Act.94『妖精猫の王国ⅩⅦ』
「みんな、落ち着いたか?」
平然としたままのアルトライトが周囲を警戒しつつ、全員の呼吸が整ったことを確認する。
アリエルはそんな彼に頷きを返しながらも、すぐ後ろにある平原との境界線を一瞥して驚嘆の声をこぼす。
「樹海に入った瞬間、こんなにもあからさまに環境が変わるものなんですか……?」
「うん。ここは魔界にとってマナを生み続ける重要な聖地の一つだからね。地上ではなく空に向かってマナが流れるように、樹海は結界で閉じられてるんだよ。それでも地上にマナが流れ出しちゃうんだけどねぇ」
この樹海の中に在る国で生きているというアンジェが、執行者達の知り得ない事情を語ってくれる。
彼女が聖地と言うように、このティターン樹海がただならぬ土地であることは身を以て味わっているところだ。ここからさらに奥深くへ進む以上は、一層気を引き締めて行かねばなるまい。
一行はそんな認識を改めて抱いて、神秘の森の奥へと進み始めた。
目指す場所はなく、大海の中から地図に載っていない島を探すような気分ではあるが、捜索についてはゆっくりと慎重に行っていく方針だ。
先ずはケット・シー王国から真っ直ぐに南下して踏み入った入口から少し奥へ進みながら、三人の感知能力者が広域にわたって捜索の網を張っていく。
木々で視界が悪く、様々な環境音が入り混じる樹海の中では、アリエルとソニカの能力は平原の時よりも十全に効果が発揮されない。故にこの樹海の捜索で要となっているのは、存在する物体の位置や大きさまでをも風で正確に測定出来るアルトライトとなっていた。
(魔獣と思しき気配が四、六、十……よし、匂いに気付いて逃げてくれているな)
彼は先頭に立って風を操り、周囲のあらゆる存在を空気の流れで識別していく。
シルビアが用意した魔除けの花のおかげで、魔獣達は香りを嫌って離れていく気配が感じ取れた。花の香りを探知の風に乗せて運んでいることが、魔除けに一役買っているようだ。
そうしてアルトライトの先導に従い、土地鑑のあるアンジェから位置情報を教えられながら歩き進めているうちに少しずつ分かってきたのだが、未開の地とあってまともな道がないのは当然として、雑多に生えた草花の蔓や地肌に露出した木々の根が落ち葉に隠れていたりなどして、時折爪先を引っ掛けて転びそうになるほど歩きにくい足場となっていた。
「わわっ、と、とと……!?」
「……大丈夫か、メシエ」
「ご、ごめん。ありがとツバサ……」
つい木の根に躓いて体勢を崩したメシエを、咄嗟に腕を掴んで助ける翼。
そんな彼らの様子を視界の端に収めたアリエルは、自分の足許も意識しつつ周囲の景色に注意深く目を配り続けた。
「この辺り、結構歩くのが大変そうですね」
「魔獣達もここは歩いていないんだろうねー。地面が全然踏み均されてないみたいだし」
「ああ、なるほど……ってあれ? アンジェさん、少し背が高くなってません?」
隣から聞こえてきた声の位置に違和感を覚えて横を見やると、アリエルよりも少しばかり背丈の低かったアンジェが、何故か高くなっていることに気付いた。
その理由は一目瞭然、彼女の足が地面から離れているからだ。
「そりゃそうだよ、浮いてるもん」
「あ、ズルいこの人!?」
「ズルくないもーん。こんな魔獣も歩かない道を律義に歩く方がどうかしてるんですぅー」
初めてこの樹海へ踏み込んだアリエルには理不尽な言い分ではあったが、森に住む彼女達からすれば常識なのだろう。
「アンジェ殿。このティターン樹海の内部は概ねどのような地形になっているので? 簡潔で構わないので、全体図について少し説明をいただきたいのだが」
「んー、そうだねぇ。じゃあ大雑把に解説しちゃおう!」
