Act.79『妖精猫の王国Ⅱ』
「さて、これからどうなさいますか。副首領」
話を促すローザリンデに頷き、ゲインは静かに説き始める。
「当面の進行はシンプルです。私とローザリンデ、それとヨハンとスフィアードで手分けして魂の蒐集を行います。ノヴァとラミラには総魔導連合とクラウンヴァリーの注意を引いておいてもらいたいのですが、お願い出来ますか?」
「あん? つまりは俺に囮をやれってか、テメェ?」
「ええ、大雑把に言えばそうなります。既に総魔導連合の聖女が直属の『魔神』達を動かしているようでしてね。彼らの相手は、同じ『魔神』である貴方達が適任でしょう」
「……総魔導連合か。あそこの『魔神』と言やあ、誰が居やがんだ?」
「“真実の徒”の八神黄泉と神咲想幻。おそらくは創始者のエド・グランドと麟麗龍もだな」
因縁深い相手がいるからか、常に冷静沈着なノヴァにしては舌に少し熱が帯びた説明だった。
そしてそれを聞いたヨハンは、何やら顔に嫌悪感を滲ませる。
「ああ、あの“火”の小娘と“木”のクソジジイか。どちらにも襲われたことがあるから、俺はよぉく覚えてるぜ……あんな奴らに会うのは二度とごめんだ」
「何だ、ヨハン? お前、女と老爺ごときに殺されかけたのか」
「お前はアレに出会したことがないからそんな大口を叩けんだよ、スフィアード。女の方は物だろうが魔術だろうが無差別に燃やして来やがるし、ジジイに至っては完全に初見殺しだ。あんな連中を相手にするなんざ、命がいくらあっても足りねえよ」
「ハハ、らしくねえ弱音だなァ。で、まだそんなのが二人いるって話だが?」
「創始者の二人については、警戒する必要はないでしょう。エド・グランドは本部に常駐していて戦場には出て来ませんし、麟麗龍も数十年は世間に姿を現していません。ですがもう一人──“魔法殺し”のセン・ルクス・ウォーノルンには重々警戒を。彼の場合、戦闘状態になってしまえば誰も勝てませんから」
「ハ、なに眠てぇこと言ってやがんだ副首領殿」
何か確信を持ってそう告げるゲインに、唯一反発したのはラミラだ。
己の実力に絶対の自信を持つラミラは、現代最強の魔導師と謳われている彼と未だ対峙した経験はない。
噂だけはよく耳にしているが、世界中で異様に賛美され続けている彼の実力は正直に言って疑わしい。何を以て強いのかも曖昧で、何故最強だと断言されているのか根拠がない。ただ噂に尾ひれが付いて、一人歩きしているだけではないのか。
世間での風聞を聞いている限り、ラミラにはそんな印象しか抱けなかった。
「“魔法殺し”が何だってんだ。あくまでも人間の土俵の上では最強ってだけなんだろ。だが俺は大地の神性だぜ? どんな能力を持っていようが、人間風情が大地に敵う道理は無ェ。文字通り、存在の規模が違うんだからよォ」
不敵に言うラミラの実力は確かに本物である。
ヨハンやスフィアードでも彼を殺すことは難しいし、真っ向から戦えるのはノヴァのような同じ存在──原初の古き神々に見初められた人間である『魔神』だけだ。
「まあ、意気が良いのは結構です。ともあれ、ノヴァとラミラには総魔導連合やクラウンヴァリーへの陽動をお願いします。方法は問いません、自由に動いてください」
ゲインの指示に静かに頷いたノヴァは雪に、猛々しく笑ったラミラは砂に変貌して、先に大広間から空間転移で離脱していった。
残ったヨハンとスフィアードは床に崩れ落ちた砂を見下ろし、共に嘲笑を浮かべる。
「あの男は大丈夫かねぇ? 完全に“魔法殺し”を舐めてたようだが」
「あんな自尊心の塊みてぇな男だ。一度それが砕け散るのも見てる分には面白ェじゃねえかよ、ヨハン」
「クク、ああ違ぇねえや」
「相変わらず仲が良くて微笑ましいですが。ふたりとも、そろそろ我々の本題と行きましょうか」
くつくつと笑う二人へ、ゲインは少し親しげにそう告げる。
先ほど離脱したノヴァを含め、この場にいるのは『トゥーレ』最古参のメンバーだ。他にエドガー、ベアトリス、アルハート、レオナといった面々もいるが、彼らに関しては独断行動の多い非協力的なメンバーのため、自然と顔を合わせるのが多いのはこの四人とノヴァとなる。
「ヨハン。全員分の魔道書を用意していただけますか」
「あいよ」
軽く答えたヨハンが虚空に指を伸ばすと、何かを指先に引っ掛けて、それを手中に収めた。
