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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第二章
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Act.95『妖精猫の王国ⅩⅧ』

 そこは大木に囲まれながらも、ぽっかりと開けた大きな広場だった。

 芝生のような鮮やかな緑の絨毯が平らに広がっており、複雑な地形で入り組んでいる大樹海の中にあっては、数少ない憩いの場と思えるような場所だ。

 だがしかしその中央に、とても不気味な光景が存在していた。

「……あれは魔獣の死骸、か?」

 緑を汚す、赤黒い痕跡。辺りに漂う独特な異臭から、それが血だまりの痕であることは明らかだった。

 そしてその血だまりの上に散乱しているのは、もはや原形を留めていない小さな肉片の数々。

 アルトライトが口にした通り、それらの肉片は何者かが食い散らかした魔獣の死骸のものと思われた。

 肉片の正体をまだ認識出来ていなかった女性達は、アルトライトの言葉を受けて露骨な嫌悪感を顔に浮かべる。

「ま、魔獣達の死骸って……」

「別にあっても不思議じゃないだろう。自然は弱肉強食の世界なんだから」

「どれ、近くに行って少し調べてみようかセン君。まさかとは思わんが、念のためにな」

 顔を引き()らせて立ち尽くす女性陣とは対照的に、アルトライトとカイエンは動じることなく散乱する肉片に近寄って、惨状の痕跡をじっくりと観察した。

 幸いにも肉片はケット・シーのものではなさそうだ。あまり肉の残っていない皮ばかりが散らばっており、死骸には小さな虫達が群がっている。

 魔除けの花を所持するカイエンが歩み寄ったことで虫達は一斉に逃げ出し、二人は肉片の状態をつぶさに確認し始めた。

「……ふむ。この死骸、妙じゃないかセン君?」

「ええ……食べられたにしては、あまりに不自然ですね」

 二人がそう判断したのは、細かく散らばっている肉片の中に骨が一つも存在しないからだ。骨をも気にせず喰らう魔獣でもいるのかもしれないが、それでも多少の残骸は残っているものだろう。

 しかし彼らの眼下にあるのは皮や肉の破片しかなく、まるで骨だけが綺麗に抜き取られたかのような不気味な惨状が残されていた。

「……無関係だと思うか?」

「いえ、疑って然るべきでしょう」

 骨だけがない。その事実だけならば彼らも気に留めなかっただろうが、彼らは昨日、骨で作られた獣達に襲われたばかりだ。

 この奇妙な共通点を見逃すほど、二人のリーダーの眼は曇っていない。

「ということは、だ。この樹海の中に襲撃犯が潜伏している可能性があるな」

「はい。これは警戒した方がいいでしょうね」

 リーダー達が広場の中央で話し込む中、周囲の警戒のために広場の出入口で辺りを見回していたアリエルの視界に、再びノイズのような違和感が走る。

 瞬時に視界が切り替わり、何か別の映像が眼から脳へと直接流れ込んだ。

 それは数多の白い影が、後方から自分達の背中へと迫り来ている光景だった。

 およそ五秒にも及んだその映像を、アリエルはわずか一秒にも満たない刹那に垣間見て、一瞬にして脳に記録として刻み込む。

 映像の意味はすぐには理解出来なかったが、自分達の背中に何かが迫っていることに危機感を抱いたアリエルは、咄嗟に背後へと振り返った。

 その唐突なアリエルの反応に、メシエは驚いて目を見開く。

「どうしたの、アリエル?」

「……なにか、来る」

「えっ?」

「っ、カイエンさん!」

 言葉の意味が分からず小首を傾ぐメシエに対し、アリエルと同様に周囲を警戒していたソニカは、こちらへ接近して来る物音を鋭敏に感知してカイエンに大声で呼び掛けた。

 刹那、ソニカの声に即応して仲間達の元へ駆けるカイエンに先んじて、アルトライトが風と共にアリエル達の眼前に転移で現れる。

 その直後、彼らは再びあの群れの姿を視界の遠方に収めることとなった。

「あれは……!」

「各自、中央まで後退しつつ戦闘準備!」

 腕を振るって烈風を樹海に放ち、後方から木々を躱しながら迫り来ていた群影を一斉に薙ぎ払うアルトライト。

 その間に広場の中央まで後退したアリエル達に、剣を抜いたカイエンが合流した。

「魔除けがあるのに、なんで襲ってくるの!?」

「アレに鼻が利くと思うか?」

 シルビアの驚愕の声に冷静に返したカイエンは、前に躍り出てアルトライトと肩を並べる。

 風が吹き抜けた先、そこには獣の形を得ていた無数の白骨が各所で砕け散っていたが、やがて骨達はひとりでに粒子状となり、再び混ざり合って獣の姿へと蘇っていく。

 見間違えよう筈もない。あれこそは昨日、ケット・シーの王国に侵入して来た骸の獣達。アリエル達を狙った死霊術師が使役する使い魔だ。

(同じだ、さっき視たのと……)

