Act.97『妖精猫の王国ⅩⅩ』
「リーダー!?」
ほんの数瞬の攻防で自分達から隔離されたアルトライトの行方を気配で追おうとしたカイエンだったが、風の障壁が消えて骸の獣達が動き始めたことで、意識をそちらへ向けざるを得なくなってしまう。
「っ……まずいな」
『さて、厄介な魔導師の小僧には早々に退場してもらった。君達の相手は私が務めよう。ケット・シーの女王を返して欲しくば、その軍勢を突破して私を探し出してみるがいい』
不敵にそう告げた男の言葉を合図に、広場を取り囲む何十体もの骸の獣達が八人の執行者に向けて一斉に駆け出した。
全方向から波のように押し寄せる不気味な軍勢の姿に、まだ実戦経験の少ないシルビアは恐怖のあまり立ち竦む。
無理もない。無数の骸達から向けられる明確な殺意を受けて、正気を保っていられるのは執行者として経験を積んでいるカイエンやソニカだけの筈だろう。
だが他の新人達の目は、不思議と誰も恐怖で曇ってはいなかった。特に異なる色の双眸を宿したアリエルの眼には、絶望など微塵も視えていない。
むしろアルトライトがいなくなってしまったことで、彼女の中で一つの覚悟が決まっていた。
「皆さん、ちょっとだけ時間を稼いでくれますか! 私が全部まとめて一掃しますから!」
アリエルの突然の要求に、メシエと翼は疑問を抱くことなくすぐに頷いた。
前回の任務において、彼女の魔銃が放つ大魔術の威力を目にしたことがある二人だ。アリエルの言葉を疑う余地などなかったのだろう。
その意図は実際に身を以て味わった阿貴や同じ場で目の当たりにした涼にも伝わり、彼らも時間稼ぎのために素早く動き出した。
カイエンも彼らの行動に応じ、ソニカへ即座に指示を送る。
「ソニカ。お前はシルビアとアンジェ殿を守りつつ、そのまま探知を続けろ。どうやら彼女達に秘策があるらしい」
「はい、了解です」
アリエルとアンジェ、シルビアとソニカを囲うように、それぞれ四方へ散って魔術を紡ぐ五人の執行者達。
彼らを信じて、アリエルは早速意識を自分の中へ埋没させていく。
「ツバサ、そっち任せたから!」
「ああ。行くぞ、ハチ。二段階解放だ」
メシエは自身の前面に斥力の力場を発生させ、それを障壁のように押し付けることで骸の獣達を押し退け、その突撃を阻んだ。
一方で翼は腕に乗せたハチの力を解放し、小鳥のサイズだった白烏は大鷲ほどの体格を得て、その身から周囲へ燦然と光を放つ。
太陽の神性を帯びた八咫烏の光は、死霊達に対しては浄化という絶対的な優位性を持っている。故にハチの存在が軍勢の力を大きく抑止することとなり、骸の獣達の動きは彼らに近付けば近付くほど鈍っていた。
「よっしゃ、あのトリ助のおかげで相手が鈍くなった! これなら吹き飛ばし放題だぜぇ!」
「まあ、助かるのは確かだが……俺の影が弱まるのが難点だな」
「つっても物くらい拾えるんだろ? だったら石とかあいつらの骨でもいいから、とにかく集めて寄越せ! 俺が全部爆弾に変えてやるからよォ!」
コンビとして既に付き合いの長い二人は、互いの魔術の特徴を活かして巧妙な連携を見せる。
涼は影の弱体化を受けても、魔手を伸ばして獣達の脚を掴んで転ばせ、そこへ阿貴が次々と魔術爆弾を浴びせて吹き飛ばしていく。
そんな彼らの活躍を見守りながら、カイエンは冷気を撒いて骸達の関節部を凍結させ、迅速かつ確実に敵の自由を奪っていった。
五人が各自の得意とする魔術で敵の攻勢を阻んでくれる中、彼らに守られたアリエルはもう一つの魔銃──修業時代に愛用していた自身の魔術儀装をホルスターから抜いて、背中に七つの刻印を宿した。
そして二つの魔銃を強く握り締め、アリエルは師から授かった大魔術の詠唱を口にする。
「──来たれ天の激怒。星々の声は夜天を震わせ、光輝は地上の暗雲を払う。星の光よ、天地を繋ぐ怒濤となれ!」
