。しかも、ネットじゃ終わったし」
「ぶー。ちゃんと読んでるのにー」
「読んでないでしょ。読んでたら、現代異能なんて書かないもの。
だいたい、タイトルも意味分からないし。Xって何よ。何を表してるのよ」
「いいじゃん! かっこいいじゃん!」
「やっぱり意味ないのね…… 読者は大量にある作品群からおもしろそうなのを読むんだからもう少し考えなさい。
小学校でならったでしょ? 相手の立場になって考えなさいって」
「そりゃあなたは? ブクマが5000もある上級者様ですから?
余裕でしょうけど、私達はたった一つのブクマに一喜一憂するわけですよ!? 呪われろ!!」
蘭紅はごちゃごちゃとした喚きを右から左に聞き流す。
「いい? もし読んで欲しいのなら、きちんと読みたいと思われるようにリサーチするのが当たり前でしょ?
あなたがやってるのは単なる自慰行為よ!!
誰が女子高生のオナニーなんて見たいのよ」
「「………………」」
「やめなさい、思い出すのは。
あの人はきちんと禊ぎを終えて戻ってきたの。
北海道編おもしろいからよかったわ」
「別に何も言ってないけど。
それにあの人に取ってはJKは範囲外でしょ。
ジャンプで言うならリーダーの方じゃない?」
見つめ合う二人。そして、蘭紅はやれやれと肩をすくめる。
「あなたは人を傷つけないとしゃべられないの?」
「先陣を切ったのは蘭紅じゃない!」
「まあ、そんなことよりこれは……そうね、ブクマはついて2くらいじゃない?」
蘭紅は冷めた目で五月香をみた。
五月香は、下を向いて震える。
「あ、いや。そんなに悪くはないのよ(誤字多いけど)
好きな人はいると思うのよ(文章クソだけど)
(でも流行り廃りってあるじゃない)やっぱりくっそつまんないわ」
「逆ぅ!!」
五月香は蘭紅の襟首を掴んで揺すった。
「でも……でも!! 二つつくならうれしいよ!!」
今度はガバっと蘭紅に抱きつく
「これで底辺脱出だ!!!」
ワーイとぴょんぴょんはねる五月香に対して蘭紅は、眉根をひそめる。
「いや、ブクマ2は――」
――底辺でしょ……
喜ぶ五月香に対してその言葉を吐けず蘭紅は上を向いて心で泣いた。