何もなかった虚空から出現したのは、大辞典のように厚みのある一冊の本だった。
だがその本には異常なほどの邪気が染み付いており、見るからに呪われた代物であろうことは理解出来る。
それこそはヨハン・セレスタイトが所有する聖遺物。人類史の伝承に登場する道具を再現した、『トゥーレ』の秘儀が生み出した禁忌の一つ。
名は『禁書目録』。
元々は教会や信徒を脅かす書物の数々を書き記したとされるリストであり、聖遺物として再現されたソレは魔道書や魔術師、魔導師が秘めていた無数の魔法をすべて収めているという万魔の蔵だ。
「──Index de Quaerere. Diabolus animam pauper clamavit, Frui parat festum.」
ヨハンが厳かに呪言を唱えると、ひとりでに開いたページから次々と光が溢れ、ゲイン達の手に渡って一冊の書物へと変貌を遂げる。
それはフォルテ達が魂の蒐集に用いていた魔道書と同じ機能を持った代物だが、こちらは蒐集出来る量が大幅に増加されていた。
「ゲイン。そんなモンで良いかよ」
「結構。では、我々の今後の行動についてですが──」
「ああ、その説明は要らねえ。手分けするんだろ、決めるのはそれだけで充分だ」
「俺達はいつも通り、好きにやらせてもらうからよ」
ゲインの言葉を遮ったスフィアードにヨハンは同調し、『禁書目録』から光を放って共に姿を消してしまう。
早くも勝手に動き始めた二人に苦笑を漏らしたゲインは、そのまま大広間の外に向かって歩き出した。
「やれやれ、あの二人にはいつも手を焼かされますね。少しは足並みを揃えてもらわないと」
「どうせ分かり切っていたことではありませんか」
淡々と言うローザリンデだけが、ゲインと足並みを揃えて隣に続いてくる。
大扉を抜けて歩廊に出ると、そこでようやく二人だけになったからか、ローザリンデは胸に留めていた疑問を主人へと訊ねた。
「本当に貴方も出るおつもりですか?」
「ええ。私は首領に偽りの言葉は述べませんよ」
「しかし、今の貴方に何が出来ると言うのです。本当に盾くらいにしかならない役立たずでしょうに」
「はは、君は本当に手厳しいですね」
彼女からの罵言を笑顔で受け止めるゲイン。そんな彼へローザリンデは視線で問い続けた。
どうして貴方が舞台に上がる必要があるのか、と。
すると彼はずっと絶やさなかった微笑を崩して、何か遠くのものへ視線を向けて神妙な面持ちを見せた。
「──先ほどの広間に、アルハート・F・リーティアの気配がわずかに残っていました。彼が先刻ここに現れ、首領と接触した可能性があります」
「アルハート・F・リーティアが? ……もしや、首領を?」
「いいえ。首領の身に彼の力の気配は感じられませんでした。しかし、彼が何かを画策していることは確かでしょう。でなければ、ここにわざわざ現れたりしない筈です」
声色は変わらず泰然としているが、ゲインが警戒心を抱いていることは、彼と長い付き合いであるローザリンデには察せられた。
彼にとってアルハート・F・リーティアとは、それほどまでに注意するべき存在なのだ。そしてそれは逆に、アルハートの立場から見ても同じことだった。
故に彼らは同じ勢力に身を置いている。互いの動きを知覚出来るという、それだけの理由のために。
「彼が何を考えているのかは分かりませんが、私が動けば彼はこちらに意識を向けざるを得ないでしょう。その間にも“大偉業”を進めます」
「……あの彼女達はどうなさいますか」
「そうですね。取り敢えずはノヴァとラミラの働き次第ですが、彼らにはしばらくセレスティアルに潜んでいてもらいましょうか。故郷であれば、潜伏するのは容易でしょうし。
──彼らには、まだ舞台に立っていてもらわねばなりません」
再び微笑みを浮かべるゲインにローザリンデは黙して続き、二人の姿は歩廊の闇に消えていく。
常ならば演出家に徹して舞台裏に潜む男が、此度は舞台上に上って役者の一人となって動き出した。
それは、かの聖女の眼を以てしても捉えられない不穏分子であり──彼女の望んだ未来は、その男の登場によって少しずつ曇り始めていく。
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