左右の方向へ向けた白黒の銃口の先に魔力が集い、目映い光を放ちながら力を溜めていく。
大樹海に満ち溢れるマナをかき集めて瞬時に魔力へと変え、少しずつ増大していく魔銃の輝きに、軍勢の襲撃を阻止する執行者達は一瞬手を止める。
恐怖で委縮していたシルビアは、年下の少女が勇ましく光を束ねる姿に思わず目を奪われていた。
だが一方で、その烈しい赫耀を見つめるアンジェは慌ててアリエルに訴える。
「アリエルちゃん、こんな所で二つも撃つ気!? 一つでも反動が凄いんだよ、その術っ!」
「えっと、たぶん大丈夫です、根性で踏ん張りますから! みんな、私の所に集まってくださーい!」
光の集束を続ける二つの銃口を骸の軍勢に向けるアリエルの声を受け、カイエン達は咄嗟に彼女の元へ退き返して射線上から慌てて退避した。
あの目が眩むほどの光の束が放たれればどうなるかなど、もはや考えるまでもない。
ヴィクトルも集束した強大な魔力量から大魔術の規模を悟って、阻止するべく軍勢に突撃を強行させた。
だがもう遅い。少女の師が編み出した星の光は既に軍勢の半数以上を射程圏に収め、いま解き放たれる。
「『天の威光』──ッ!!」
白と黒、引き金を引かれた二挺の銃から魔弾が撃ち込まれ、集束した光が弾けて奔走する。それは一筋の巨大な極光と、無数に飛散する光弾の豪雨だった。
かつて放った『天破閃光』が天にも届く一点突破の破壊光ならば、『天の威光』は天より降り注いで大地を蹂躙する光の怒濤だ。
雪崩れる光の奔流が大樹海を駆け抜けてあらゆる障害を吹き飛ばし、続いて拡散しながら乱れ舞う無数の光弾が巨木を次々と薙ぎ倒していく。
あたかもそれは地上に銀河がこぼれ、星々が流れ落ちているかのような光景だった。ただ美しく、輝かしく、鮮やかに進路上の一切すべてを光で塗り潰す流星の大河。
その圧倒的な極光を直接浴びた骸の獣達は身に宿した霊魂ごと跡形もなく粉砕され、辛くも光の射程圏から逃れられた骸達でさえも、大気を震撼するほどの魔力の余波を受けて死霊達が消し飛んでしまう。
『ッ……これは……』
ヴィクトルは瞬く間に軍勢の八割が損耗を受けた事実を苦々しく認識しつつも、樹海を奔り抜けていく極光から最後まで目を離すことが出来なかった。
およそ五百メートル先までそれぞれ広がって消えて行った光の怒濤は、大樹海の中に直径一キロメートルにも及ぶ大きな爪痕を刻み付け、複雑だった地形は変貌を遂げてさらに混沌の様相を呈するようになった。
そして散々に撃ち抜かれた巨木達は光が止んでなお続々と倒れ、地響きはしばらく鳴り止みそうにない。
さながら巨人が怒りに震え、大地を踏み鳴らしているかのようだ。とても一人の新人魔術師が引き起こした現象とは思えない光景が、一同の視界には広がっていた。
「え、えっと……アリエル?」
執行者達はアリエルが放った大魔術のあまりの威力に言葉を失ったが、メシエが当の本人を見やると、
「……あ、あっれぇ……?」
極光を放ったアリエル自身でさえ、想像を絶した威力に声を震わせていた。
「なんで撃った本人が驚いてるのよ!?」
「だ、だって、確かに周りにいる敵を全部吹き飛ばす気でやりましたけど、こんなにめちゃくちゃにするつもりなんて全然なかったんですよぅ!」
(……こんなマナが濃い場所で撃つからだよ。ま、制御出来ていないようじゃまだまだ未熟だねぇ)
アンジェはたった一人、アリエルの大魔術が大幅に強化された原因を理解していた。
イデアが考案した大魔術『天破閃光』と『天の威光』は術者の魔力だけでなく、周囲のマナをも吸収して威力を上げるという性質を有した魔術である。
その大魔術の性質と大樹海の環境が相乗効果を生んだことで、アリエルの想像を遥かに超えた規模の光が現れることとなったのだ。
とは言え、あれほどの威力となると術者自身の性能も関係しているとしか思えないが──




