Act.78『妖精猫の王国Ⅰ』
深い闇に包まれた黒い魔城の中心部である大広間に、『トゥーレ』副首領ゲイン・フューリーは数人の人影と共に足を踏み入れた。
彼が引き連れて来たのは、今回の“大偉業”に当たって彼の呼び掛けにすぐさま応じた者達だ。
ゲインの従者であるローザリンデや先だって協力しているノヴァ・ヴァナルガンドの他、そこには三人の男の姿が続いていた。
どの男も尋常ならざる不穏な気配を纏っており、その誰もが総魔導連合やクラウンヴァリーが指名手配している悪名高い犯罪者達だ。
「……おい、“大偉業”に関してはメンバーは協力するって決まりじゃなかったか? 何だゲイン、この集まりの悪さはよ。総数の半分もいねえじゃねえか」
大広間に到着早々、自分達以外に誰一人としていない光景を見て、男の一人が嘲るように笑う。
受けたゲインは、微笑みながらも淡々と答えた。
「手を貸してもらいたい人物達には声を掛けているのですけどね。他は敢えて呼んでいませんが、確かに集まりが悪い。なので貴方達が早々に応じてくれて助かりましたよ、ヨハン」
「ハ、そうかよ」
ゲインの人望の無さについて皮肉を言ったつもりだったヨハン・セレスタイトは、何ら意に介していないゲインの様子に冷めた表情を浮かべた。
するとその隣、色褪せた金髪の男がヨハンを笑いながら、ゲインの言葉に問いを投げ掛ける。
「呼んでねえってのは、その連中に何も期待してねえからか? 確かにここにいる面子に比べりゃ、他は塵屑みてえな劣等ばかりだがよ」
「そこまで辛辣なことは思っていませんよ。しかし、声を掛けていない新参者達に関しては、我々の“大偉業”に関心が薄いとは感じていますが」
「ほぉ、そうかい。だがそいつに関しちゃ、こっちの男も同類だと思うが?」
金髪の男は最後尾を歩いていた褐色の肌の男へ視線を投げる。
するとその男は目の前の金髪の男に獰猛な笑みを返し、挑発的な態度で口を開いた。
「目の前で言ってくれるねェ、吸血鬼さん。ああ、確かに俺はアンタ達の“大偉業”なんざに興味はねえさ。だがそんな大層な目的に従ってるアンタ達の方が、俺の目には却って不思議に見えちまうね。
アンタ達だって俺と同類で、ただ人を殺したくて殺したくてたまらない屑野郎だろうに」
褐色の肌の男の言葉に、金髪の男とヨハンはまるで兄弟のように揃って嘲笑した。
殺人が趣味のお前と一緒にするな、と言わんばかりの侮蔑を込めた笑みだ。
一触即発とも思える剣呑な空気が三人の間に流れる中、それを見ていたノヴァが冷ややかに言う。
「あんた達、つまらない事でいがみ合うなよ。どいつもこいつも似たような口調のくせに、細かい事で争うな」
「「「はァ? 口調は関係ねえだろッ」」」
一言一句違わず揃う男達の声にノヴァは鼻で笑い、より険悪な空気が広がっていく。
だがそんな空気を切り裂くように、大広間に突如として鮮烈な気配が出現した。
それを察してゲインとローザリンデが首を垂れる先──玉座の前に発生した“白”の光。
あらゆる闇黒を塗り潰すその魔力色を持った存在の登場に、声を荒げていた三人やノヴァも閉口せざるを得ない。
光と共に現れたのは、鮮やかな金髪を背中に流す小柄な女性。小さく、軽く、華奢な体躯をした人物ではあるが、その身から放たれる魔力と威圧感は大広間全体の空気が軋むほどに強大だった。
そして玉座に腰を下ろしたその女性に対し、ゲインは面を下げたまま報告を述べる。
「お待たせ致しました、首領。此度の“大偉業”の協力者として、ノヴァ・ヴァナルガンドの他にヨハン・セレスタイト、スフィアード・レイ・エクスハザード、ラミラ・ヴェルデを連れて参りました」
「そう。随分と数が少ないんじゃない?」
まるで興味などないように、首領エリス・アイン・セレスティアルはゲインへ冷淡に問う。
全身を押し潰されるようなプレッシャーを浴びながらも、ゲインは変わらず平静だった。
