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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第二章
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Act.90『妖精猫の王国ⅩⅢ』

 思わぬ呼び掛けに驚いたアリエルは足を止め、声の主へと恐る恐る目を向けた。

 そこにいるのは他でもない。幼い少女の姿をしたケット・シーの王であるアースだけだ。

 彼女は何やら神妙な面持ちでこちらを見据えており、ゆっくりと近付いて来るのでアリエルは密かに緊張を覚えた。

「えっと、私になにかご用……ですか?」

「すみません。少しだけ、あなたが腰に提げているものを見せていただいてもよろしいでしょうか。特に黒い方を」

「腰?」

 アースが言及したのは、アリエルの腰にあるホルスターに収められた魔術儀装──師匠から譲り受けた黒の魔銃だった。

 そんな物を見せて欲しいなどと言われるとは思ってもみなかったアリエルは、戸惑いながらも右のホルスターから魔銃を抜いて、小さな女王へと差し出した。

「別に見せるのは構いませんが……結構重いですよ?」

「はい。すぐにお返ししますので」

 魔銃を受け取ると、それを握るわけでもなく両の手のひらに乗せ、銃身をじっと見下ろすアース。

 この閉じた国で暮らすケット・シーには銃器は珍しいのだろうか。しばらくとても真剣な表情で魔銃を見つめていたアースは、ふと顔を上げてアリエルの瞳を真っ直ぐに捉えた。

「一つ、訊ねてもよろしいですか」

「な、なんでしょう?」

「これは一体どなたから頂いたものでしょう?」

「えっと……それは元々、私の師匠が使っていたもので……あれ、なんで貰い物だと分かったんですか?」

「とても使い込まれているものと見受けられましたから。……失礼な言い方になってしまいますが、あなたの手にはこの子がまだ馴染んでいるように見えなかったもので」

「お、おっしゃる通りです……」

 ぐうの音も出ないほどの事実だった。

 それを初見で見抜いてしまうあたり、見た目が幼いとは言え流石は一国の王ということだろうか。もしかしたら人間では感じ取れない、妖精ならではの感性でも備わっているのかもしれない。

「───」

 銃身を撫でるようにゆっくりと指を這わせたアースは、やがて名残惜しむように目を伏せて、魔銃をアリエルへ丁重に返却する。

 その様子に疑問を持ったアリエルだったが、すぐに微笑みを浮かべた少女に問うことも出来ず、銃をホルスターに収めた。

「今さらになりますが、あなたのお名前を伺っても?」

「えっと……アリエル・アイン・ウィスタリアと言います」

「アリエルさん。……アリエル・アイン・ウィスタリアさん、ですか。では、急に呼び止めてしまって申し訳ありませんでしたアリエルさん。もしこの国で何か困ったことがあれば、遠慮なく私に申し付けてくださいね」

「は、はい。失礼します」

 困惑を残しつつも、外で待っている仲間達の元へ向かったアリエルの背中をアースは静かに見送った。

 家の中に一人残ったアースはその場で立ち尽くしたまま、銃身に触れていた手を見下ろして、そっと握り締める。

「……師匠、ですか」

 ぽつりと漏らした言葉は空気に溶けて、虚しく消える。

 この胸の内に湧き上がる感情を分かち合うべき相手は、今この場にはいない。だから何としてでも、早く姉を見つけ出さなければ。

 しかしどんなにそう強く願おうとも、自分の力だけではどうする事も出来ない現状には、忸怩たる思いを抱いてしまう。

 ──彼らに任せるしかない。

 見ず知らずの執行者達に任せることに不安はあったが、今し方それも払拭された。“彼”の力を受け継ぐ者がいるのなら安心して姉の事を任せられる。

 今はここで、姉の帰って来る場所を護りながら待ち続けよう。

「どうか無事でいてくださいね、ヘヴン……」



 ここケット・シーの国『神明』は、どうやら国内全域が大きな農村になっているようだった。

 敷地は意外と広く、国民の数はおよそ二千人。人間達に比べれば少ないように思われるが、妖精であるケット・シー族が種を存続させるには充分な人口であるらしい。

 他種族とは交流していないという話だったが、唯一森のエルフ族とは交易を行っている間柄だそうで、農耕をしているのは収穫の一部を彼らとの取引材料に使うためなのだそうだ。

