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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第二章
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Act.80『妖精猫の王国Ⅲ』

 魔城の中からは誰もが居なくなった。

 集まっていた者達はそれぞれ散り散りとなって消え、城内に残っているのは城の主であるエリス・アイン・セレスティアルと祭壇で眠る一人の少女だけだ。

 城の最奥部に安置された少女の元に、光の魔女は静かに佇んでいた。

 副首領や同胞に向けていた威圧的な気配は、今の彼女からは微塵も感じられない。

 その小柄な体躯の通り、どこか脆く弱々しい存在感が眠る少女の前にあった。

「……計画が本格的に進み始めたわ。抗うなら急ぎなさい」

 翠玉色の瞳で少女の顔を真っ直ぐに捉えながら、エリスは厳かにそう語り掛ける。

 相手は言うまでもない。それは呪いを浴びて眠っている少女に向けたものだ。

 生きているのか死んでいるのか。呼吸を止め、心臓も停止しているのに肉体や細胞が腐敗も死滅も起こしていないその少女の身体は、彼女自身の奇蹟によって保護されている。

 そして奇蹟の護りの中で、少女の身体を通じて何らかの力が外部へ働き続けていることを、魔女は最初から見抜いていた。

 彼女は抵抗しているのだ。新たな聖遺物を創造するための核として選ばれ、すべての自由を奪われた中で、彼女はその眼で見出した希望を支えに抗っている。

 そんな少女を見守る魔女は、声が届いているのかさえ解らないまま言葉を続けた。

「こっちはもう準備を終えている。後は貴女の抵抗が先か、ゲインの計画の進行が先か……どちらに転ぼうと私の視た演算結果は変わらないわ」

 少女を見据える翠玉の瞳が淡い輝きを帯び、何度も繰り返した演算をどこかへと指示し、瞬時に導き出されたその結果を再受信する。

 ──やはり結果(ミライ)は変わらない。どちらの思惑が勝ろうが、最終的に望みを果たすのは自分だ。

「そう、変わらないのよ……」

 ゲインが主導する“大偉業(オプス・マグヌム)”は最終段階まで進めなければならない。

 このまま遅滞すれば核になった少女が衰弱して壊れてしまう。そんな事になっては、何度も演算して選び抜いた未来予測がご破算だ。

 それだけは何としてでも回避する必要があった。

「……だから邪魔しないでよ、レイア。今回だけは貴女に譲れないわ」

 (すが)るような、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに苦しげな声が暗闇の空間に吸い込まれていく。

