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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第二章
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Act.86『妖精猫の王国Ⅸ』

 数度の休憩を挿みながら、九人の執行者達はひたすらに東進を繰り返した。

 幸いにも道中に大した障害が現れることもなく歩き続けて、やがて彼らはアリエルの捉えた気配から二キロメートルほど離れた場所にまで辿り着く。

 そこまで来ると、アリエルは遠方から捕捉していた結界の全体像を視認出来るようになっていた。

 彼女の魔眼に映るのは、ドーム状の巨大な結界だった。

 まるで水の中に様々な色の絵の具を流し込んだような混濁した模様の結界。内側には何も通さないという明確な意思が伝わってくるかのような様子だ。

 しかし同時にアリエルは、結界の内側にこの平原とは違う何か異質な空気を感じ取っていた。

 そんな自分の所感をアリエルが二人のリーダーに説明すると、彼らは持ち得る知識の中から結界の性質について分析を始めた。

「幻術の結界……という猊下の話から察するに、部外者に結界を認識されても幻惑で妨害する仕組みなのだろう。外部から見えないだけでなく、そこまで高度な結界を作り上げているとは……流石は妖精種と言うべきか?」

「アリエルの言葉から考えると、中は異空間になっているのかもしれません。妖精種とは言え、単一の種族がそんなことまで出来るとは思えませんが……」

 新人達には少し難しい話ではあったが、要約すると外からの干渉では中に入ることが難しい高度な結界のようである。

 まだ結界の中にあるのがケット・シーの国であるという確証はないものの、位置的には可能性が高い。

 現在地は地図に記された地点に程近く、南方にある大樹海との境界線の形も地図に描かれたものに似ている。何よりも近辺に他の集落が確認出来ないことも、あの場所にあるのがケット・シーの国だと判断し得る材料だった。

「取り敢えずもう少し接近してみよう」

 カイエンの指示に従い、執行者達は移動を再開する。

 二キロ、一キロ、五百メートル……そして残り百メートルにも満たない距離にまで近付いた九人はそこで立ち止まり、アリエルしか視えていない結界を全員でぼんやりと見上げる。

 流石にここまで接近すれば、魔術を扱う者ならば結界が視えずとも、その気配を肌で感じることが出来た。

 確かにそこには、見えない巨大な何かが存在しているようだ。

「あともう少し進めば、結界に触れられますけど……」

「……触れたところで入れるとは限らないからな」

 これほど厳重に作られた結界であるならば、内部への干渉は至難の業だろう。無理やり突破するわけにもいかないし、どうにかして内部の者に自分達の存在を報せなければならない。

 と、執行者達が内部との接触手段について頭を悩ませていると、彼らと行動を共にして後ろで浮遊していた光の球──聖王から授かった人工精霊が、何かに引かれるように前へ躍り出る。

 すると人工精霊はおもむろに発光し、


『──あなた達は総魔導連合(イデイン)の執行者の皆さんで間違いありませんか?』


 人工精霊の放つ光から、突如として若い女性の声が響いて来た。

 それは明らかに聖王の声色ではなかったが、すぐに相手の正体を察したアルトライトが丁寧に言葉を返した。

「はい。我々はセレスティアル聖王猊下より依頼を受け派遣されました、総魔導連合(イデイン)特務執行科の者です。そちらはケット・シーの王国で間違いありませんか?」

『はい、間違いありません。確認が取れましたので、そのまま真っ直ぐにお進みください。皆さんが結界に触れた瞬間、こちらへお招きします』

 そう告げると、人工精霊は光を弱めて元の状態へと戻った。

 ややあって二人のリーダーは視線を交えて互いの意見を確認すると、他のメンバーにも目を向けて意思疎通を図る。対するアリエル達も無言のまま小さく頷いた。

 ネコの妖精、ケット・シーの王国。

 謎の多い彼らの国へ足を踏み入れることに、聖王の城の時とは違った緊張感を覚えながら、彼らは見えない結界の中へと歩を進めた。



 しばらく歩くと、少しだけ肌に違和感があった。

 全身に微弱な静電気が駆け抜けたかのような感覚。おそらくは結界を通過した時の刺激なのだろうが、その違和感が消え去った瞬間、彼らの視界にはおもむろに奇妙な光景が飛び込んで来た。

