Act.70『トゥーレの王Ⅱ』
「ゲイン・フューリーが『トゥーレ』のメンバーを召集し、何やら不審な行動を起こしているという噂を耳にしたのでな。メンバーの一人である私も、こうして顔を出してやったのだ」
「……ほとんど顔なんか見せないくせに、よくも抜け抜けと言うわ。お前、相変わらず何を考えているのか読めなくて気味が悪いのよ」
「首領殿は冗談が達者だな。それは貴女にも言えたことでは?」
男は威圧的な気配を放つエリスを相手に、何ら意に介さず話に応じるどころか、皮肉すら返していた。
フォルテ達は呼吸を整えながらも男を訝しんで見やるが、エリスはそんな男を咎めようとはしない。むしろ一切の隙を見せないようにと、男に対して警戒心を露わにしていた。
アルハート・F・リーティア。
副首領ゲインが直接スカウトして『トゥーレ』に招き入れた存在でありながら、活動には一切関わらないという『トゥーレ』の中でも異色の人物だった。しかしゲインはそんな彼を認め、そしてアルハートも何故か『トゥーレ』に所属し続けている。その理由を知らないエリスにとっては、彼は得体の知れない不気味な存在だ。
だがそれだけではない。アルハートという男の魔導師としての異質さも、エリスには警戒の要因となっていた。
「ゲインが他の連中を集めに回っているのは事実だけど、お前なんかに声を掛けないだろうし、お前は呼んだって来ないでしょう」
「確かに。万が一に声を掛けられたところで、私はゲインの企てに興味はないし、協力する気もない。ここでの用を終えたら、他の連中がやって来る前に去らせてもらう」
「……本当に何しに来たのよ、お前」
「なに、貴女へいくつか忠告に来ただけだよ」
男は倒れるフォルテ達の元まで歩み寄ると、冷淡に彼らを見下ろした。
すると何かを視たのか、微かに瞠目した男はゆっくりと玉座のエリスに再び視線を移す。
「……忠告?」
「──レイア・レア・セレスティアルは貴女の存在に気付いている」
その名を聞いた途端、エリスはあまりにも分かりやすいほどに顔色を変えた。
「“無限光”の最初の子にして継承者。人界欧州に突如現れた悪名高き光の魔女であり、神の智慧を握る金色の悪魔、そして数々の魔導師を統べる『トゥーレ』の偉大なる首領。そんな貴女の経歴や現在を、かの聖女はすべて知りながら貴女を追い続けている。いずれ彼女は必ず、貴女の前に姿を現すだろう」
「……」
小さな身体から放たれていた強大な魔力が霧散し、急速に勢いを失っていく。
激情を浮かべていた顔が静かに陰りを見せ、エリスは気を削がれたように再び玉座へ腰を下ろした。
そんな彼女を見据えたまま、アルハートは淡々と忠告の言葉を言い継いだ。
「聖女が貴女へ抱く感情は、もはや執念と言っていい。今、魂狩りで世間が騒ぎ始めていることを理由に、彼女は他の大国の長達を呼び集めて何やら画策を始めている。今度こそ貴女を追い詰めようと、聖女は躍起になっている筈だ。
それでもゲインの企てに乗り、このまま魂を蒐集し続けると言うのなら覚悟をしておくことだな」
「……お前、あの子を知ったように語るんじゃないわよ」
「少なくとも今の彼女については、貴女よりも知っているとも。彼女の心に触れる機会が一度だけあったからな」
アルハートが聖女と面識があることは知っている。
何故ならこの男は、かつて同胞とたった二人であの総魔導連合を壊滅寸前にまで追い込んだ史上唯一の人物だからだ。しかしそこまで手を伸ばしておきながら、何故かアルハートは総魔導連合を滅ぼすことはしなかった。
追い詰めた聖女と対峙した彼は、一体そこで何を理由に翻意したのか。
「ハ……まるであの子の肩を持つような言い草ね」
「彼女には一応借りがある。半世紀越しにはなるが、そろそろ返しておかねばと思ってな」
「借り……? お前がそんなモノを律義に覚えている奴だったとは意外だわ」
「なに、他人の言葉に感心させられたのは彼女が初めてだったものでね。その礼を返そうと思う程度には、私もまだまだ人間だという事だ」
彼が何を言われ、手を止めたのかは分からない。襲撃された総魔導連合の被害は皆無だったため事件は無かったものとして闇に葬られた。その後失踪したアルハートは『トゥーレ』に合流し、表舞台に立つことなく不気味な沈黙を貫いている。
そんな男がどうしてこのタイミングで現れたのか。わざわざ半世紀前の借りを返すために動こうと考えた何かが、これから起ころうとしているのか──
「それと忠告はもう一つ。ミルドレッド・アイン・エンフィールドが最近、妙な動きを見せている。アレは貴女の天敵なのだろう? 注意しておいた方が良いのではないかな」
(エン、フィールド……?)
