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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第二章
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Act.76『聖王の依頼Ⅵ』

 総魔導連合(イデイン)本部である大神殿『イデアル』がそびえ立つ、アレーテイア共和国の首都──通称“真都”。

 セレスティアルの聖都、クラウンヴァリーの帝都、そしてミーティアの学都にもそれぞれの国の栄華が街の景色から見て取れるが、この国の都は商業で栄えているとあって住居よりも商店が多い。

 特に都市の中心部へ行くほど店舗の数は多くなり、その地域に住居を構えられるのは下宿している執行者や富裕層だけだ。

 御神翼とメシエ・バーミリオンの場合、前者ではなく後者に当たる。先祖や親の代から総魔導連合(イデイン)の上層部に勤めている家族がいる二人は、アリエルのようにアパートメントではなく本部近辺の実家に暮らしているのだった。

 三国の代表者達の姿を見てから二時間。せっかく顔を合わせたので別れずに街へ繰り出して歩き回っていた二人は、カフェテラスで小休止しつつ、お互いの住処について会話を交えていた。

「そっか、ツバサも東の地区に住んでるのよね。奇遇ね、私もよ」

「……東は住宅地が多いからな。まあ、そういうこともあるだろう」

「御神家の屋敷って、確か東でも有数の豪邸だったわよね。いいなあ……私の家、わりと普通だからなぁ」

「広い家なんて不便なだけだ。移動は疲れるし、全体の管理も大変だからな。……俺は君達の住まいの方が羨ましい」

 テーブルを挟んで対面に座る二人の会話は終始、メシエが主導権を握って、翼がそれに受け答えする形で進んでいる。

 無口なわけではないが物静かな翼に対して、メシエは相手がいるのに黙っているのは落ち着かないという性格のため、自然とそんな構図になってしまったようだ。

 とは言えメシエが自分に気を遣ってしゃべっているのではない事は察せられるため、翼も彼女の会話に応じることに嫌気を覚えていなかった。

「そう言えばツバサはお兄さんが情報科の“管理者”なんだっけ。どうして調査員じゃなくて執行者に?」

「……あまり兄と比較されたくないからな」

「えっと……ごめん、なんか触れてはいけないこと訊いちゃった?」

「別にそうでもない。俺と兄の間には大してそういう意識はないが、家の者がな。勝手に比較してくるから煩わしいんだ」

「ふぅん……そっか。古い家系って大変そうね……」

「……古いと言えば、アリエルのことだが」

「ん?」

 翼が初めて自ら話題を切り出したので、メシエはカップを手に取りつつ耳を傾ける。

「アリエル・アイン・ウィスタリア。ウィスタリアという家名に聞き覚えはないが、アインの方は君も知識があるだろう? ……あの“アイン”となにか関係があるのだろうか」

「うーん……どうだろ。アインって名前、結構ありきたりな気がするし」

「だが、あの創世の魔導師の弟子だという話だ。伝説の創始者達は親しい間柄だったと伝えられているし、無関係ではなさそうだが」

「気になるんだったら、本人に直接訊いてみたら?」

「それは……無理だな。俺は君と違って口が下手だ。きっと当人の前ではなにも言葉が出ない」

「質問するのに、上手も下手もないと思うけど……でも、私とは普通に話してるじゃない?」

「言っただろう。君が話し上手なんだ」

「……あの。ずっと気になってたんだけどさ、なんで私のことをわざわざ“君”って呼ぶの? 任務の時には、普通に名前で呼んでくれなかったっけ」

「……」

 今日出会ってから、彼から一度も名前で呼ばれていないことに、メシエはずっと疑問を覚えていた。

 この場にいないアリエルのことは素直に呼べるのに、どうして面と向かっている相手の名前は呼べないのだろうか。

「……空気が違うだろう」

「空気? いやまあ、言いたいことはなんとなく分かるけど」

 任務に臨んでいる時と今現在の日常の空気感は明らかに別物だ。特に前回の任務は執行者となって初めての任務だったということもあり、常に緊張感を抱いていた。

