Act.71『聖王の依頼Ⅰ』
五人の長達が円卓の席に着いてから二時間──
『トゥーレ』に対する四国の連携について綿密に意見交換を重ね、充分に議論は尽くされたと判断した主催者のレイアは、静かに会談の終了を告げた。
「皆さん、お疲れ様でした。今後に関しては、事態の推移を見つつ臨機応変に連携していくように致しましょう。そのためにも、皆さんお忙しいかと思いますが、連絡を密に行っていきたいのでどうかご協力をお願いします」
「まあ、そいつはお互い様だ。『トゥーレ』の“大偉業”とやらが阻止出来るまでは不安が拭えねえ以上、どの国も協力するしかあるめえよ」
グラン帝の言葉にステラルム、セレスティアル陣営は頷いた。
総魔導連合とクラウンヴァリーが主力として動くことは変わらないものの、セレスティアルやステラルムにも様々な支援による協力が求められた。
特に四国の中で最も多くの被害者を出しているステラルム連邦としては、国民達のためにも早期解決を図りたいところだろう。
「じゃあ聖女よ、悪いが俺達は先に失礼させてもらうぜ。本国に戻って軍備を早速見直してえからよ」
「はい。こちらも執行者達を特別に選抜しておきますので、互いに準備が整い次第、連携について再度確認しましょう」
「応さ」
「では、ターミナルまで俺が同行しよう」
出入口の傍で待機していたエド・グランドに先導され、グラン帝は三人の護衛を連れて円卓を後にする。
そんな彼らの姿が見えなくなったところで、“長”の仮面を脱いだレイアは、残った二国の代表──家族同然の間柄の者達へ穏やかに声を掛ける。
「さて、皆さんはこれからどうしますか? 初めてこちらを訪れたアテナはもちろん、久々に来られたキアラさんとキエレさんも少しゆっくりされては如何でしょう。よろしければ食事の席でも用意致しますよ」
「そうですね。朔夜ちゃんがご家族と会う予定のようですし、お言葉に甘えようかと思います。それに私達もこちらで会っておきたい方がいますので」
「会っておきたい方?」
「ほら、彼の新しい弟子のことですよ。僕達の所にもその噂が届いていましてね」
「彼の弟子……えっ、ミーティアまで?」
キアラとキエレがアリエルの存在を知っていることに驚くレイア。
彼女がイデアの弟子であることを知っている者は、本部の中にもまだまだ少ない。それなのにどうして彼女達の元にまで噂が届くのだろう、と聖女は疑問を覚えた。
そんなレイアの心中を察してか、姉妹の背後に控える千陽が聖女の傍らを見やって答える。
「そこに居られる女神様が、ちょくちょくこちらの国へ遊びに来られるもので。情報の出処は彼女ですよ」
「……ヘカテー様、そんなにも頻繁にミーティアへ行かれていたのですか?」
「セレスティアルにもよく行ってますよ。……ね?」
レイアの傍らで大人しくしていた女神が、何食わぬ顔で聖王アテナへ話を振る。
突然声を掛けられたアテナは驚きつつも、頷いてその事実を認めた。
「はい。週に一度、ヘカテー様とは顔を合わせているかと思います」
「仕事を放って何をなさっているのですか、ヘカテー様……」
これにはヘカテーと同じ聖女の護衛であるイリスも、呆然と声を漏らした。
彼女が自由気ままなのは今に始まったことではないが、よもや本部周辺に飽き足らず他国にまで足を運んでいたのは想像もしていなかった。
「レイアの護衛は、あまりにも暇なので……」
「暇なのは却って良いことです。しかし、万が一という事もありますから、我々は常に警戒を怠ってはならないのですよ。過去、あの忌々しいアルハートという者の時だって──」
「イリス。話題が逸れ始めているので、その話は後にしておきましょう」
アイギスほど生真面目ではないものの、主人に関わることとなると厳格なイリスが説教を始めると長くなってしまう。
そうしてイリスを制したレイアは、ステラルム姉妹との会話に戻った。
「アリエルさんなら、今はちょうど次の任務に備えて休暇の最中だったと思いますが……本当にお会いになられるのですか?」
「はい。興味本位ですが、彼の教え子であれば一度会っておこうかと。ね、キエレ?」
「うん。千陽くんも気になるでしょ?」
「……何で俺に振るんですか」
「そりゃあ、ねえ?」
何やら意味深に笑うキエレに、渋面の千陽は目を逸らして隣に立つ少女を肘で軽く突く。
会談が終わったのでこれからの予定について思案していた朔夜は、彼によって我に返った。
「わっ。え、えっと、どうしたの千陽くん?」
「叔母さんに会いに行くんだろ。付き添ってやるから行くぞ、朔夜」
「……ん、それは親へ挨拶に行く的なアレ? 私達の関係、従兄妹から発展しちゃうの?」
「なに妙なこと口走ってんだ。ぶっ飛ばすぞ、お前」
「やだなー、冗談だってばー」
紅い閃光を瞬時に身に纏い、議場から姿を消す千陽と朔夜。
逃げたな、と笑うステラルム姉妹に釣られて、レイアもついつい口元を緩めてしまう。
「すみません、レイア様。我々の部下が勝手に動いてしまって」
「いいえ、構いませんよ。朔夜さんにとってここは故郷なのですから、そのような遠慮は無用です」
そう言いながら、先ほどから自分達の話に自ら混ざって来ないアテナを心配してか、彼女を見やるレイア。
すると何やら、彼女が意味ありげな視線をこちらに向けていることに気が付いた。
「どうかしましたか、アテナ?」
「……その、実は。レイア様に、折り入ってご相談したいことがありまして……」
「相談?」
「はい。我々セレスティアル王家の祖であり、そして総魔導連合の“長”で在らせられるレイア様に、どうかご意見を伺いたく存じます」
偉大なる祖を相手に相談を持ち掛けることに恐縮しているのか、言葉を上手く口に出来ないアテナに代わってアイギスが率直に用件を告げる。
わざわざ総魔導連合の“長”と言及したということは、何か重大な相談があるのだろう。
聖王自らの願いとあれば、“長”として詳しく話を聞くより他はない。それに可愛い子孫の頼みならば、応えないわけにはいくまい。
「レイア様。そういう事でしたら、私達も勝手に外を歩かせていただいても構いませんか? 例の彼女には、私達の方から会いに行かせていただきます」
「それは構いませんが……お二人だけで大丈夫なのですか?」
「大丈夫と言いたいところですけど……僕達、その子の居場所が解らないので、彼女の居所を知っている誰かが付き添ってくれると心強いですね」
「では私が」
キエレの要望に、すぐさま名乗り出たのは女神ヘカテーだった。
アリエルの所にもよく通っている彼女であれば確かに適任ではあるが、単に説教から逃れたいだけなのでは、と疑念を抱くイリス。
しかしそんな疑いの眼差しなど意に介することなく、ヘカテーはステラルム姉妹の元へとそそくさと移動していた。
「それではレイア様。少しの間、ヘカテーさんをお借りしますね」
「はい。食事の席が用意出来ましたら、ヘカテー様を通じて呼び掛けさせていただきます」
「了解しました。レイア様、聖王猊下。また後ほど」
虹色の光となって消えるヘカテーに続き、鮮やかな青い閃光を火花のように散らして議場を去るステラルム姉妹。
そんな彼女達を見届けたレイアは、改めて若き聖王の話を聞くために座席に深く腰を据え直した。