執行者達は一度足を止め、アンジェの話に耳を傾けた。
聖セレスティアル王国南部に東西へ幅広く帯状に伸びたティターン樹海。ケット・シー王国の南方から侵入した彼らの現在位置は、樹海の中央部から東寄りに当たる場所なのだそうだ。
西端から中央部にかけては細長い森林地帯が広がっており、比較的に樹高の低い木々が並ぶ地域となっていて単純に“西”と呼ばれている。こちら側にエルフ族の領域があり、彼らの手によってある程度道も整えられていて気性の穏やかな獣や精霊達が数多く暮らしているという。
一方、中央部から東部に行けば広大な樹海が円形に拡がっており、地形は険しく、巨木ばかりが林立していてヒトの歩きにくい地域となっている。こちらでは気性の荒い魔獣が駆け回っており、エルフ達も積極的には近寄らない危険な地域だ。しかしこの“東”の奥地に聖霊達は敢えて国を築き、この大樹海を遥か昔から管理しているようである。
「出来ればヘヴンには“西”にいてもらいたかったんだけど、望み薄かなぁ。昨日、アテナに頼まれた後にエルフ族に声を掛けて“西”を一通り探してもらったけど、何も見つからなかったみたいだから」
「……つまり探すべきはここから“東”ですか」
事が簡単な方へ運べば良かったのだが、アンジェの話を聞く限りでは捜索対象がいる可能性があるのは危険性の高い東部のようだ。
西側は既にエルフ達が捜索してくれたと言う以上、もうそちらを探す意味はない。森の民とも呼ばれるほど樹海を知り尽くした彼らが、部外者の気配を見落とすことなどあり得ないだろう。
「でもまあ、“東”ならアンジェが詳しいから任せてよ。それに万が一に魔獣種に襲われても、君達なら追い返せるでしょ?」
「出来ればいたずらに彼らを脅かすようなことはしたくないのですが……自己防衛のためならばやむを得ないですね」
「うん。殺しちゃダメだけど、あの子達は一発キツく殴っておかないと分別がつかないから仕方ないよ」
話を終えたところで、近辺の捜索を済ませた彼らは南に向かって進み出した。
大樹海の南端はセレスティアルとステラルムの国境となっている。一度その付近まで南進し、感知網が南端に到達したところで東に転進、少し進めば北へ方向を転じるといったように、彼らは南北を往復しながら東に進むローラー作戦で捜索を行っていくようだ。
捜索対象がステラルムへ行っているのならば良いのだが、何も手掛かりがない以上は時間を掛けてでも、こうして樹海の中を隅々まで着実に調べていくしかないのである。
「シルビア、ここに目印を頼む」
「了解ですっ」
指示を受けたシルビアが鞄から種を一粒だけ取り出し、地面へ蒔いて魔術によって開花させる。
その花は自分達が通過したことを示す目印であり、また周辺一帯を捜索済みであることも意味するものであった。
この目印となる花はアストライアーとは違って魔物には無臭だが、人間達の嗅覚ならば独特な香りを感じ取れるというものだ。それを必ず一定の間隔で配置するのは、鼻に匂いを慣れさせないという配慮もあった。
「お前、意外と便利だなぁ」
「あら、いまさら私の凄さを思い知ったの阿貴? これだから素人はダメね」
「けどホント地味だよなぁ、うん」
「だからケンカ売ってんの、あんたっ!?」
「はぁ……涼、私の気が散るからその子達を静かにさせておいてくれない?」
「……そんな難しいことを」
その後も、彼らの捜索活動はそのまましばらくは滞りなく進んだ。
三人の感知を頼りに、南進と北進を繰り返す執行者達。地形が不規則なため移動が遅く、こまめに休憩を取らなければ濃厚なマナで息も乱れるような状況であったが、アンジェの案内と魔除けの効果で捜索活動は安全に進められていた。
おもむろに行き当たったとある広場で、あるモノを見るまでは──