男が口にした人物の名を、フォルテは聞き逃さなかった。
エンフィールド。その名を忘れる筈がない。
“無限光”アウル・アインに連なる家系の一つ、エンフィールド家の唯一の生き残りにして三人目の“無限光”発現者。生存は知られているものの、その所在は不定のため名ばかりが知れ渡っている伝説の存在だ。
「……本当に気味が悪いわね。お前、そんなにも他人を気に掛ける奴だったかしら。極度の人嫌いだった筈よね」
「ああ、嫌いだとも。『トゥーレ』に集っているような連中は、私が特に嫌う醜悪な心を持つ人間ばかりだ。……だが貴女や聖女のように、懊悩を抱え苦心する者は嫌いではない」
超然とした態度でそう告げた男は、踵を返してエリスに背を向けた。
先ほど自ら述べた通り、早々にここを立ち去る気のようだが、おもむろに足許で屈伏する六人を一瞥すると、アルハートは別れの言葉の代わりに玉座へ質問を投げ掛けた。
「首領殿。この者達がこのまま床に転がっていては邪魔だろう。私が外へ連れ出しておくが、構わないかね?」
「……ふん、好きにしなさい。ソレらには、ゲインが後で何かしら連絡を寄越すでしょう」
そう言ってエリスが白い閃光に巻かれて姿を消すと、大広間は明かりを失って瞬く間に闇の帳を下ろしていく。
城の奥へ移動した彼女の気配を確認して、アルハートは言葉もなく歩き出した。
すると倒れている六人の身体が見えない何かに掴み上げられるように宙に浮かび、歩くアルハートの後に続き始める。強烈な魔力を浴びせられ、未だに眩暈を覚えるフォルテ達は抵抗出来ずに従うしかなかった。
「……なん、なの……あなた……」
「さて、お前達に名乗るような者ではないが。私はお前達がどうなろうと興味はない。二度と見ない顔だ、忘れてしまえ」
男は冷淡な口調で答えながら、六人を連れて薄暗い歩廊を進んでいく。
だが男の声は冷ややかなまま、さらに言葉が続いた。
「あの連中に玩弄されるまま終わりたくなければ、思考を止めないことだ。お前達に憑いているモノは私が運んでおいてやる。精々、彼女の努力を無駄にしてやるな」
「……?」
男の口にする言葉の意味が分からないまま、フォルテ達はまるで電源を落とされたように突然意識を途絶する。
全員が気絶したことを察知したアルハート・F・リーティアは、周囲に誰もいないと確認した上で、口を開く。
「さあ小娘、どこへ行けばいい。……そう警戒するな、利害の一致だ。私とて今回のゲインの動きは看過出来んのだよ」
独り言のように聞こえるソレは、明らかに誰かと会話を交わしているものだった。
男はそれから二、三言ほど言葉を口にした後、目標を見定めて天井を仰ぎ見た。
「──アリエル・アイン・ウィスタリアか」
………
……
…