 と、そんな情報をアリエル達に親切丁寧に教えてくれたのは、村に住むケット・シーの若者達だった。

 初めて外界の、しかも人間がやって来たということで大勢のケット・シーが集まり、執行者達の元に群がっていた。

「耳が顔の横にあるなんて、寝る時に不便じゃないの?」

「尻尾がないって、どういう感じなの?」

「ねーねー、人間って普段どういう物を食べてるー?」

「あ、あの……一斉に訊かれても耳に入らないと言いますか……」

 君達の質問に答えたのだから次は自分達の番だと、何人ものケット・シーに囲まれて質問攻めに遭うアリエル。

 ネコミミと尻尾が生えている以外は、自分達とは何ら変わらない姿形をしたケット・シー。そんな彼らの生活や文化に人間が興味を覚えるように、彼らも人間には興味を持つものなのだろう。

 問われる内容は、主に種族間の差違に関することばかりだった。

「君達、みんな若いけど大人のヒトはいないの?」

 アリエルと共にケット・シー達の輪の中にいるメシエが、ずっと気になっていた質問を投げ掛ける。

 何十人ものケット・シーが周りに集まっているが、どれも自分達よりも若いような容姿を持った者達ばかりだからだ。

 最も歳を取っていそうな者でも、小柄なアリエルとあまり変わらないくらいの若者しかいないのである。

 しかし彼らから返って来たのは、意外な答えだった。

「大人って、子を作っていいヤツのことだろう? だったらここにいるほとんどのヤツは、みんな大人だよ」

「「えっ?」」

 思わず重なるアリエルとメシエの驚愕の声。

 近くにいる翼も、唖然と周囲を見回していた。

「ち、ちなみにあなたは歳はいくつ……?」

「歳? えっとぉ、何回祝祭の日を迎えたか、だっけ? あまり数えてないけどー……五十くらいだったかなぁ?」

「「ごじゅうッ!?」」

 目の前にいる、いかにも十歳程度と思しき少年ケット・シーの実年齢に動揺を隠せないアリエル達。少年少女ばかりと思いきや、彼らは自分達よりも既に何倍も生きている大人であったらしい。

 それは妖精ゆえの特徴なのか。生物によって体感している時間感覚は違うとは聞くが、あまりにも差違がないだろうか。

 このまま気軽に話していても良いのかなとアリエルとメシエが冷や汗をかき始めていると、遠くからアルトライトの声が聞こえてきた。

「翼、メシエ、アリエル。そろそろ時間だ」

 ケット・シー達と話している間に休憩時間が終わってしまったようで、三人は彼らに別れを告げてリーダーの元へ向かう。

 そして集合場所となっている女王アースの邸宅前に三人を連れたアルトライトが戻ると、そこには既に『雪花の冠(カローラ)』のメンバーが並び立っていた。

「すみません、遅れてしまって」

「いいや。これで全員揃ったことだし、今後の方針を周知するとしようか」

 淡々と話を始めたカイエンから、ケット・シー王の捜索任務についての方針が一同に伝えられる。

 捜索場所は南方に広がる大樹海、ティターン樹海。マナが色濃く満ちる神秘の森の中へ踏み入るということが、アリエル達に先ず告げられた。

「あの森の中へ入るんですか?」

「ああ。おそらく捜索対象はあの中にいる可能性が高いと、俺とセン君は判断した」

「それは一体どうして?」

「──私が姉の気配を最後に確認したのが、南側の結界を通った時だからです」

 カイエン達と共に佇んでいたもう一人のケット・シー王、アースがアリエルの疑問に答える。

 それは彼女が唯一掴んでいた、姉の行方に関する手掛かりだった。

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