Act.74『聖王の依頼Ⅳ』
アリエルが胸中に湧く寂しさに頭を抱えたくなっていると、孔明とメリッサの元に注文の品が届けられた。
そしてタイミングを同じくして、店の入口に見知った気配が現れたことにアリエルは気付く。
見れば、赤髪の小柄な女神がきょろきょろと店内を見回しているところだった。
「ヘカテーさん?」
「あ、いました」
アリエルを探していたのか、オレンジ頭を見つけるなり後ろへ振り返って誰かを呼ぶヘカテー。
すると彼女に招かれて、店内に二人の女性が足を踏み入れた。
それは同じ顔立ちをした双子の女性だった。大きく区別が付けられるのはブラウンの髪が長いか短いか、というものだけだ。他には表情の違いくらいだろうか。
そんな瓜二つの二人組を連れて歩み寄って来たヘカテーに、アリエルは頭に疑問符を浮かべながら訊ねた。
「えっと……ヘカテーさんのお知り合い、です?」
「そうですね」
淡々と答えるヘカテーにアリエルはどう反応して良いのやらと困り顔だが、対面の孔明とメリッサは疲労の色を顔に貼り付けたまま、それぞれカップを手に取った。
「どうやら私、相当疲れてしまっているようですね……まさかステラルム代表達が、目の前に居られるなんてあり得ませんし。ねえ、メリッサちゃん?」
「ええ、私にも同じ幻覚が見えてしまっているようです。手持ちの薬で、なにか有効なものはありましたかね……」
彼女達は疲労のせいにして、我関せずと現実逃避を始めてしまう。
そんな彼女達を他所に、ステラルム姉妹はアリエル達の隣のテーブル席に腰を下ろして、それぞれアリエルの方へと向き直った。
「どうも初めまして、アリエル・アイン・ウィスタリアさん。私、キアラ・ステラルムと申します」
「初めまして。僕はキエレ・ステラルム。よろしくね」
「は、はあ……どうも」
突然見知らぬ二人に声を掛けられて、状況がまだよく呑み込めず返事が雑になってしまうアリエル。
助け船を求めようにも孔明とメリッサはデザートに夢中になっており、ヘカテーはアリエルの隣に座るや否やメニュー表を眺めて注文を考えている最中だ。
そんな困惑する少女の姿に、姉妹は苦笑を浮かべて謝った。
「突然のことで驚かせてしまってすみません。少しだけ時間をいただいてもよろしいですか?」
「え、えっと。私になにかご用ですか……?」
「うん。君、彼の──キョウ君の新しい弟子なんだろう? だからせっかくの機会だし、君に挨拶でもしておこうかと思ったんだ」
「へ?」
いきなり師匠の名、それも魔界での通り名ではなく本名を口にしたキエレを見て、アリエルは余計に混乱する。
「し、師匠のお知り合いの方ですか……?」
「ええ、とてもよく知っていますよ。彼が日本へ移住する前、百年以上もの時を家族として一緒に過ごしていた仲ですから」
「え? えっ?」
アリエルの頭上で乱舞する疑問符の数々。
半ば思考が停止し始める少女を見据え、姉妹は思わず顔を見合わせた。
「キアラ。もしかして彼、僕達のことは何も話してないんじゃないかな?」
「この反応だとそうみたいですね。何だか寂しいと言いますか……まあ仕方ありませんか」
同時に溜め息を吐く姉妹を見て、相変わらず疑問が解けないアリエル。
どこから説明したものかと考えた姉妹は、先ずは簡単な自己紹介から始めることにした。
「アリエルさん。ステラルムという名はご存知ですか?」
「はい、確か魔界の四大勢力の一つだったかと……あれ、ステラルム……え、もしかしてお二人って……?」
「そう、そのステラルム連邦。僕とキアラは今、そこの代表を務めていてね。元々は君の師匠が僕達を神輿にして創ったものなんだよ」
「だ、代表!? そ、それに師匠が創ったって……!?」
魔界創始者の一人であり、総魔導連合の創設者にして“長”であったという師匠ならばそういった経歴もあり得ない話ではないが、そんな話は一度も聞かされたことがなかった。まあ、そもそも彼の過去を聞いたことがあまりないのだが。
