Act.69『トゥーレの王Ⅰ』
その城は、静寂に包まれていた。
広大な異空間の中に存在し、幻想の月明かりに照らされた常夜の城。陽の光を浴びることのない闇色の魔城は、一人の魔導師によって創造されたモノだ。
そんな闇黒の城に、フォルテ達はどうにか帰り着くことが出来た。
「……無事に、着いた……」
弱々しくそう言葉を漏らしたのは一体誰だったか。彼らは誰が言ったのか、そして言った本人ですら気付かないほど顔に疲労の色を浮かべていた。
“魂の蒐集家達”と呼ばれている彼らが、魔導師との接敵から命からがら逃げ延びてその入口に辿り着くと、大扉がひとりでに開いてエントランスホールへと招き入れられる。
重い足取りでエントランスの階段を上り、奥に向かっていく六人。やがて彼らが城の中心部に当たる大広間へ差し掛かると、そこに強大な気配が突如として出現した。
するとまるで主の来着を待っていたかのように、明かりの乏しかった城内に次々と光が満ちていく。天井には照明らしきものは存在せず、光源は壁に掛けられた蝋燭しか無いにも関わらず、闇の帳が降りていた大広間は全貌を晒していった。
「っ……」
暗闇に慣れ始めていた目に光が差し込まれ、思わず眩んでしまう。
そこはテーブルも椅子も存在しないただただ広々としただけの空間だったが、奥に一つだけ、主の威容を現すための玉座があった。
フォルテ達が感じ取った強大な気配の主は、その玉座に頬杖をついて腰を据えていた。
背中を覆うほどに流れ落ちた色鮮やかな金色の髪。
全身を包む黒の外套から覗く肌は透き通るかのごとく真っ白で、六人を睥睨する翠緑色の瞳は宝石のような美しい虹彩を持っている。
そして冷たい視線を放つ容貌は、若いと言うよりもまだ幼さの残る少女のものだった。
だがその小柄な体格に反して、彼女の身体からこぼれる魔力は離れているフォルテ達の身に寒気を走らせるほどに熾烈な殺気を帯びていた。
「──遅い。どれだけ愚鈍なの、お前達は」
少女から放たれた言葉は重く、フォルテ達に強い威圧感を与える。
彼女が意図してそうしているのかは定かではないが、フォルテ達に理解出来るのは自分達よりも遥かに強大な存在である事だけだ。
さながら暴風の中にいるような気分になりながら、フォルテは懐から魔道書を取り出して口を開く。
「……集めて、来たわ。今回は前回よりも良質で数が多い筈よ……」
「筈、って何? 自信のない成果を私に見せて、一体どういうつもりなのかしら。本気であの小娘を救う気はある? 遊んでいるんじゃないでしょうね」
「っ、あるに決まって──」
その時、フォルテは真正面から飛来した光弾に撃たれ、大きく後ろへと吹き飛んだ。
あまりに一瞬の出来事だったため誰も反応出来なかったが、光弾を放った者が誰かをすぐに理解したアルティスが全員を庇うように前に進み出る。
「手荒な真似はやめてもらいたい。我々はあなたの言う通り、魂の蒐集に努めている。本も八割はページを埋めた。彼女のために必死にやっているんだ、遊んでなどいない……!」
「口では何とでも言えるわ、アルティス・ノルマンディー。集める魂を選り好みしている時点で、遊んでいないだなんてよく言い切れたものね」
玉座の少女が空いた手を虚空に差し出すと、フォルテの手から消えた魔道書がその手に収まる。
だが中身を確認しようとはせず、ただ手にしただけで蒐集された魂の総量を確認した彼女は冷ややかに六人を見据えた。
「もうあれからどれほどの時を費やしていると思っているの? 半年でたった五冊にも満たない量じゃない。本気なら、その倍は蒐集していた方が自然なのだけれど」
「……無実の者に手を掛けるなど、あの子が……マリアは望まない」
「では罪を犯している者の魂なら、あの小娘は喜んで受け入れるのかしら。自分達の行為を棚上げにして、随分と滑稽な事を言うじゃない、お前。そんな悠長な事を言っていたら、あの小娘が目を覚ますのは一体いつになるんだか」
「っ……それ、でも。どれだけ時間を掛けてでも、私達はマリアを……私達の家族を救う……!」
光弾に撃たれたフォルテが、身を起こしながら玉座の少女を睨み付ける。
そんな彼女へ再び光弾が飛ぶが、今度はアルティスが身を挺して阻み、吹き飛びそうになった彼を後ろにいた四人が咄嗟に受け止めた。
「生意気な目を向けてくれるじゃない。本当の家族を捨てたお前が、家族を救うだなんてよく吐いたわね」
「家族を捨てたのはあなたもでしょうが、エリス・アイン・セレスティアル……ッ!!」
「───」
フォルテが怒りをぶつけた瞬間、大広間を凄絶な殺意が満たした。
一瞬にして玉座から魔力が迸り、フォルテや他の五人に圧倒的な重圧が襲い掛かる。
それは呼吸さえ出来なくなるほどの密度を持った魔力の奔流であり、そのまま見えない圧力に彼らは押し潰されそうになって崩れ落ちた。
苦しむ六人を激しい怒りを込めて見下ろしながら、少女──エリス・アイン・セレスティアルはゆらりと立ち上がる。
白く輝く絶大な魔力を放つその痩身は、触れれば壊れてしまいそうなほどに華奢ではあるが、そんな彼女を止められる者はこの場にはいない。
感情と魔力の昂揚と共に翠緑の瞳は炯々と光を宿し、彼女が怒りのままに床に伏せって喘ぐ六人へ魔術の鉄槌を振り下ろそうとしたその時、
「──これは何の騒ぎかな、首領殿?」
嵐のごとく魔力が吹き荒れる大広間の中に、不気味なまでに落ち着いた声が響き、エリスは思わず手を止めた。
「……お前が、何故ここに」
「これはおかしな事を言う。私も『トゥーレ』の一員だった筈だが」
殺意が満ちる空間に足を踏み入れたその男は、平然とした調子で玉座へと言葉を放つ。
するとエリスの眼は六人から男へと向けられ、暴圧的な魔力を静めながら怪訝そうに問い掛けた。
「もう一度訊くわ。……お前が何故ここに居るの、アルハート・F・リーティア」
名を呼ばれた男は、不敵に一笑して歩き出す。
色褪せた銀髪に痩せ身の男は、妖しくも神々しい光を宿した蒼い双眸をエリスへと向けながら、その疑問に答えた。