 アリエルは骸の獣達が群れを成してゆっくりと近付いて来る光景に既視感を覚えた。

 それは大樹海に入る寸前、魔眼を発動した時に垣間見た映像とまったく同じもの。あの時点における、未来の景色だった。

「アリエルちゃん、その左目どうしたの?」

「左目……?」

 緊迫する状況の中でも調子の変わらないアンジェの声に、アリエルは現実に意識を引き戻された。

 指摘されたアリエルは当然見えないが、彼女の左目は何故か魔眼の真紅ではなく、蒼玉のような深く鮮明な青い瞳に変色していた。

 元々アリエルの瞳の色は青だが、しかしその青い眼が帯びる淡い光は彼女自身の眼とは違う輝きを宿していた。

 何か見覚えがあるのか、アンジェはその瞳をじっと見据え──

「アリエル、ぼうっとしてないで戦闘準備!」

「は、はいっ!」

 一人だけまだ戦闘態勢に移っていなかったアリエルへと、メシエが声を張って注意する。

 驚いたアリエルはすぐさまホルスターから黒の魔銃を引き抜き、周辺の木陰に次々と現れる白い影達に視線を向けた。

 アルトライトが一掃した数から、骸の獣達はどんどん増え続けていた。何十体もの白骨が緑の中にひしめき、広場を囲むようにゆっくりと散開していく。

 数的優位を失って窮地に追いやられている状況下で、カイエンは術者の姿を探しつつアンジェへと訊ねた。

「アンジェ殿。念のために訊いておきますが、戦闘の経験は?」

「んー、あんまりないんだよねぇ。アンジェ、箱入り娘だったから」

「……」

 アンジェの返答はさて置いて、広場の近辺に展開していく無数の骸達の動きを注意深く見ていたアルトライトは、やがて直感的な確信を得て、周囲に向かって大声を張り上げた。

「これはあんたの仕業か、ヴィクトル・フランシュタット──!」

 あの白骨の軍勢を指揮していると思しき術者へ、アルトライトは意を決して直接呼び掛ける。

 アリエル達は彼の突然の行動に驚いたが、さらなる驚きを呼んだのは、彼ら執行者達の元へどこかから声が飛来したことだ。


『──よく覚えていたな、小僧。そうとも、私はヴィクトル・フランシュタットだ』


 男の冷淡な声が、森の中に不気味に響き渡る。

 ヴィクトル・フランシュタット。“骸拾い”と称される高位の死霊使い(ネクロマンサー)であり、アルトライトとは一度だけ任務で面識のあった男だ。

 墓荒らしなどの犯罪の経歴はあれども、執行者達の標的にならないように立ち回りながら活動していた男の筈だが、一体どうして自分達を狙うのか、アルトライトはヴィクトルへ問わねばならなかった。

 それは、もしかしたら自分が原因なのではないか、という彼なりの自責の念から生じた衝動だったからだ。

「答えろ、ヴィクトル! どうして俺達を狙う? お前は総魔導連合(イデイン)に関わることを避け続けていた筈だろう!」

『さて、何だったか。私としては君達に対して何ら興味はないのだが、ただ漠然と敵愾心が胸に湧いていてね。この私自身にも説明の出来ない得体の知れない感情なのだが……まあ、ただの八つ当たりだと思ってくれ』

「はぁ!? いきなり襲って来ておいて、なに言ってるのこの人……!」

「……狂っているのは確かだが」

 ヴィクトルという男の素性を知らないメシエや翼の意見は(もっと)もだが、少なくともヴィクトルの性格を見知っているアルトライトは返って来た言葉に違和感を覚えていた。

 百年以上も生きているというあの用心深い魔術師が、そんな感情だけの動機で動くとは考えにくい。アルトライトや父達に恨みを抱いているならまだしも、ヴィクトル自身が理由を説明出来ないというのはどういう事なのだ。

 ──何かがおかしい。

 ヴィクトルの身に起きている異常に、アルトライトは一人だけそう感じていた。

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