 先ほどまで広がっていた緑の地平線はいつの間にか消え、代わりに忽然と現れたのは至る所に黄金色の稲穂が目立つ自然豊かな農村だった。

 広い田畑に隣接して木造の家屋が点々と建ち並び、まるで人界欧州の閑静な田舎町のようだ、とアリエルは感じた。

 ──どうしてネコが農業をしているのだろう?

 まるで接点のない二つの要素にそんな疑問が思わず浮かんだ彼らだったが、その理由は景色の中に存在する住民達の姿で納得せざるを得なくなる。

 国の住民、つまりケット・シー族。二足歩行で歩くネコとして巷では語られている妖精の姿は、彼らの想像の斜め上を行くものだったのだ。

「ネ、ネコの妖精……の国、よね?」

「……そう聞いていたが」

「コ、コスプレ王国ですかここーっ!?」

 メシエや翼が呆然と感想をこぼす中、アリエルだけは異世界で得た知識から的確に彼らの姿を表現した。

 さもありなん。頭にはネコのものと思しき獣の耳、腰元には同様に獣の尾を持つものの、その他はどう見ても人間の肢体──それも若い少年少女や幼い子供の姿ばかりだったからだ。まるで仮装を楽しんでいる若者達の村、といった光景なのである。

 畑で収穫に励む者や道端で談笑している者達、辺りを駆け回る子供達などなど。如何にも気楽に生活しているケット・シー達の姿に、ほとんどの者が声を失っていた。

「……さて、どうするねセン君」

「いや、これは……」

 アルトライトとカイエンも戸惑いのあまり立ち尽くす中、突然彼らの眼前に薄紫色の光が生じた。

 それは執行者の彼らには見慣れた現象、空間転移に伴なう発光だ。

 混乱していたリーダー達がすぐさま冷静になって光を見据えると、中からはとても小柄な姿が現れる。

 白銀の髪が艶めく頭に自然と生えた獣の耳。民族衣装の腰部から銀色の毛並みをした尾を伸ばす、十歳程度と思われる容姿の少女だった。

 銀と紫。左右で色の違う瞳をアリエル達に向け、その少女は優雅に一礼した。

「ようこそ、我々ケット・シーの国──『神明(しんめい)』へ。執行者の皆さん」

(しん、めい……?)

 目の前のネコミミ少女が口にした言葉に、アリエルは小首を傾ぐ。聞き間違いでなければ、それは確かに日本語特有の発音だった。

 どうしてこの異世界の、しかも孤立した妖精の国に日本語が伝わっているのか。アレーテイアならばまだしも、ここはセレスティアルの中央部である。

 そんなアリエルの疑問を他所(よそ)に、アルトライトは現れた少女へと率直に訊ねた。

「失礼だが、単刀直入に訊かせていただきたい。君は一体何者なんだ……?」

「私はこの国を治める王の一人、アースと申します」

「王の、一人?」

「皆さんが戸惑われていることは理解しています。ですがここでは話すのも(はば)られるので、詳しい事情は私の家で話させていただきたいと思います。早速どうか私に付いて来てくださいませんか?」

 容姿とはかけ離れた丁寧で落ち着いた口調から不思議と聡明さを感じさせられるその少女の言葉に、彼らは取り敢えず頷いておくことしか出来なかった。

 いろいろと驚かされることばかりだが、先ずは事態の把握をしなくてはならない。一体この国で何が起こったのか。それを知らなければ、何も動き始めることが出来ないのだから。

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