Act.72『聖王の依頼Ⅱ』
「さあ、アテナ。貴女の用件を伺いましょうか」
「はい。──実は先日、ケット・シーの国からとある依頼を受けていまして……その件についてレイア様にご相談させていただきたいのです」
「ケット・シー……確かネコの妖精のことですね」
それは人界のアイルランドに伝わる妖精の一種だ。あちらの世界のマナの減衰に伴い、魔界へと移住してセレスティアル領内に王国を築いた種族である。
その姿は二足歩行で歩くネコと言い伝えられており、独自の文化と王制を貫いているため、他種族とはあまり交流を持たない妖精として魔界では知られている。
レイアも自由奔放な彼らの気質はよく理解しているため、そんなケット・シー達から依頼が舞い込んで来たという事実に驚いた。
彼らが聖王に気を許していると言うよりも、聖王に頼らざるを得ない事態が彼らの王国で起こっていると見るべきだろう。
「彼らの国で、何かが起きているのですか?」
「はい。ケット・シーの王が行方不明なのだそうです」
「行方不明……?」
王制を敷くケット・シー達にとって種族の代表であり、絶対的なリーダーである王の不在。
成程、確かにそれは一大事だ。頼るべき存在がいないのであれば、聖王に頼らざるを得ないのも無理からぬことだ。
「つまりケット・シー達からの依頼とは、その行方不明である王を捜索して欲しいというものでしょうか?」
「その通りです。私はこの依頼を、総魔導連合に移譲したいと考えています。私としても、同じ大地に生きる者として彼らに力を貸してあげたいのですが、恥ずかしながら我がセレスティアルには、そのような事件に上手く対応出来る者がおらず……」
「あの国にいるのは、王へ美辞麗句を捧げることしか能のない人間ばかりだからな」
「八雲様。お言葉が過ぎますよ」
セレスティアル王国の国民に対する八雲の辛辣な評価に、アイギスは思わず諫言を口にする。
だが、彼の言葉は皮肉交じりではあるが国民達を侮辱しているわけではない。セレスティアルの民衆は長い歴史の中で紡がれて来た伝統と思想を後世の人々に伝えながら、聖王を心の拠り所として讃え、敬い、信仰することで心に安寧を得ている。
他国の目からすれば異常な文化に映るが、信仰という概念が国家の秩序の一つとして機能している以上、聖王への礼讃はセレスティアル国民には必要不可欠なものなのだ。
「ですので、レイア様の……総魔導連合のお力をお借り出来ないでしょうか……?」
「ケット・シーの王の捜索ですか……」
セレスティアル王家は領内に生きる数多の精霊や魔物と種族単位で契約し、有事の際にはお互いに助け合うことを誓っている。
王になったばかりのアテナがそんな彼らからの救援要請に応えるのは、間違いなく今回が初めてだろう。ならば彼女がしっかりと聖王の務めを果たせるように、元聖王として導いてあげなければ。
「解りました。後ほどユウヒさんに依頼の内容を伝え、数日のうちに執行者達を派遣出来るように取り計らいましょう」
「あ、ありがとうございます。レイア様」
「ですがよそ者がケット・シーの王国に出入りするためには、セレスティアル王家にいろいろと便宜を図っていただく必要があります。そこは聖王の務めとして貴女が頑張るのですよ、アテナ?」
「は、はい。頑張らせていただきます」
顔に緊張の色を浮かべながらも、真っ直ぐな視線をレイアに向けて言葉を返すアテナ。そんな健気な子孫の姿に、レイアはついつい微笑んでしまう。
だがアテナは相談を終えると、やおら不安げな面持ちで再びレイアを見据えた。
それは聖王ではなく、一人の少女が見せるような弱々しい表情だった。
そんな彼女の異変に気付いたレイアは、心配して思わず席から立ち上がってアテナの元へ歩み寄る。
「どうしたのですか、アテナ……?」
傍へやって来たレイアを見上げ、何やら迷いを滲ませたアテナだったが、自分を見守ってくれている八雲やアイギスの視線を感じて勇気を出した。
「……あの。他の皆さまがいる場では、言えなかったのですが。もう一つ、レイア様にご相談したいことがありまして……」
「はい、何でしょう?」
意を決しながらも沈痛な表情のアテナに、優しく問い掛けるレイア。
そんな聖女の態度に安堵したのか、アテナは静かに言葉を続けた。
「レイア様が述べられた“魂の蒐集家達”と呼ばれる六人の正体について、実は私には心当たりがあるのです」
「え?」
会談の最中、レイアは『トゥーレ』に利用されていると思しき六人の人物の特徴について、八神黄泉から受けた報告を他の代表者達にも伝えていた。
と言ってもその情報は具体性に欠けている。一人の男と五人の若い女性で構成され、魔道書によって他者から魂を奪い集めている。そして男が飛竜クラスを召喚出来る高位の竜召喚師であった、と。
だがアテナは、それだけの情報から何かに気付いてしまったらしい。おそらくそれは、彼女にとって受け入れ難い事実なのだろう。
「貴女は知っているのですか? 彼らが何者なのか……」
「確証はありません。……ですが、竜召喚師の存在と構成人数……そして彼らの活動時期と、私の知る彼らが音信不通となった時期が符合しているのです。認めたくはありませんが、魂狩りの実行犯は私の知る彼らなのではないか……と思います」
認めたくない。だがそれは彼女の中で既に確信を得ているからこそ生じる否定の念だ。
そう、あまりに彼らと“魂の蒐集家達”の特徴は符合している。特に竜召喚師の存在は、アテナの淡い希望を打ち砕くには充分な判断材料だった。
「竜召喚師に何か心当たりが?」
「……セレスティアルには竜の巣がありますから、竜と契約した術者の情報は竜達から自然と王家に伝わります。竜召喚師は数が少なく、大型の竜種となればさらに数が限られます。
私が知る限り、そんなことが出来る術者は……アルティス・ノルマンディー。先代の頃、セレスティアル王家に重臣として仕え、今はセレスティーナに仕えている方です」
「セレスティーナ、と言うと……」
「はい。セレスティアル王家に後継者以外の子供が生まれた場合に籍を置かれる分家です。近年では先代の妹君が当主として在られましたが既に亡くなられ、後にその遺児である方が暫定的に当主として扱われています。アルティス・ノルマンディーは、その人物の後見人として仕えている方になります」
アイギスの補足説明に、アテナは頷く。
「では例の竜召喚師は、その方ではないのではありませんか? アルティスという方は、セレスティーナ家に仕えているのでしょう?」
「……経緯を省いて説明しますが。セレスティーナ家は六年前、暫定当主の意向によって王家から出奔し、現在は廃家となっています。アルティス様はその当主に付き従って共に王都から旅立ち、さらにセレスティーナ家が懇意にしていた孤児院から四人の少女が二人の旅に同行しました」
「つまり総勢六人……ですか」
「彼らは王都を離れた後も、月に一度、旅の様子を手紙に記して王家に消息を伝えてくれていました。ですがその手紙が、半年前から途絶えてしまっていて……」
「……成程。だから“魂の蒐集家達”がその彼らなのではないか、と思ったのですね」