「他にエドガーとベアトリス、マルスやビスマルクといった者達にも声を掛けていますが、戦力としてはこれで充分と考えました。聖遺物の所有者が三人に『魔神』が二人。これに私とローザリンデも加えさせていただきます」
「お前が?」
わずかに驚きの色を含んで、エリスが言葉を漏らす。
さもありなん。これまでのすべての“大偉業”に関わってはいるが、ゲインが表舞台に直接立ったことは一度もない。
そんな彼が自ら舞台に上がると言っているのだから、これに疑問を覚えない筈はなかった。
「はい。今回は発案者として、私にも一役を担う責任はあるかと思いますので」
「お前がそんな殊勝なことを言うなんて、気味が悪いのだけれど。……そもそもお前、戦えるの?」
聖遺物を所有するローザリンデはともかく、ゲイン・フューリーという男の戦闘能力については首領のエリスですらも未知数だった。
魔術師なのか魔導師なのか。それすらも判然としていない。しかし彼は異常な分析力と先見力であらゆる困難を回避し、今までの“大偉業”を主導してすべてを成功に導いて来た。故に誰も彼のその能力を疑わないし、副首領の座に在ることを認めている。
とは言え、戦闘に関するとなると話は全く別だ。
「お言葉ですが首領。副首領の実力については、私が保障致します。強いかどうかはさて置き、しぶとさについては天下一かと。殺しても死なないような方なので、いざという時は盾にすると便利です」
「はは。首領の前でも毒気は抜けませんか、ローザリンデ。まあ、その通りなので私も文句はありませんが」
ローザリンデの毒舌に緊張感なく笑うゲインを、背後に佇む男達は不気味なものを見るような目で見ていた。
そもそも彼が普通の人間でないことは誰もが分かっている。『トゥーレ』の結成以前から姿を変えずに生き続けているという男が、普通の存在である筈がない。
何かしらの理由で実力を隠しているのか。一度としてその片鱗すら見せていない不気味な男を信用するのは、あまりに危険だが。
しかし首領はそんな彼へと、躊躇なく全権を投げ渡す。
「まあ良いわ。お前が直接動くって言うなら、お前が好きに考えて事を進めなさい。私が求めるのは成果だけよ」
「承知しました。このゲイン・フューリー、誠心誠意を込めて“大偉業”を遂行させていただきます。首領はどうかごゆるりと我々の働きをご覧になっていてください」
返事をせず、首領の魔女は光を纏って城の奥へと消え去った。
恭しく首を垂れ続けていたゲインは、彼女の退去と共にようやく顔を上げる。
「……相変わらず無気力な女だ。何もせず引きこもってばかりの女を、首領と呼ぶのはどうかと思うが?」
「首領には今回の聖遺物の核となる少女の管理をお願いしています。何もしていないわけではありませんよ、ラミラ」
「へいへい、そうかい。そいつは失礼したね、副首領殿」
ラミラは無感情に謝罪を述べてから、腕を組んで聞き耳を立てた。それは他の男達も同様で、指揮権を預けられたゲインへと全員が視線を注ぐ。
伝承や神話の中にしか存在しない道具をこの現代で製造するという“大偉業”。造り出すのは単なる道具ではなく、存在するだけで人類に多大な影響を及ぼし得る禁忌の遺物である。
現存する六つの禁忌の内、四つはゲインが主導した“大偉業”によって製造されたものだが、それらは彼の発案ではなく、現在の所有者がそれぞれ提案したものだった。
しかし今回七つ目となる新たな聖遺物は、ゲインが初めて自ら考案したものだ。奇想天外な発想ばかり思い付く男の案だけに、その聖遺物は今までのモノと比べても一線を画すほどの眉唾物である。
果たして本当にそんなモノを創り出すことが出来るのか。ラミラ以外の三人の男は己の欲求に沿いながらも、その興味だけで今回の協力要請に応じていた。
──この男ならば実現しかねない。
自分達が所有する聖遺物も、最初は夢物語のモノでしかないだろうと考えられていた。しかしその悉くをすべて実現してきたゲイン・フューリーという男の所業には、何やら魅入られる魔力があるのだ。