 聖女が執念を以て自分へ迫ると言うのなら、こちらも執念を以て突き放すまでだ。

 この身はかつて至高の光を追い求めた、最速の“無限聖光”。

 速いが故に追い付けず、速いが故に手は届かない。

 貴女がどんなに手を伸ばそうとも。その手は(わたし)(かげ)すら掴めないのだから──



 精霊、霊獣、魔獣、さらには亜人など……そんな幻想の世界に生きる伝説上の存在達が無数に生息する、聖セレスティアル王国南東部に広がる大樹林。

 巨人と見紛うような大木が無造作に林立し、樹海の大気に含まれるマナが濃いため、その息苦しさから人間は決して足を踏み入れない神秘の秘境に、平然と佇む人影があった。

 その人物の周囲には数多くの獣達が集い、無防備に身を横たえているほど安心している。

 人影の正体は、若さを残しながらも肉体は成熟期を迎えた青年の男だった。

 翠緑色の髪をそよ風に揺らし、両目を閉じて微動だにせず佇立するその姿は、さながら自然と一体となっているかのようだ。

 そんな男の元へ、落ち葉や茂みを踏み分けて近付いて来る気配があった。しかしその足音を耳にしても、獣達は警戒せずに気楽に寝そべったままだ。

 唯一反応を見せたのは、両目を静かに開いた不動の男だけだった。

「──戻ったか、リーティア」

 男の前に現れたのは、数日前にこの森から出掛けていた『トゥーレ』の一人、アルハート・F・リーティアだ。

 そんな男を迎えた人物の名は、レオナ・E・アルシオーネ。アルハートと共に『トゥーレ』に属しながら一度も彼らの協力要請に応じたことのない異端の人物である。

「首尾はどうだ?」

 レオナの前で立ち止まったアルハートは、前置きもなく単刀直入に問う。

 彼に何か用事でも頼まれていたのだろう。すぐに問いの内容に思い至ったレオナは、把握している限りの情報を伝えた。

「言われたことはすべてやっておいた。一先ずはお前の目論見通り、聖王は聖女に依頼したようだ」

「それで?」

「あの男も既に目標地点で待機させてある。しかし、あいつは本当に必要なのか?」

「客人をただ呼び寄せるだけではつまらんだろう。余興くらいは用意しておいてやらなくてはな。ついでに例の娘の実力も測っておきたい。それにあの小僧の息子とやらの実力、お前も興味があるようだが?」

「……お前が遊び心を覚えたのは良いが。お前にしては加減が少々雑だぞ、リーティア」

「許せ、まだ慣れていない」

 悪びれもせず笑うアルハートに、呆然と溜め息を吐くレオナ。とは言え彼も咎める気がないのか、それ以上は何も言わず、アルハートの傍らへ目を移す。

 一見そこには何もないが、彼の眼は確かに何かの存在を捉えていた。

「それが例の“声”の?」

「ああ、私も最初にこれを見た時は流石に驚いた。死霊使い(ネクロマンサー)にでも見せれば、さぞかし価値観を崩壊させるだろう」

 二人がそこにいる“何か”をじっと見据えていると、どこからともなく声が響いた。

 しかしそれは二人の耳──いや、二人が有する特殊な力でしか認識出来ない声だった。


『──本当に、貴方を信用しても良いのですね?』


 少女の声。

 不安の色を滲ませたその疑問の声に、アルハートはさも興味などないように淡々と答えた。

「最初に声を掛けてきたのは君だろう。そもそも君が私を信用するかどうかなどどうでも良い。私は君を利用するために、君を例の小娘に接触させるのだ。君はそんな私を利用すれば良いだけの話ではないか。すべて君の描いた未来通りに進んでいる筈だが?」

 情を感じさせない冷ややかなアルハートの意見に、声は返って来ない。

 そんな声の主に代わるようにアルハートへ文句を口にしたのは、苦笑を浮かべたレオナだ。

「一言、『任せろ』と言えば良いだろうに。わざわざ回りくどいな、お前は」

「私は自分の考えを素直に述べただけだ。他人の顔色を窺って言葉を考えてやる気はない」

「……とまあ、この男は聞いての通り気難しい男でな。信用しろとは言わんが、己が口にした言葉は必ず実行する男だ。取り敢えずはリーティアの言う通り、君はこの男の都合を利用すれば良い」

『……貴方達は何者なのですか。私の声に応え、私と接触までしてここまで誘って……一体何を考えているのです?』

「敵の敵は味方、とまでは言わないが、それに似たようなものだ。俺とリーティアはゲイン・フューリーの今回の企みを阻止したいのだよ。あの男が今回考えた聖遺物は、この世に在ってはならないものだそうだからな。俺はともかく、リーティアがソレを気に入らないと言う」

『っ、貴方達は、彼らの目的を知って──』

「無駄話はここまでだ。行くぞ、レオナ。標的がもうじきこのセレスティアルに現れる」

「ああ。聖都で良いのだったな?」

 一閃。

 アルハートの指示を受けたレオナが、即座に何かを握って一瞬で虚空を切り裂いた。すると彼の手から光が散り、二人の目の前で空間の裂け目が音もなく広がっていく。

 その裂け目の向こうには、別の景色──聖都フレイヤ近郊の山林が続いていた。そして空間の傷口が修復され始める前に、彼らは裂け目を通り抜けて樹海を脱する。

 副首領の計画が動き出し、首領の陰謀が耽々と先を見据え、鬼謀の策士は静かに神算を巡らせる。

 そんな混沌とした様相を呈してきた現状を、男達に連れられた“少女”は複雑な想いで見つめていた。

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