 余裕がないと、無意識に他人を記号のように扱ってしまうことは無理からぬことだが、だからこそ名前を呼べたというのも奇妙な話だ。

 ならばこうして安穏とした空気の中で、面と向かい合う相手の名前を呼べないのは──

「……ん? もしかしてプライベートで異性の名前を呼ぶのは恥ずかしかったりするとか?」

「そんなわけないだろう。……目の前にして、こう言うのは失礼で心苦しいんだが。まだあまり親しくない相手の名を呼ぶのは、個人的に抵抗があるんだ」

「ふーん、そう」

 メシエには発想のない考えだったが、彼の気持ちは理解出来なくもない。

 しかしチームメンバーとして仲間意識が芽生えた相手に、事前に断りを入れてくれたとは言え、まだあまり親しくないと言われたのは何だか癪に障った。

 なので、メシエは強硬手段を取ることにした。

「じゃあ私達、今から友達になりましょう? 仕事で名前を呼び合える仲間だけじゃなく、プライベートでも名前を呼び合えるような友達に」

「え」

 メシエの突然の言葉に、翼は困惑した。そんな彼の動揺が伝わったのか、肩で寝ていたハチが目を覚まして首を傾げる。

「というわけで早速、私の名前を呼んでみましょうか」

「いや……友人関係というのは、そんな強引に築くものなのか? もっとこう、自然に──」

「そんなのらりくらりとした感じで関係を築こうとしたら、友達を作るのに絶対苦労するタイプよ、あなた。試しに訊くけど、他に友達はいる?」

 メシエの問いに視線を泳がせた翼は、最終的に自分の肩にいる真っ白な小鳥へと向けた。

 動物が友達。うん、それはとても素敵なことだと思う。

 けれど今のメシエの心には容赦という二文字はなかった。

「じゃあ私がツバサにとって人間の友達第一号ということで。はい、私を名前で呼んでみて」

「急にそう言われてもな……」

「急じゃないわよ。ちゃんとそういう流れがあったでしょう。ほら、呼んで。早く」

 一つ年下の少女に完璧に言い負かされている翼は、逃げ場がないことを悟って溜め息をこぼした。

 どうして彼女はそこまでして名前を呼ばれたがっているのだろう。

 翼にはその思考がまったく理解出来なかったが、他人行儀にしていた自分が悪いと観念して、彼女を見やって心の準備のために一度深呼吸を行う。

「いや、ただ名前を呼ぶだけでそんな準備がいる?」

「いいだろう、別に……」

 兄や親戚、その他の家族と屋敷にいる者達だけとしか人間関係を築いて来なかった翼にとって、『白の光明(オウル)』のチームメンバーは初任務を通じて少し特別な存在だという認識を持ち始めていた。今までの人間関係にはいなかった、自分と初めて同じ立場に立つ近しい者達だからだ。

 そんな中で友人になろうと言ってきたメシエ・バーミリオンは、さらに特殊な存在だと言える。

 正直に言って迷惑だという印象の方が少し強いが、多少なりとも翼のことを案じて言ってくれているのだから無下に扱うことは出来なかった。

 だから、彼は戸惑いを滲ませつつもしっかりと告げる。

「……メシエ」

「うーん……渋々言ったみたいで、理想的な感じには程遠いけど。まあ、初回だし及第点にしておいてあげるわ」

「何様だよ、君……」

「初めてのご友人様だけど。あ、また君って呼んだわね? 今度から失点にするから、気を付けるように」

「なんで得点制なんだ」

 得意げに笑うメシエに、翼は遠慮なく再び溜め息をこぼす。

 まだまだ気安く口に出来そうにないが、彼女の名前を一度呼んでしまうと、次に名前を呼ぶことへの抵抗感は不思議と薄れていた。

 友人とは、こういうものなのだろうか。

 そんな未知の経験に戸惑う翼を、肩に乗るハチは奇妙なものを見るような目で見つめていたが──突然、純白の羽毛が何かを察知したように(ざわ)めいた。


「おい、そこの小僧」


 翼へと呼び掛けられる無愛想な男の声。

 聞き覚えのない声に翼が目を向けると、そこには見知らぬ長身の偉丈夫が立っていた。

 長い黒髪を櫛を挿して束ね、左右で黒と白に分かれた和服を軽く着崩した筋骨隆々の男。

 それは聖セレスティアル王国において守護神として王家に寄り添い、先ほどまで本部の議場で聖王を見守っていた男、八雲の姿に相違なかった。

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