ステラルム連邦が成立したのは、およそ百年ほど前。現在は学問の聖地として隆盛を極めているミーティアが小国から急速に発展を遂げ始めたのは、さらに十数年前に遡る。
世間では、ミーティアの姫だったステラルム姉妹と彼女達を導く賢者によって為されたものだと言い伝えられている。どうやらその賢者というのがアリエルの師イデアと、彼の同胞であるアサヒ達だという話だ。
彼らは日本に定住する以前はミーティアを拠点として活動し、分散する南方の国々をまとめ上げることで四大勢力の一角となるステラルム連邦を築いた。
そんな彼らの下で育ち、共に暮らし、今では国を預かる大魔導師となったのがキアラ・ステラルムとキエレ・ステラルムなのだそうだ。
「僕達は彼に弟子入りしてはいないけど、身寄りを失った僕達は彼らに家族として扱われながら、いろいろなことを教えられて育ったんだ」
「ヘカテーさんから聞いた話では、貴女も私達と同じような境遇から救われて、彼らの家族に迎え入れられたそうですね」
「つまり僕達は、大雑把にまとめると姉妹の関係に当たるわけだ。だから新しい妹に挨拶をしておこうと、こうして君の元へ訪ねてみたわけさ」
「は、はあ……なるほど」
あまりに突然の話に、まだ理解が追い付いていないアリエルではあったが、彼女達も師匠に救われた同類なのだということで早くも親近感は抱き始めていた。
日本にいる者達だけではない。この二人を含め、聖女レイアやまだ見ぬ三人の姉兄弟子達、もしかしたら他にもイデアを中心とした“家族”がいるのかもしれない。
そう考えると、アリエルは自分がとんでもない集団の中に属してしまったのだという驚きと共に、そこに自分が含まれる事実に何だか誇らしさを感じた。
「……すみません、さっきはちゃんと挨拶出来ていませんでした。私は師匠イデアの弟子、アリエル・アイン・ウィスタリアです。どうぞよろしくお願いします」
深々とお辞儀するアリエルに、姉妹は嬉しそうに微笑む。
血の繋がりはないが、イデアを通じた家族という繋がりのおかげで、初対面でも不思議と親しみを感じているのは二人も同じだった。
否──これは家族というコミュニティにいるからだけではない。この不思議な仲間意識の理由は別にあると、キアラとキエレはすぐさま見抜いていた。
「あ、そっか……さっき孔明さんが言っていた要人って、お二人のことだったんですね。会議を行っていたとかどうとか……」
「ええ、まあ。最近、世間が騒がしいのでその話し合いをレイア様やグラン帝、聖王猊下と行っていたんです。グラン帝は既に帰りましたが、聖王猊下はまだお残りになられていますよ。後でレイア様や猊下と私達で食事をしようという話になっているのですが……良ければアリエルさんも一緒にどうです?」
「えっ──む、無理です無理です無理ですっ! そんなノーブルな集まりに、庶民の私が入るのは危険極まりないですぅ! 主に私の心臓がっ!!」
「そうかい? まあ、僕達もあのお二人に比べたら卑賤の身だし、気持ちは解らなくもないんだけどさ」
キエレは笑いながら、ヘカテーが呼んだ店員に姉共々ヘカテーと同じ注文を頼み、新しい家族へ穏やかな視線を向けた。
「そういうわけで、食事の時間までの暇潰しに、少し話に付き合ってもらえませんか? 日本での彼らの話を聞いてみたいのですが」
「師匠達の話……ですか?」
「うん。みんながあっちで今はどうしているのか、やっぱり興味があってさ。その代わり、彼らが僕達の国にいた頃の話を君に聞かせてあげるよ。どうだい?」
「あ、ぜひ聞いてみたいですっ」
「では決まりですね。よろしければそちらのお二人も、私達の暇潰しに付き合っていただけませんか?」
「……え、えっと。喜んで」
「……胃薬を持ち歩いていてよかったですね、先生」
ようやく緊張感から解放されたと思いきや、まさかの延長戦に胃痛を予感した孔明とメリッサは必死に笑みを浮かべる。
それから一時間。アリエル達が楽しそうに歓談を繰り広げる中、医療科トップ二人の戦いは水面下で激しい様相を呈するのだった──




